上三川町
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上三川町(かみのかわまち)は、栃木県南部に位置し、河内郡に属する町である。
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[編集] 地理
上三川町は関東平野の北部、栃木県中南部に位置し、東京から直線距離で約90km北方に位置する。町域は平地部と河川から成り山は無い。町の北部は宇都宮市、東部は真岡市、西部と南部は下野市に接し、町の中心部には田川が南北に流れ、江川を挟んで真岡市との市町堺には鬼怒川が流れる。市西部の下野市堺には東北新幹線と宇都宮線が南北に走り、下野市域にある石橋駅(下野市石橋)には東口が設けられており、当町の最寄駅となっている。
- 河川:鬼怒川、田川、江川
[編集] 歴史
[編集] 古代から明治維新まで
- 旧石器時代や縄文時代の生活の跡が確認されており、古くから人々が生活していたと考えられている。
- 古墳時代に作られたと推定される前方後円墳や大型円墳が確認されている。
- 奈良時代以降は、上神主・茂原官衙遺跡や多功遺跡といった河内郡の役所と考えられる遺跡が存在することから、河内郡の中心地として繁栄していたものと推定されている。
- 鎌倉時代に入ると下野宇都宮氏の勢力下に入り、宇都宮城の支城である上三川城や多功城が築かれ、多功氏や今泉氏、横田氏など宇都宮氏流庶家が宇都宮氏重臣としてこの地を領した。
- 戦国時代には、多功城が越後の上杉氏や小田原の後北条氏らの下野攻略に対する防戦の要となった。
- 1558年(永禄元年)5月 - 上杉謙信の下野侵攻に対し、多功長朝・房朝父子ら多功軍が応戦、多功城攻め先鋒・佐野小太郎(佐野豊綱とも言われる)らを討ち取りこれを撃退、上野国白井まで追撃するも、北条氏康配下で岩槻の太田資正の仲介により和睦する(多功の戦い)。
- 1572年(元亀3年)- 北条氏政の命により秩父新九郎、松田左馬介ら連合軍2万が宇都宮に侵攻、これに対し、多功房朝ら多功軍と佐竹義重、小山秀綱、那須資胤ら宇都宮軍5千が多功で迎え撃ち、義重配下となっていた片野の太田資正・梶原政景父子の奇襲によりこれを撃退する。
- 1584年(天正12年)- 北条氏直の下野侵攻に対し、多功綱継が宇都宮軍の先陣として佐野沼尻に出陣、これを制する(沼尻の戦い)。
- 1585年(天正13年)- 北条氏直が再度下野に侵攻、多功綱継は多功にあって北条軍を圧し、宇都宮城下に迫った北条軍を退却させる。
- 1597年(慶長2年)10月 - 宇都宮家の後継者問題で宇都宮家重臣の芳賀高武が同じ宇都宮家重臣の今泉高光と対立、高光の居城・上三川城を攻略、上三川城は落城しこれが原因で秀吉の怒りを買い宇都宮家は改易、多功は廃城となった。
- 江戸時代には幕府、旗本、宇都宮藩、関宿藩等の所領となった。
[編集] 明治時代以降
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、上三川村・本郷村(ほんごうむら)・多功村(たこうむら)が発足。
- 1891年(明治24年)12月26日 - 多功村が改称、明治村(めいじむら)となる。
- 1893年(明治26年)7月1日 - 上三川村が町制施行、上三川町となる。
- 1955年(昭和30年)4月29日 - 上三川町・本郷村・明治村が合併し、新しい上三川町が誕生。
- 1968年(昭和43年)- 日産自動車栃木工場が操業開始。
- 1971年(昭和46年)- 日産自動車栃木工場で自動車組立を開始。
[編集] 人口
| 上三川町と全国の年齢別人口分布図(比較) | 上三川町の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は上三川町
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 行政
- 町長:猪瀬成男(1995年から)
[編集] 経済
[編集] 産業
日産自動車株式会社の栃木工場があり、栃木工場ではGTR、シーマ、フェアレディZ、フーガ、スカイライン、といった高級車が生産されている。また日産の国外向け高級車ブランドインフィニティの各車種の生産も行われている。
[編集] 地域
[編集] 教育
- 栃木県立上三川高等学校
- 上三川町立上三川中学校
- 上三川町立本郷中学校
- 上三川町立明治中学校
- 上三川町立上三川小学校
- 上三川町立北小学校
- 上三川町立坂上小学校
- 上三川町立本郷小学校
- 上三川町立本郷北小学校
- 上三川町立明治小学校
- 上三川町立明治南小学校
[編集] 交通
[編集] 鉄道
町の西端をJR東北新幹線・宇都宮線(東北本線)が縦断しているが、旅客駅はなく、貨物駅の「宇都宮貨物ターミナル駅」があるのみ。
最寄駅はJR宇都宮線石橋駅(下野市)となる。同駅東口ロータリーのすぐ東側が上三川町であり、土地区画整理事業を行った。
[編集] 道路
- 高速道路
- 一般国道
- 県道(主要地方道)
- 県道(一般地方道)
[編集] 路線バス
- 関東自動車
- 駒生営業所 - 作新学院 - 東武駅前 - JR宇都宮駅 - 屋板 - インターパーク宇都宮南 - 上三川車庫(インターパーク非経由便あり)
- 駒生営業所 - 作新学院 - 東武駅前 - JR宇都宮駅 - 東高校 - 下桑島 - 東汗(ひがしふざかし)
- 駒生営業所 - 作新学院 - 東武駅前 - JR宇都宮駅 - 東高校 - 瑞穂野団地 - 西刑部 - 本郷台団地 - 西汗(にしふざかし)
- 駒生行きの行先番号は[10]・上三川行きは[85]・東汗行きは[81]・本郷台(西汗)行きは[84]
- 平日・月曜〜金曜は「とちぎ健康の森」(駒生営業所近く)経由便あり。但し、インターパーク経由便は通過
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- 石橋駅 - 下蒲生 - 上三川車庫 - 上大沼 - 台町 - 真岡車庫
- 真岡駅前には、石橋駅行きのみ経由・停車
東野交通運行の高速バス・茂木~益子~真岡~上三川インターチェンジ入口~東京駅八重洲通~浜松町バスターミナル線は、2007年3月31日をもって廃止された。
[編集] 上三川町巡回バス
2008年3月1日から運行を開始したコミュニティバス。町役場近隣の上三川いきいきプラザを中心に町内の4方面へ一日に各3便が運行されている。運賃は小学生以上100円均一で、月曜日(祝日の場合は火曜日)は運休する。運行は関東自動車に委託されている。[1]
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- 明治北路線(西地区):上三川いきいきプラザ - 石田コミュニティセンター - ゆうきが丘 - 明治小学校 - 上三川いきいきプラザ
- 明治南路線(西地区):上三川いきいきプラザ - 石橋駅東口 - 上三川高校 - 田川ふれあい公園 - 上三川いきいきプラザ
- 上三川路線(東地区):上三川いきいきプラザ - 坂上小学校 - 下町公民館 - 上郷2区公民館 - 上三川いきいきプラザ
- 本郷路線(東地区):上三川いきいきプラザ - 蓼沼児童館 - 本郷北コミュニティセンター - 磯川緑地公園 - 上三川いきいきプラザ
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 白鷺神社
- 上三川城跡
- インターパーク宇都宮南
- 上三川ホースパーク
[編集] 上三川の有名人・歴史上の人物
- 田村仁左衛門吉茂(近世末の篤農家。農書『農業自得』の著者)
- 野沢一郎(巴組の創業者)
- 小堀保三郎(エアバッグの考案者)
- 小口雅之(プロボクサー)
- 古口美範(全日本プロドリフト選手権プロレーサー)
- 塩沼明美(モデル)
[編集] 関連項目
- 日産自動車栃木工場
[編集] 外部リンク
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