群馬中央バス

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群馬中央バス株式会社
Gunma Chuo Bus Co.,Ltd
Gunchuhonsya.JPG
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 群中・群馬中央
本社所在地 日本の旗 日本
群馬県前橋市小屋原町384-1
設立 1950年9月6日
業種 陸運業
事業内容 乗合バス事業・貸切バス事業
代表者 岩本良男
資本金 3,000万円
従業員数 106名(2012年12月1日現在)
外部リンク http://www.gunmachuobus.co.jp/
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乗合バスの車両
貸切バスの車両

群馬中央バス株式会社(ぐんまちゅうおうバス)は、群馬県前橋市高崎市を中心に乗合バス貸切バス旅行業を行うバス会社である。略称は「中央バス」(英略称は「GC」)、主催旅行オレンジツアーと呼称する。群馬県前橋・高崎地域のバスで利用できる群馬県共通バスカードぐんネット加盟事業者。1950年昭和25年)群馬バスより分かれて成立。1980年代より冷房車の導入や大型方向幕の採用など、利便性向上を図っている。

事業所[編集]

  • 本社:群馬県前橋市小屋原町384-1
  • 前橋営業所(乗合・貸切):群馬県前橋市小屋原町384-1
  • 伊勢崎営業所(乗合):群馬県伊勢崎市曲輪町7-1

会社沿革[編集]

  • 1950年昭和25年)9月6日 - 会社設立
  • 199x年 - 高崎営業所を閉所[要出典]
  • 2007年平成19年) - 本社を前橋駅前(群馬県前橋市表町2丁目18-14)から現在地へ移転。
  • 200x年 - 伊勢崎営業所、伊勢崎市連取町1263-1から現在地へ移転[要出典]

営業路線[編集]

前橋営業所所管[編集]

伊勢崎営業所管轄[編集]

伊勢崎営業所車庫

受託運行[編集]

廃止路線[編集]

廃止となった馬見塚経由の本庄駅行(元神奈川中央交通の三菱MP118)

車両[編集]

前橋営業所所属車を中心に、車体広告車も多い

近年はノンステップバスの導入も進められているが、乗合車両の大半は三菱ふそう製の中古車両で、京阪バスからの譲受車が最も多い。1990年頃まではバス窓の車両が多く見られ、特にセンターアンダフロアエンジンバスの日野BT100型は同社が使用した最後の事業者だった。また、関東で最後と言われたモノコック車両も2007年春をもって全車廃車となっている。関東では数が少ないエアロスターKは多数が残っている。

乗合車のカラーリングは1980年代に制定されたもので、白地にイエローとグレーの細線が施されている。但し、近年は車体広告車が多いため、オリジナルデザインの車両はほとんど見ることが出来ない。以前は窓上がイエロー、窓下がホワイトの帯が入り、下半分はブルー、裾部分はレッドだったが、1992年平成4年)頃に現行のカラーリングに変更されている。また、1980年代より大型方向幕への改造が行われた。

貸切バスは自社発注車が多く、新車も積極的に導入されている。カラーリングは白地にオレンジ、車体側面中央に大きく「CHUO BUS」のロゴが施されている。2010年平成22年)には韓国製のヒュンダイ・ユニバースも購入した[1]

群馬中央バス事件[編集]

1957年(昭和31年)、群馬中央バスは草津温泉までのバス開設で運輸大臣に一般乗合旅客自動車運送事業の免許を申請した。この免許申請は運輸省東京陸運局長の聴聞を経て運輸審議会に諮問したが、東武鉄道などの反対から審議会は申請を却下する旨答申し、1961年(昭和36年)運輸大臣は却下処分を下した。

これに対し、群馬中央バスが処分の取り消しを求めて東京地裁に出訴したところ、1審(裁判長白鳥、2006年10月まで最高裁判所長官であった町田顯も加わっていた)は運輸審議会での公聴会の手続に不備があるとして処分を取り消した。控訴審の2審東京高裁では判断を覆した。

最高裁第一小法廷(民集29巻5号662頁)も1975年(昭和50年)請求を棄却したが、運輸審議会での審理の不備を指摘した。この事件は、行政手続における審議会の審議の手続の瑕疵が処分の取消し事由にもなりうるという点で行政法上重要な判例として残っている。

その他[編集]

テレビ番組『タモリ倶楽部』では2011年平成23年)3月4日に「解剖!バス運賃箱」という特集を放映し、刻印した紙でなくプラスチック板を使用した、日本初のバス用整理券発行機を紹介した。番組中では使用具合の再現として、群馬中央バスの社名が入ったプラスチック板を使用した。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]