開帳

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開帳(かいちょう)とは、仏教寺院本尊をはじめとする仏像を安置する仏堂や厨子の扉を開いて拝観できるようにすること。

概要[編集]

普段秘仏となっている仏像を公開する周期は、縁日など毎年特定の日に開帳する寺院もあれば、数年から数十年に一度特定の日にしか開帳しない寺院もあり、開帳の間隔は寺院によってさまざまである。

開帳を仏像の存在する寺院で行うことを「居開帳」(いがいちょう)、それに対してその寺院以外の場所に出張して行う開帳を「出開帳」(でかいちょう)と称される。例えば、江戸時代成田山新勝寺が本尊の不動明王像を江戸などほかの場所に出張して開帳していた。

秘仏の開帳は、毎月1回、年に1回、7年に1回、33年に1回、60年に1回などと周期的に行うことが多い。『増鏡』に、「滝の本のは不動尊、此不動は伊豆国より生身の明王の簑笠うちてさしあゆみておはしたりき、此簑笠宝蔵にこめて三十三年に一度出さるるとぞ承る」とあるのは、33年に1度不動の開帳が行われたことを示し、『明月記嘉禎元年閏6月19日の条に、「禅尼数輩来車し、近日開くべき三尊像を礼す、近日京中道俗騒動礼拝云々、善光寺の仏を写し奉る」とあるのは善光寺三尊仏模像の開帳が行なわれることであり、『二水記』永正14年4月11日の条に、「法輪院虚空蔵開帳間為参詣」(は返り点)とあるのは、京都嵐山法輪院の本尊の開帳を述べる。江戸時代になると、開帳は興業的になり、さまざまな作り物を飾り、幟を立て、また境内には露店見世物がならび、きわめて繁華なものであったことは、『賤の緒手巻』、『嬉遊笑覧』巻7、『浄瑠璃外題年鑑』などに記されている。一方で、「下手談義」には、開帳について、「開帳場を仕廻ふと否や、本尊を質に入れて、入唐渡天の行がた知れず」などと叱責の言がある。

賭博における開帳[編集]

賭博の座を開くことも「開帳」という。ただし法律用語としては「開」という字を充てる。詳細については、賭博及び富くじに関する罪を参照のこと。

関連項目[編集]