関東自動車 (栃木県)

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関東自動車株式会社
KANTOU JIDOUSYA Co.,Ltd.
一般路線バス
種類 株式会社
略称 関東バス
本社所在地 日本の旗 日本
321-0964
栃木県宇都宮市駅前通り三丁目2番5号
設立 1927年5月8日
業種 陸運業
事業内容 一般乗合旅客自動車運送事業一般貸切旅客自動車運送事業特定旅客自動車運送事業
代表者 代表取締役 手塚基文
資本金 78,000,000円
従業員数 733人
主要株主 みちのりホールディングス (100%)
主要子会社 関東バス旅行社、関東自動車整備
外部リンク http://www.kantobus.co.jp/
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関東自動車最大のターミナル・宇都宮駅(2006年9月撮影)
石橋駅(2005年1月23日撮影)
バス停留所/しらゆり型の標識

関東自動車株式会社(かんとうじどうしゃ、英語: KANTOU JIDOUSYA Co.,Ltd.)は、栃木県宇都宮市を中心に路線バス貸切バス事業等を運営するバス専業事業者(バス専業の会社)である。地元では「関東バス」と呼ばれ商標登録もされており[1]、車両や営業上の表記にも頻繁に用いられている[2]

概要[編集]

車内(2014年5月、イベント会場に展示されている実物を撮影)

当社は、栃木県内の一般路線バスにおいて約70%の市場占有率(輸送人員ベース)を有するとともに、貸切バス保有台数も栃木県内最多のバス事業者である。一般乗合バス事業(一般路線バス・高速長距離バス)・貸切バスのほか、総合サービス部(旧・株式会社関東バス総合サービス)が市町村営バスや私立高校のスクールバス運行などを請け負い、また関連会社に観光事業者(旅行代理店)や自動車整備事業者などがある。

路線延長約1,700㎞の乗合バス路線を保有し、バス保有台数は500台を超える。事業所は、営業所として宇都宮・駒生(こまにゅう)・簗瀬・鹿沼・石橋・県南・佐野・粟野、出張所として佐野営業所下の栃木が所在する。このうち、粟野営業所は総合サービス部に属する。この他、車庫と呼称する格納施設が駒生営業所下の細谷・柳田・今里、簗瀬営業所下の今市・船生(ふにゅう)・下小林・山王団地、鹿沼営業所下の古峰原(こぶがはら)、石橋営業所下の真岡・東汗(ひがしふざかし)・神鳥谷(ひととのや・県南営業所に併設)、粟野営業所下の口粟野の各地に点在する。[2]

関東自動車は、1923年大正12年)に小平重吉戸田正次戸田保美および小松沢繁助の4氏により合資会社関東自動車商会として設立され、翌年8月に栃木-太平山間および栃木-壬生間の2路線で運行を開始、その後も栃木、鹿沼および粟野で新路線を開業していった。

当時、県内各地には多数の同業者が乱立し熾烈な路線競合が起きていたため、関東自動車商会が沿線の有力者を取り込んでより強力な基盤を築くべく、1927年昭和2年)に設立したのが現在の関東自動車株式会社である。この当時は路線基盤が栃木町にあり、本社も栃木町に置かれていた。

県都・宇都宮での路線営業は、当社設立とともに買収した丸宇自動車が保有する路線の栃木-壬生線を路線延長した栃木-宇都宮線が第一号で、その後1931年に宇都宮の城山自動車を買収して宇都宮営業所を新設、宇都宮と日光や大谷、鹿沼、文挟を結ぶ路線を開設し、路線基盤を固めると同時に省線東北本線宇都宮駅前に車庫を併設したバスステーションを開業させ、本社を栃木町から省線宇都宮駅前に移転した。この時点で栃木県内の多数の同業者を買収することによって構築された営業基盤は路線数30弱、車両数100両弱に達しており、栃木県下第一のバス事業者となっていた。

第二次世界大戦下では国策による事業統合が開始され、当社は東武自動車との間で路線譲受を行ない、宇都宮市内路線は関東自動車一社による運行体制へと整理された。

終戦後の1949年、関東自動車は本社を桜通りに建築、その後1955年に宇都宮駅前に宇都宮営業所が入居可能な本社社屋を新築移転し、跡地に桜通営業所を新設した(1958年)。また宇都宮市域の拡大に伴い、1959年には宇都宮営業所の市内線機能を分離し戸祭出張所と一ノ沢出張所を新設、1964年には営業所機能を持たせ戸祭営業所とした。一ノ沢出張所は1965年に駒生に移転し駒生出張所に改称されたあと、1974年駒生営業所へと昇格し、同時に新設された江曽島営業所とともに市内線3営業所体制となった。

1965年度時点での保有車両は500台余、利用者数は7000万人/年を数えた。この数字は、単純平均でも一日一台あたり利用者数が400人弱もあったことを意味している。その後はモータリゼーションによる利用者減少にシフトし、利用者数の少ない郡部路線を中心に路線廃止が行なわれた(羽生田線や川治線、鬼怒川線など)反面、帝京大学宇都宮キャンパス新設や宇都宮市郊外の住宅団地整備にともなう新路線開設および増便なども行なわれてきた。近年では高速バスへの路線進出や宇都宮市郊外にある高等学校へのスクールバス運行、宇都宮市街地の100円ワンコインバス制の導入(その後廃止)などを展開し、1993年には北関東では初となるプリペイドカード式乗車券を導入している[2]

2012年(平成24年)4月20日経営共創基盤の完全子会社であるみちのりホールディングスが関東自動車の全株式をJ-COACHから取得したと発表。これにより、当社はみちのりホールディングスの100%グループ会社となった[3][4]

沿革[編集]

1920年代 - 1930年代[編集]

  • 1923年大正12年)
    • 合資会社関東自動車商会下都賀郡栃木町(当時)に設立
    • 栃木 - 鹿沼線、栃木 - 粟野線、粟野 - 鹿沼線に円太郎バスが投入される
  • 1927年昭和2年)
    • 5月8日 関東自動車株式会社を設立(本社/栃木町)
  • 1928年(昭和3年)
    • 車掌に女性を初採用
    • 利用客へのサービスの一環として、栃木・粟野・永野粕尾・鹿沼・小山などを中心としたバス時刻表を配布
    • 全線通用回数券を発売
  • 1931年(昭和6年)
    • 宇都宮営業所(宇都宮市川向町/現・駅前通り三丁目「宇都宮駅前車庫」)発足
    • 省線宇都宮駅前に、バスステーションスタート
    • 大型貸切自動車(現在の観光バス)免許取得を受け、栃木町と宇都宮市に営業所を設置
    • 鹿沼営業所新鹿沼出張所(現在の鹿沼営業所)発足
  • 1931年頃 - 省営バス[5]の那須・塩原地区進出に、関東・東野ほか各団体からの反対運動が起こる。省営バスは当初の計画を変更し、西那須野発着から矢板 - 塩原間の運行に変更される
  • 1932年(昭和7年)
    • 鬼怒川車庫開設
    • 塩原電車自動車部の路線を、関東に譲渡される。これを受けて西那須野駅前に西那須野営業所開設。塩原方面への「塩原線」運行開始
  • 1933年(昭和8年)
  • 1934年(昭和9年)
    • 4月 本社を栃木町から宇都宮市に移転
    • 黒磯営業所開設、黒磯 - 那須温泉間を開設
  • 1936年(昭和11年)
  • 1937年(昭和12年)
    • 塩原線、省営バスに移管される

1940年代 - 1950年代[編集]

  • 1941年(昭和16年) 宇都宮営業所より石橋営業所分離・発足
  • 1944年(昭和19年) 通牒により、那須地区はじめ栃木県北の路線バス(旧省営路線を除く)は、東野交通の運行となる
  • 1945年(昭和20年) 宇都宮空襲により、多数の被害が出る
  • 1947年(昭和22年) 石橋営業所より上三川出張所分離、営業所へ昇格
  • 1949年(昭和24年) 宇都宮市桜通りに本社新築
  • 1951年(昭和26年) 宇都宮営業所の市内バス出張所(後の戸祭営業所)を開設
  • 1954年(昭和29年) 宇都宮 - 足尾線運行開始
  • 1955年(昭和30年) 国鉄宇都宮駅前に本社社屋を新築し移転、社屋1階に宇都宮営業所を併設、西側に第1車庫、南側に第2車庫(現存)を設置
  • 1957年(昭和32年) 栃木市制20周年を記念し、花バスを3日間運行
  • 1958年(昭和33年) 旧本社跡地に桜通営業所を開設
  • 1959年(昭和34年) 小山南車庫(現在の県南営業所)、戸祭出張所(後の戸祭営業所)、一ノ沢出張所(後の駒生営業所)を開設

1960年代 - 1970年代[編集]

  • 1962年(昭和37年)
    • 那須ホテル開業(1976年子会社化)
    • 真岡車庫開設
    • 宇都宮営業所簗瀬車庫を開設(後に営業所機能を本社屋から移転、宇都宮営業所となる。現在の簗瀬営業所)
    • 日光出張所車庫新設を発表
  • 1963年(昭和38年)
    • 石橋営業所車庫・石那田車庫・福良車庫・栃木車庫用地を購入
  • 1964年(昭和39年)
    • 宇都宮営業所より今市営業所分離、開設
    • 鹿沼営業所新鹿沼車庫用地購入・下武子車庫開設。江曽島車庫用地購入、今市瀬川車庫拡張、石橋下古山車庫開設
    • 宇都宮営業所市内バス営業所を分離、戸祭出張所に統合させ戸祭営業所が発足
    • ワンマンバスの運行を開始
  • 1965年(昭和40年)
    • 一ノ沢出張所を移転、駒生出張所を開設
    • 5月、江曽島出張所(緑2丁目)を開設
  • 1967年(昭和42年)
    • 運賃改定の際、宇都宮市内中心部が「均一制」になる
  • 1970年(昭和45年)
    • 石橋営業所より分離、小山営業所を開設
  • 1971年(昭和46年)
    • 宇都宮 - 足尾線運行休止
  • 1973年(昭和48年)
  • 1974年(昭和49年)
    • 駒生出張所を営業所に昇格
    • 江曽島営業所(八千代町)を開設→戸祭営業所とともに市内バス3営業所制とする

1980年代 - 1990年代[編集]

  • 1980年(昭和55年)
    • 佐野 - 野上線に自由乗降制度を導入
  • 1983年(昭和58年)
    • 整備部門を分社化、関東自動車整備発足
    • 国鉄宇都宮駅前バスターミナル整備完了
  • 1984年(昭和59年)
    • '84とちぎ博開催期間中、国鉄宇都宮駅東口 - 会場間のシャトルバスとしてイギリスの2階建てバスを運行
    • 粟野町営バスの運行を受託
  • 1985年(昭和60年)
    • 10月1日 運賃改定で宇都宮市内中心部が「均一制」から「地帯制」に変更される
    • 12月1日 江曽島出張所敷地内にドムドムハンバーガー緑町店オープン(本社新社屋建設のため宇都宮駅前から同地に移転)
  • 1986年(昭和61年)
    • 佐野営業所を栃木営業所に統合、佐野は出張所化
  • 1987年(昭和62年)
    • 新本社ビル落成、関東チサンホテル(現・チサンホテル宇都宮)開業
    • 小山営業所を石橋営業所に統合、小山石橋営業所に改称、小山は出張所化
    • 柳田車庫を開設
  • 1989年平成元年)
  • 1990年(平成2年)
    • JR宇都宮駅から市内私立高校4校(作新学院など)への直通スクールバスを運行開始
  • 1991年(平成3年)
    • 江曽島営業所を砥上町に移転、砥上営業所を開設
    • 富士見ヶ丘団地線、釜井台団地線、瑞穂野団地線で、団地内自由乗降制を導入
  • 1992年(平成4年)
  • 1993年(平成5年)
    • 東武鉄道から栃木・小山地区の4系統を引き継ぐ
    • 深夜バス(運賃倍額)をJR宇都宮駅 - 江曽島間、JR宇都宮駅 - 清住 - 戸祭間で運行開始
    • 関東自動車一般路線全線で使用可能な磁気式プリペイド回数券バスカード」システムの実用稼動開始
  • 1995年(平成7年)
  • 1996年(平成8年)
    • 大規模な営業所再編を実施
      • 駒生(傘下に戸祭出張所)、簗瀬(傘下に鹿沼出張所)、砥上、宇都宮観光、小山観光、佐野(傘下に栃木出張所)の6営業所制に
      • この結果、小山石橋営業所は車庫化(石橋車庫)、鹿沼・戸祭・栃木の各営業所は出張所に格下げ、佐野出張所は営業所に昇格。なお、鹿沼と石橋は後に再び営業所へ昇格している
    • 済生会宇都宮病院の移転新築に伴い、同病院への乗り入れを開始
  • 1997年(平成9年)
    • とちぎ健康の森開設に伴い、駒生営業所発着の一部便の乗り入れを開始
    • 空港リムジンバス「メープル号」開業(太田足利佐野 - 成田空港間)。
    • 福島県などからの要請を受け、JR宇都宮駅 - 福島空港間に空港リムジンバスの試験運行を行う。途中ノンストップ。1日3往復、関東単独での運行。
  • 1998年(平成10年)
    • 砥上営業所を廃止(管轄路線は簗瀬営業所に移管)、宇都宮観光営業所を砥上営業所跡に移転、宇都宮営業所に改称
    • ノンステップバス1台とワンステップバス4台を初導入。このうち、ノンステップ車は三菱ふそうノーステップバスで、ダイヤ指定で駒生営業所 - JR宇都宮駅 - 富士見ヶ丘団地線で運行開始
    • 夜行高速バスとちの木号」に三菱ふそう製2階建てバスエアロキングを導入。
    • 空港リムジンバス「サルビア号」開業(桐生・足利・佐野 - 成田空港間)。「メープル号」を館林経由に変更

2000年代 - 2010年代[編集]

  • 2000年(平成12年)
  • 2001年(平成13年)
    • 都市間高速バスマロニエ新宿号」開業。JRバス関東と共同運行
    • 「みやバス」西の宮団地 - 上欠団地 - 松原団地 - 白桑田線、西川田駅東口 - 雀宮駅線を新設
    • 宇都宮市中心部の100円循環バス「スマイルバス」を試験運行(宇都宮商工会議所と協力)
    • 「バスカード」システムを、宇都宮地区を運行する東野交通、ジェイアールバス関東にも拡大。「3社共通バスカード」になる
  • 2002年(平成14年)
    • 小山市駅東地区で、ワンコイン(100円)循環バスの試験運行を開始(小山市からの受託)
    • スマイルバスを元に、宇都宮市中心部循環バス「きぶな号」を運行開始
    • 「きぶな号」運行開始に伴い、宇都宮市内中心部の一般路線バスの運賃値下げ。JR宇都宮駅 - 東武西口間と「きぶな号」の運賃は100円、他の宇都宮市内地帯制運賃地区は1地帯150円、2地帯以上は200円(いずれも大人運賃)となる。
    • 夜行高速バス「とちの木号」路線改正。宇都宮 - 鹿沼 - 京都駅 - 大阪・USJ間と、新設の真岡 - 下館駅 - 小山駅 - 栃木駅 - 京都駅 - 大阪・USJ間の2路線とする。近鉄バスと共同運行
    • 空港リムジンバス「マロニエ号(羽田線)」に東野交通が参入
  • 2003年(平成15年)
  • 2004年(平成16年)
    • 4月1日 小山市のワンコインバス試験運行終了、小山駅東循環線運行開始。運賃は他路線と同様、初乗り160円の区間制(上限200円・いずれも大人運賃)
    • 「サルビア号」の全便と「マロニエ新宿号」の一部便が、佐野プレミアム・アウトレットに乗り入れ開始
    • 経営難に陥り、産業再生機構に支援要請
  • 2005年(平成17年)
    • 1月10日 那須ホテル廃業
    • 4月1日 100%子会社の関東バス総合サービス株式会社を吸収合併
  • 2006年(平成18年)
    • 「マロニエ新宿号」より撤退、JRバス関東単独運行になる。
    • 「とちの木号」真岡発着便を休止、再び宇都宮 - 栃木 - 京都 - 大阪あべの橋間の運行となる
    • JR宇都宮駅西口の高速バス予約センターを移転
    • 5月30日 産業再生機構の支援完了、保有株式を投資会社ジェイ・ウィル・パートナーズの特別目的会社「有限会社ジェイ・ピー・ジェイ」に譲渡
    • 9月16日 「マロニエ号(羽田線)」が佐野プレミアム・アウトレットに乗り入れ開始
  • 2008年(平成20年)
    • 4月1日 小山地区、駅東循環線以外の全路線を廃止
    • 7月11日 サルビア号増発・ダイヤ改正が行われる
    • 10月1日 宇都宮市中心部の100円運賃を廃止、同区間は150円に値上げ
  • 2009年(平成21年)
  • 2010年(平成22年)
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年)
  • 2013年(平成25年)
  • 2014年(平成26年)
    • 3月1日 「北関東ライナー」宇都宮 - 高崎・前橋線運行休止。
    • 4月1日 消費税増税に伴い運賃改定を実施。ただし、宇都宮市内地帯制区間の1地帯150円、対キロ制区間の初乗り160円、小山駅東口循環線の運賃は据え置き。

本社・事業所・系列会社[編集]

事業所名 所在地
本社 栃木県宇都宮市駅前通り三丁目2番5号
宇都宮駅前定期券センター 栃木県宇都宮市駅前通り三丁目5番6号
池上定期券センター 栃木県宇都宮市池上町4番9号
鹿沼駅前定期券センター 栃木県鹿沼市上野町113番地1
栃木駅前定期券センター 栃木県栃木市境町21番4号
高速バス予約センター 栃木県宇都宮市駅前通り三丁目5番6号
簗瀬営業所 栃木県宇都宮市簗瀬四丁目25番1号
宇都宮営業所 栃木県宇都宮市砥上町977番地
駒生営業所 栃木県宇都宮市宝木町二丁目820番地1
鹿沼営業所 栃木県鹿沼市村井町201番地
石橋営業所 栃木県下野市文教一丁目1番地34
県南営業所 栃木県小山市神鳥谷二丁目3番17号
佐野営業所 栃木県佐野市富岡町1643番地
粟野営業所 栃木県鹿沼市口粟野662番地2
栃木出張所 栃木県栃木市片柳町一丁目10番4号


系列会社名 所在地
株式会社関東バス旅行社 栃木県宇都宮市駅前通り三丁目2番2号
関東自動車整備株式会社 栃木県宇都宮市中一の沢町1番5号


過去に存在した営業所[編集]

事業所名 所在地/沿革
駒生営業所
(駒生一丁目)
大谷街道沿い、コンセーレ東隣)
市内線の営業所として設置
・平成元年 桜通営業所を統合、現在地の宝木町二丁目に移転
※敷地跡は貸切部門専業の「宇都宮観光営業所」として活用
桜通営業所 栃木県宇都宮市桜二丁目2番地(大谷街道沿い)
郡部線の営業所として設置
・平成元年 駒生営業所に統合
※白沢街道方面の路線は戸祭営業所へ移管
戸祭営業所 栃木県宇都宮市若草一丁目3番地
宇都宮営業所市内バス出張所より分離、設置
・平成8年 駒生営業所に統合、出張所に格下げ
・その後車庫に再格下げられたのち、機能を細谷車庫へ統合
江曽島営業所 栃木県宇都宮市八千代一丁目(現「栃木運輸支局」敷地の南半分)
市内線の営業所として設置
・平成3年 砥上町へ移転(砥上営業所)
※かつての江曽島線の起終点「江曽島出張所(緑二丁目・後の江曽島車庫)」とは別
砥上営業所 所在地は現在の宇都宮営業所と同じ
平成3年に乗合部門の江曽島営業所を同所に移転、貸切部門の車庫機能も併設
・平成10年 営業所廃止。乗合部門は簗瀬営業所に移管、車庫扱いに格下げ(砥上車庫)
・同時に、貸切部門の宇都宮観光営業所を同所に移転し改称(宇都宮営業所)
※この時期は、乗合部門の簗瀬営業所砥上車庫と、貸切部門の宇都宮営業所が同居
・その後、簗瀬営業所より乗合部門が再度移管され、乗合・貸切部門併設になる
宇都宮営業所
(簗瀬町)
所在地は現在の簗瀬営業所と同じ
本社と併設していた宇都宮営業所(本社所在地は現在地と同じ)の簗瀬車庫として設置
・営業所機能を簗瀬車庫に移転し改称(宇都宮営業所)
・平成元年 今市営業所の乗合部門を統合し、簗瀬営業所に改称
今市営業所 現在の今市車庫、関東バス旅行社今市旅行センター
・平成元年 宇都宮営業所(現・簗瀬営業所)に統合、出張所に格下げの後、現在は車庫
小山石橋営業所 現在の関東バス旅行社石橋旅行センターは同営業所跡の一部
現在の石橋営業所敷地は当時の分車庫
・昭和62年 小山営業所を統合し、小山石橋営業所に改称(旧名称は石橋営業所)
・平成8年 改組で営業所廃止。分車庫は簗瀬営業所へ移管し石橋車庫に改称、管轄路線は簗瀬・駒生両営業所へ移管
・その後、石橋地区の路線を簗瀬・駒生両営業所から県南営業所へ移管(獨協医大線のみ宇都宮営業所へ移管)
・県南営業所より分離、石橋営業所に格上げ
小山営業所 所在地は現在の県南営業所と同じ
・昭和62年 石橋営業所に統合、出張所に格下げ
・平成8年 改組で貸切部門専業の営業所へ格上げとなり、小山観光営業所に改称、乗合部門は栃木出張所へ移管
・その後、佐野から栃木出張所を、駒生・簗瀬から石橋地区の路線移管を受け乗合・貸切部門併設となり、県南営業所に改称
・小山地区の路線を栃木より移管、栃木出張所は再び佐野の管轄となる
・石橋車庫を石橋営業所に分離
上三川営業所 河内郡上三川町上三川
・出張所→車庫と格下げられたのち、現在は折返所化(道路の向かい側へ移転)
栃木営業所 栃木市境町(栃木駅前)
・平成8年 改組で出張所に格下げ
・その後、栃木駅付近の再開発事業に伴い、現在地の片柳町に移転
※出張所とは別に、バス待機場と定期券発売センターが栃木駅北口付近に新たに整備された
宇都宮観光営業所 所在地は旧駒生営業所(駒生一丁目)と同じ
・平成元年 貸切部門専業営業所として設置
・平成10年 営業所機能を砥上町(旧砥上営業所)に移転、宇都宮営業所に改称

一般路線の運賃制度[編集]

  • 宇都宮旧市内区間(おもに本庁管内)は「地帯制運賃制度を採用しており、1地帯内乗車は大人150円、2地帯以上の乗車は大人210円となる。地帯制外地域は対キロ区間制を採用しており、初乗り160円からの乗車した距離に合わせた金額となる(いずれも小児半額、端数は10円単位に切り上げ)。また、小山市内唯一の路線となる駅東循環線は、小山市コミュニティーバスおーバス」の運賃に合わせ、大人200円、65歳以上と小学生が100円(小学生未満の小児は無料)の均一制になっている。

バスカード(3社共通)[編集]

路線[編集]

現在、路線延長1,700kmの乗合バス路線を保有し、この数字は地方のバス事業者としては大手の部類に入る[2]時刻表については 情報サイト「@tochigi」内『関東バス時刻表検索』を参照

高速バス[編集]

マロニエ号
メープル号
  • 太田駅 - 成田空港 ※共同運行/千葉交通
サルビア号
とちの木号
北関東ライナー

一般路線バス[編集]

  • 簗瀬営業所 - 宇都宮市北西部(徳次郎・石那田・大谷・豊郷台・新里)・日光(今市・日光)・鹿沼(新鹿沼・楡木)・塩谷(佐貫・船生)方面、みやバス
  • 宇都宮営業所 - 宇都宮市南西部(鶴田・陽南・江曽島・西川田)・壬生(おもちゃのまち・独協医大)方面
  • 駒生営業所 - 宇都宮市北西部(一の沢・駒生・戸祭・宝木・大谷)・宇都宮市東部(越戸・平出・柳田)・宇都宮市北部(塙田・大曽・富士見が丘・豊郷・田原・竹林・白沢)・塩谷(玉生)・上三川方面
  • 鹿沼営業所 - 鹿沼(新鹿沼・楡木)・宇都宮市西部(長坂・大谷)方面・鹿沼市民バス(古峰原方面)
  • 石橋営業所 - 上三川・石橋・真岡・自治医大・宇都宮方面
  • 県南営業所 - 小山駅東循環線
  • 佐野営業所 - 佐野新都心方面
  • 栃木出張所 - 国学院・栃木市営バス

それぞれの項目を参照されたい。

受託運行のコミュニティバス[編集]

方向幕への番号表示[編集]

当初は市内線(宇都宮市内線営業所の運行路線)にのみ系統番号が使用されていたが、その後1989年に郡部線(宇都宮を発着する郊外路線)全路線にも番号制を大幅拡大した。付番拡大に伴い戸祭営業所運行路線以外のJR宇都宮駅行を[01]、駒生営業所行を[10]に統一し、現在の番号形態となった。この番号制は往路と復路で番号が異なることを意味する(例:行きは「31:江曽島」、帰りは「01:JR宇都宮駅」)。また、[01]と[10]は系統や経路が異なっていても同じ番号が使用されている。

なお、旧戸祭営業所が運行していた3系統([50]宇都宮駅=清住=細谷車庫、[53]宇都宮駅=和尚塚=細谷車庫、[54]宇都宮駅=西塙田=戸祭=宝木団地)および「みやバス」の[38]雀宮駅=さつき団地=西川田駅線は、往復とも同じ番号が用いられている。

現在の番号(主に行先番号)[編集]

※印は、2010年4月現在使用されていない番号。▲印は使用されていない経由地・行き先。

  • [01](各方面からの)JR宇都宮駅
  • [02]新道経由JR宇都宮駅東口、中平出経由JR宇都宮駅東口、宇大循環(みやバス)
  • [10]作新学院経由駒生、作新学院・健康の森経由駒生、済生会・作新学院経由駒生、作新学院、直通 作新学院(スクールバス)
  • [11]新道経由柳田車庫、新道・ベルモール経由柳田車庫、中平出経由柳田車庫、陽東桜が丘東経由ベルモール
  • [12]越戸経由柳田車庫、越戸経由松下電器
  • ※[13]▲東コミュニティ・東町経由循環、▲東コミュニティ循環(みやバス)、▲峰経由松下電器
  • ※[14]▲東町
  • ※[15]▲竹林経由松下電器
  • [16]宇商高経由富士見ヶ丘団地、竹林経由富士見ヶ丘団地、竹林・済生会経由富士見ヶ丘団地、▲宇商高・済生会病院経由富士見ヶ丘団地、▲宇商高・県河内庁舎経由富士見ヶ丘団地
  • ※[17]▲竹林経由県河内庁舎、▲宇商高経由県河内庁舎
  • [18]竹林経由済生会病院、宇商高経由済生会病院
  • [21]直通 文星女子高(スクールバス)、▲宇都宮女子商業高校
  • [22]直通 宇短大附属高校(スクールバス)
  • ※[23]宇都宮競輪場[7]
  • [25]石橋駅雀宮陸上自衛隊、▲自治医大
  • ※[26]▲自治医大経由小山
  • ※[27]▲国道4号経由総合運動公園
  • [31]江曽島(西川田東)、▲江曽島(緑町)[8]
  • ※[32]▲自動車検査場
  • [33]市役所循環(みやバス)、▲旭町経由江曽島、▲市役所
  • [34]陽西通り経由鶴田駅、宇都宮市内循環線(きぶな)、▲陽西通り経由南宇都宮、▲陽西通り経由宇高校
  • ※[35]▲新町経由鶴田駅、▲新町経由南宇都宮、▲新町経由宇高校
  • [36]六道経由鶴田駅、六道経由江曽島(西川田東)、▲六道経由宇高校、▲六道経由西川田駅、▲六道経由子ども科学館、▲六道経由総合運動公園、▲六道経由おもちゃの町駅
  • [37]桜通り経由鶴田駅、桜通り経由西川田駅、▲桜通り経由宇高校
  • [38]雀宮駅=さつき団地=西川田駅東口、▲中央通り経由鶴田駅
  • ※[39]▲雀宮駅=若松原=西川田駅東口
  • [40]西の宮団地(みやバス)、▲陽西通り経由江曽島(緑町)
  • [41]楡木車庫、運転免許センター経由楡木車庫、運転免許センター、直通 運転免許センター
  • [43]新鹿沼宇短大経由新鹿沼[9]砥上車庫、▲砥上団地、▲砥上営業所
  • [45]大谷経由立岩、▲大谷資料館、▲大谷経由新里(畑中)、▲大谷経由新里、▲大谷経由ろまんちく村
  • [46]作新学院・陽西中経由ろまんちっく村、▲森林公園、▲古賀志(西田中入口)
  • [47]荒針経由新鹿沼
  • [50]JR宇都宮駅=清住=戸祭=細谷車庫、▲JR宇都宮駅=清住=戸祭
  • [51]戸祭・仁良塚経由ろまんちっく村、▲栗谷沢ダム、▲仁良塚、▲仁良塚経由新里
  • [52]山王団地、石那田、▲農業試験場経由山王団地、▲宇都宮ゴルフ場
  • [53]JR宇都宮駅=和尚塚=細谷車庫、▲JR宇都宮駅=和尚塚=戸祭
  • [54]JR宇都宮駅=西塙田=戸祭=細谷車庫、JR宇都宮駅=西塙田=戸祭、西塙田・戸祭台循環(みやバス)
  • [55]作新学院経由細谷車庫、作新学院経由宝木団地、▲作新学院経由戸祭
  • [56]日光東照宮、今市(瀬川)
  • ※[57]▲鬼怒川
  • [58]塩野室経由船生、▲塩野室、▲飯山
  • [60]豊郷台経由帝京大学、直通 帝京大学、豊郷台・帝京大学経由宇都宮美術館
  • [61]田原経由宇都宮グリーンタウン、宝井経由宇都宮グリーンタウン
  • [62]田原経由今里、玉生、▲田原経由中里原
  • ※[63]▲宮山田
  • [64]ニュー富士見
  • [70]JR宇都宮駅経由釜井台団地
  • [71]白沢河原、奈坪台経由白沢河原
  • ※[72]▲白沢経由中里原
  • [73]JR宇都宮駅経由奈坪台、▲JR宇都宮駅・済生会経由奈坪台
  • [80]瑞穂野団地 
  • [81]東高校経由東汗(ひがしふざかし)、▲蓼沼経由上三川
  • ※[82]▲西刑部
  • [83]卸売団地
  • [84]瑞穂野団地経由本郷台・西汗、▲瑞穂野経由本郷台
  • [85]屋板経由上三川、屋板・インターパーク経由上三川

歴史[編集]

かつて、宇都宮市内を運行する関東バスの路線は、市内中心部を主に運行する「市内線」(当時の駒生、江曽島、戸祭の各営業所管轄・西は砥上団地 - 駒生営業所、北は戸祭営業所 - 農業試験場 - 富士見ヶ丘団地、東は竹林 - 松下電器 - 滝団地(後に柳田車庫まで) - 旭町、南は不動前 - 江曽島緑町 - 鶴田駅の域内路線。)と、市内郊外地区〜市外へ運行する「郡部線」(当時の宇都宮(現在の簗瀬営業所)、桜通両営業所と鹿沼など市外からの乗り入れ営業所管轄)という区分が存在し、宇都宮市内大通りなどで停車する停留所が異なっていた。このうち、1970年代に市内線に路線毎の系統番号を導入したのが最初である。(以下列記、括弧内は当時の担当営業所)。

1989年、現在の駒生営業所開設(市内線管轄の旧駒生・郡部線管轄の桜通両営業所を統合・移転)の際に、路線再編や宇都宮市内大通り停留所の統一化を行い、市内・郡部両線の明確な区分がなくなったことから、JR宇都宮駅を起終点または経由する全路線と、駒生営業所を起終点とする全路線(ともに郊外〜市外域のみ運行の区間便も含む)に適用、後に雀宮駅=西川田駅東口間など、前述以外を起終点とした系統が開設された際にも付番されたことから市内全路線に拡大し、現在に至る。

市内線のみに付番していた時は、往復とも同じ番号を使用していたため、側面・後部面の各表示機にも番号を掲示していた(側面表示機例:50 JR宇都宮駅=県庁前=清住=国立病院=戸祭、後部表示機例:50 JR宇都宮駅=清住=戸祭)が、付番拡大の際に、前述の通り往復で異番号となったことから、往復とも同番号を使用する系統を含め、側面・後部への番号掲示は廃止された[10]

当初の番号[編集]

  • [10]作新学院 駒生(駒生)
  • [10]宇都宮駅(駒生)
  • [12]越戸 経由 滝団地(駒生)
  • [12]越戸 経由 柳田車庫(駒生)
  • [12]越戸 経由 松下電器(駒生)
  • [12]作新学院 駒生(駒生)
  • [12]宇都宮駅(駒生)
  • [13]峰町 経由 松下電器(駒生)
  • [13]作新学院 駒生(駒生)
  • [14]東町(駒生)
  • [14]作新学院 駒生(駒生)
  • [15]竹林 経由 松下電器(駒生)
  • [15]作新学院 駒生(駒生)
  • [15]宇都宮駅(駒生)
  • [16]富士見ヶ丘団地(駒生)
  • [16]作新学院 駒生(駒生)
  • [16]宇都宮駅(駒生)
  • [16]県河内庁舎経由 富士見ヶ丘団地(駒生)
  • [16]県河内庁舎経由 作新学院 駒生(駒生)
  • [17]宇商高 経由 竹林(駒生)
  • [17]宇商高 経由 県河内庁舎(駒生)
  • [17]作新学院 駒生(駒生)
  • [17]宇商高 経由 宇都宮駅(駒生)
  • [17]宇商高 経由 作新学院 駒生(駒生)
  • [18]県庁正門 経由 宇都宮駅【県庁循環】(駒生)
  • [19]中河原町 経由 宇都宮駅【中河原循環】(駒生)
  • [20]作新学院(駒生)
  • [20]桜通り 経由 鶴田駅(駒生)
  • [21]宇都宮女子商業(江曽島)
  • [22]宇短大付属高校(江曽島)
  • [23]競輪場(駒生、江曽島、戸祭)
  • [31]江曽島(江曽島)
  • [31]宇都宮駅(江曽島)
  • [32]自動車検査場(江曽島)
  • [32]宇都宮駅(江曽島)
  • [33]旭町 経由 江曽島(江曽島)
  • [33]旭町 経由 宇都宮駅(江曽島)
  • [34]陽西通り 経由 鶴田駅(江曽島)
  • [34]陽西通り 経由 宇高校(江曽島)
  • [34]陽西通り 経由 南宇都宮(江曽島)
  • [34]陽西通り 経由 宇都宮駅(江曽島)
  • [35]新町 経由 鶴田駅(江曽島)
  • [35]新町 経由 宇高校(江曽島)
  • [35]新町 経由 南宇都宮(江曽島)
  • [35]新町 経由 宇都宮駅(江曽島)
  • [36]六道 経由 鶴田駅(江曽島)
  • [36]六道 経由 宇高校(江曽島)
  • [36]六道 経由 宇都宮駅(江曽島)
  • [37]桜通り 経由 鶴田駅(江曽島)
  • [37]桜通り 経由 宇高校(江曽島)
  • [37]桜通り 経由 宇都宮駅(江曽島)
  • [38]中央通り 経由 鶴田駅(江曽島)
  • [38]中央通り 経由 宇都宮駅(江曽島)
  • [39]バイパス 経由 宇都宮駅【バイパス循環】(江曽島)
  • [40]陽西通り 経由 江曽島(江曽島)
  • [40]陽西通り 経由 宇都宮駅(江曽島)
  • [50]清住町 経由 戸祭(戸祭)
  • [50]清住町 経由 宇都宮駅(戸祭)
  • [51]桜通り 経由 戸祭(戸祭)
  • [51]桜通り 経由 宇都宮駅(戸祭)
  • [52]桜通り 経由 農業試験場(戸祭)
  • [52]桜通り 経由 宇都宮ゴルフ場(戸祭)
  • [52]桜通り 経由 宇都宮駅(戸祭)
  • [53]和尚塚 経由 戸祭(戸祭)
  • [53]和尚塚 経由 宇都宮駅(戸祭)
  • [54]西塙田 経由 宝木団地(戸祭)
  • [54]西塙田 経由 宇都宮駅(戸祭)
  • [55]作新学院 経由 宝木団地(戸祭)
  • [55]作新学院 経由 戸祭(戸祭)
  • [55]作新学院 経由 宇都宮駅(戸祭)
  • [56]桜通り 経由 戸祭(戸祭)
  • [56]桜通り 経由 鶴田駅(戸祭)

車両[編集]

日野自動車いすゞ自動車日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)の地域販売会社の株式を保有している関係で、この3社が大半を占めている。三菱ふそうトラック・バスの比率は僅かだったが、1998年にエアロスターノーステップバス、1999年にとちの木号のエアロキングを導入してからは、三菱車の比率が上がっている(以前には、ふそう+富士重工製の一般路線車が新車配置された経緯がある)。いすゞ車が多いのは、宇都宮市・旧河内町地区にジェイ・バス宇都宮事業所(旧アイ・ケイ・コーチ - いすゞバス製造)が、栃木市大平町にいすゞ栃木工場があることも影響している。また営業地域に富士重工業宇都宮製作所がある関係で、富士重工製ボディも多く採用されていた。なお富士重工がバスボディ製造から撤退して以降、日産ディーゼル(UDトラックス)製の新車投入は暫く行われていなかったが、2009年に再開されたものの、同社でのバス製造・販売が中止されたため、2010年に導入されたものが最後となった。

路線車[編集]

  • 乗降は前ドアで行う。中・後ろのドアは原則締め切り扱いだが、スロープ付きのバリアフリー車は車椅子用出入口とされている。
  • 路線車は、関東・関西方面からの移籍車が多数在籍しているが、近年はバリアフリー化を進めている関係で、中型や中型幅長尺のノンステップ車が新車で大量に導入された結果、以前より自社発注車の比率が高くなっている。
1970年代から1990年代初頭までは、経年車の置換えに新車導入のほか、貸切車を路線用に格下げ転用するケースが多く見られた。1980年代後半から、神奈川中央交通からの移籍車が大量に導入されるようになると、移籍車による置換が主流になる。[11]なお、貸切車は高床化が進んだため、現在貸切車転用の路線車は在籍していない。
  • 主流となりつつある、バリアフリー対応のノンステップ車・スロープ付きワンステップ車に施されている新塗装は、白地に水色と藤色の波が描かれている(登場時この塗装だったスロープなしのワンステップ車は、一般色に塗り替えられた)。
  • 一般色は上半分が白、下半分はベージュ地に赤の3本帯を配し、裾はグレー。「三筋カラー」と呼ばれ、昭和20年代からこのデザインが採用されている。標準色車側面の「関」マークにくわわる指と翼は「キメラの翼」といわれている。
  • かつて、フロントガラス下中央部の関東バス社紋の「関」のエンブレムの上部には、宇都宮市内線を管轄していた当時の駒生・江曽島・戸祭営業所の車両では「市内」(紺地に白文字)、それ以外の営業所の車両では「ワンマン」(緑地に白文字)、の表示がなされていた。また、鹿沼営業所など山間部の自由乗降区間がある路線では、「ワンマン」表示の代わりに自由乗降区間(青地に白文字)が表示されていた。[12]「方向幕への番号表示」の「歴史」の項でも触れたが、1989年の駒生営業所開設に伴う改革で、市内線・郡部線両者を区分する必要がなくなったためこの表示は撤去され、現在は社紋のみとなっている。
  • 宇都宮市のコミュニティ系路線バス「みやバス」は、小型バス(日野・リエッセポンチョ)が主力。リエッセの塗装は、自社発注車には作新学院高等学校にデザインを委嘱した2種類がある。最近導入された移籍車は三筋カラーとなった。ポンチョの塗装は前述の新塗装。
  • 宇都宮市中心部の循環バス「きぶな」は、車椅子用リフトを備えた黄色と水色の小型バス(日野・リエッセ)を使用する。
  • 小山駅東循環線で運用される車両は、「みやバス」から転用した自社発注車で、ロゴの変更以外は塗り変えられることなくそのまま使用されている。

高速車・空港リムジン[編集]

  • 基本デザインはクリーム色をベースに裾に水色と銀色。ホイールベースに3本の木が描かれる(2階建て車はエンジン部分)。車両は使用路線に合わせて空港リムジンには「AIRPORT LINER」、とちの木号・北関東ライナーには「HIGHWAY EXPRESS」の表記で運用が区分されていたが、2010年夏以降に導入された空港リムジンはとちの木号を含め自社のすべての運用に対応できるよう「HIGHWAY EXPRESS」に表記が統一された。なお「HIGHWAY EXPRESS」のネーミングはとちの木号の共同運行者である近鉄バスの車両に付けられていたものを流用したものである。
  • マロニエ号(成田線)の日野・ブルーリボンRU以来日野・セレガシリーズが中心だが、2000年前後はスーパーハイデッカーが採用されており、三菱ふそう・エアロクィーンいすゞ・ガーラ(初代のスーパーハイデッカー)も導入されたが、2006年以降に導入された新型セレガ・ガーラはハイデッカーに戻り、2008年度以降は車体への愛称表記を廃止した。なお、自動車NOx・PM法の対象地域への車種規制で、スーパーハイデッカーの一部に廃車が発生している。
  • 夜行高速バス「とちの木号」は、共同運行の近鉄バスに合わせ三菱ふそう・エアロキングを主に使用。久喜駅停車に併せて2010年には2台目となるエアロキングが導入された。2002年に真岡・小山線(現在は休止)を新設時に導入したエアロクィーンは、予備車となっている。

貸切車[編集]

  • かつては路線車と同じ塗装(三筋カラー)だったが、昭和末期から赤3本帯を生かした、白地ベースの現在のデザインに変わった。1990年代後半から2000年代前半は、高速車に準じてスーパーハイデッカーを中心に導入している。トイレ付き車両は、高速バスの代車や続行便にも運用される。

その他[編集]

関連会社[編集]

  • 経営共創基盤
  • 関東自動車整備
  • 関東バス旅行社
  • 関東交通(タクシー:関東自動車が産業再生機構の支援を受ける以前より資本関係はない)
  • 宇都宮合同タクシー(上記関東交通に吸収合併され消滅)

参考文献[編集]

  • 「関東自動車系統一覧・1994年11月16日現在」 伊東浩司 1995年(※完売)
  • 「東武鉄道百年史(資料編)」 1998年
  • バスラマ・インターナショナル」64号(2001年3月号)
  • 「バスラマ・インターナショナル」122号(2010年11月号)
  • BJハンドブックシリーズ R67「関東自動車」 2009年

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ただし、東京都に所在する「関東バス株式会社」とは無関係。
  2. ^ a b c d Bus Japan ハンドブックシリーズ 67 関東自動車(星雲社発行、2009年)
  3. ^ 関東自動車株式会社の株式譲受に関するお知らせ (PDF) (経営共創基盤 2012年4月20日)
  4. ^ 株主変更と新体制発足についてのお知らせ (PDF) (関東自動車 2012年4月20日)
  5. ^ 現在のJRバス関東
  6. ^ とちの木号・宇都宮 - 大阪間開業時の会社名。現在の近鉄バス
  7. ^ 現在は番号なし
  8. ^ 富士重工経由と通称される
  9. ^ 長坂経由と通称される
  10. ^ 付番拡大当時、江曽島営業所の車両のみは、砥上営業所への移転を控えていたため、方向幕の取替えは行われず、往復とも同番号を使用した旧表示のままで、側面・後部面の各表示機にも番号を掲示していた。営業所移転時に方向幕を交換し、他の営業所同様新しい表示になった
  11. ^ 1980年代後半から1990年代には神奈川中央交通都営バス西武バスなどから、2000年代には横浜市営バス川崎市営バスからの前・中扉車が大量に転入したほか、京浜急行バス東武バス川崎鶴見臨港バスなどの関東勢の他、大阪市営バスからの移籍車も導入されている。近年、京王電鉄バス横浜市営バスからの中扉スロープ付きのワンステップバス(日産ディーゼル・スペースランナーJP)が大量に導入されてからは、移籍車もバリアフリー対応となっている。
  12. ^ 乗降方式は、前乗り前降り(中・後扉は締め切り〔始発停留所では中・後扉からの乗車扱いもあった〕)としていたが、昭和42年から昭和60年の運賃改定まで、現在「地帯制」となっている宇都宮市内中心部の運賃は「均一制」であったことから、均一運賃区間内で路線が完結する「市内線」においては、整理券発券が不要なためか中・後扉からの乗車扱いも多く見られた。また、同じ時代、国鉄バス・東野バス・東武バスはそれぞれ異なる乗降方式を採用しており、各社フロントガラス下部に「前乗り」や「後乗り」などの掲示を行っていた
  13. ^ この件に関しては、2007年8月TBS系列の番組である『噂の!東京マガジン』でも地元市民・関東自動車・宇都宮市役所それぞれの意見や考えが放映された
  14. ^ 1994年に株式会社バップから発売された『太陽にほえろ! 4800シリーズVOL.7 ボギー殉職編』でも確認ができる

外部リンク[編集]