小中和哉
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小中和哉(こなか かずや、1963年2月8日 - )は、映画監督。脚本家の小中千昭は実兄。
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[編集] 略歴
- 成蹊高等学校在学時、先輩の手塚眞が制作した「FANTASTIC★PARTY」に出演
- 1982年自主映画「地球に落ちてきたくま」製作
- 1985年 立教大学卒業後メディア・ワークショップにて映像を学び、「星空のむこうの国」で劇場映画にデビュー
- 1992年 実兄の小中千昭と共に有限会社こぐま兄弟舎を設立
- 『電光超人グリッドマン』を演出後、円谷プロダクション制作の作品を中心に活躍している。(1989年か1990年頃にウルトラマンの企画作りに参加している。結局実現はしなかったがこの企画は『ウルトラマンG』の元になっている。)
- 『ULTRAMAN』ではウルトラマン・ザ・ネクストに助けられた少女の父親、『ウルトラマンネクサス』最終回ではウルトラマンネクサスとダークザギの決戦を見守る大衆の一人、そして『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』では、神戸の街にウルトラ4兄弟が現れた際、それを目撃した大衆の中で「あっ、ウルトラ兄弟だ!」と叫ぶ男としてカメオ出演している。
[編集] 監督作品
[編集] 映画
- 地球に落ちてきたくま(自主映画)
- 星空のむこうの国(小林弘利原作・脚本)
- 卒業プルーフ(共同監督)
- 四月怪談
- 赤いカラスと幽霊船
- あなたの知らない世界
- くまちゃん
- 夢を追いかけて
- 毒婦 プワゾン・ボディ
- ディフェンダー
- ウルトラマンゼアス2 超人大戦・光と影(1997年)○
- ウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ 光の星の戦士たち(1998年)○
- なぞの転校生
- ウルトラマンティガ・ウルトラマンダイナ&ウルトラマンガイア 超時空の大決戦(1999年)○
- ULTRAMAN(2004年)
- ミラーマンREFLEX
- ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟(2006年)○
- 東京少女
- 七瀬ふたたび(2010年)
- 篤姫ナンバー1(2012年)
※○がついている作品では特技監督を兼任している。
[編集] テレビドラマ
※○がついている作品では特技監督を兼任している。
- 電光超人グリッドマン
- 学校の怪談
- Alice 6 (アリス・シックス)
- ウルトラマンダイナ(1997年 - 1998年)(メイン監督)
- ウルトラマンコスモス(2001年 - 2002年)
- ウルトラマンネクサス(2004年 - 2005年)(メイン監督)○
- オルファクトグラム
- ウルトラマンメビウス(2006年 - 2007年)○
- 恋する日曜日 第3シリーズ「レンズ越しの恋」(2007年)
- ケータイ刑事 銭形海(チーフ監督)
- ULTRASEVEN X(2007年)
- MAGISTER NEGI MAGI 魔法先生ネギま!(2007年 - 2008年)
- ケータイ捜査官7(2008年)
- 東京少女桜庭ななみ(2008年)第3話「おウチに帰れない」
- ドラマW「6時間後に君は死ぬ」(2008年、WOWOW)
- 満福少女ドラゴネット(2010年、tvk)
[編集] テレビアニメ
- アストロボーイ・鉄腕アトム(絵コンテも担当)
[編集] オリジナルビデオ
- 脳内潜在麻薬物質リポート ドラッグレス
- ブラック・ジャック
[編集] くまちゃんと小中兄弟
小中兄弟はアマチュア時代、縫いぐるみの熊を宇宙人に見たてた自主映画を撮影していたといわれており、1982年の「地球へ落ちてきたくま」はアマチュア時代の小中の作品として特に有名である。1992年映画「くまちゃん」製作の際「こぐま兄弟舎」を設立した。
この映画は雑誌りぼんで片桐澪によってコミカライズされ1993年4月号から 2003年3月号まで十年もの長期にわたり連載された。連載の最初の二話のみ小中千昭がプロットを書いていたが長い連載の間にくまちゃんの家族などが登場し事実上片桐のオリジナルとなった。