バスケットボール女子日本リーグ機構

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バスケットボール女子日本リーグ
分類 バスケットボール
開始年 1998年
会長 麻生太郎
参加チーム 11
日本の旗 日本
前回優勝チーム JXサンフラワーズ
最多優勝チーム JXサンフラワーズ(11回)
テレビ局 スカイ・A sports+
NHK BS1
公式サイト バスケットボール女子日本リーグ
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WJBL 08-09レギュラーリーグ、富士通シャンソン、ティップオフ。とどろきアリーナ

一般社団法人女子バスケットボール日本リーグ機構(じょしバスケットボールにほんリーグきこう、英語の名称:"Women's Japan Basketball League Organization", 略称:WJBL)は、日本の女子実業団のトップクラスのチームによって行う「Wリーグ」を管轄する組織。バスケットボールの普及と振興を目的としている。1998年10月1日に設立。会長は麻生太郎

概要[編集]

1967年に日本バスケットボール協会が主催した「バスケットボール日本リーグ」の女子の部として設立されたのが前身で、1996年にはバスケットボール日本リーグ機構(JBL)に主催を移行。更に1998年から男女共同運営から独立して女子のリーグを専門に扱う主催団体として同機構が設立された。翌1999年より1部リーグを「Wリーグ」、2部リーグを「W1リーグ(「WIリーグ」とも称する)」に改称した。

1980年代以降、日本の女子バスケットボールリーグはシャンソン化粧品とJOMO(ジャパンエナジー、旧共同石油、現JX)の2強時代が長らく続き、リーグ戦、並びに全日本選手権ともに必ずこの2チームがタイトル争いを繰り広げいた。中でも1990年代はシャンソンの独擅場でリーグ戦、全日本との2冠を10年連続で続ける快挙を成し遂げた。ところが2000年代に入りJOMOが盛り返し、2000年度~2003年度にかけて4年連続で2冠を達成している。その間、富士通や日本航空も力をつけていたが順位的には上位2チームはJOMOかシャンソンであり2チームの間で順位が入れ替わった以外の違いはなかった。しかし、2004年になると順位においても2強体勢は崩れ、2007-08シーズンは富士通の初優勝により18年間に及んだ2強時代は終焉を告げた。

チームの休部・廃部が相次いでいることを踏まえ、2部に当たるW1リーグは2011-12年度のシーズンを最後に廃止とし、2012-13シーズンからは1部のWリーグ(12チーム)のみで行われる。

年間スケジュール[編集]

  • リーグ戦
レギュラーシーズン(1次リーグ 9月中旬~12月下旬)
プレーオフ・ファーストラウンド(2次リーグ 翌年1月~2月中旬)
プレーオフセミファイナル~ファイナル(2月下旬~3月中旬)
1月上旬
  • サマーキャンプ
7月中旬

2014-2015年度の参加チーム[編集]

チーム ホームタウン ホームタウンゲームの会場 備考
JX-ENEOSサンフラワーズ 千葉県柏市 柏市中央体育館 (ジャパンエナジー→JOMO→)JXより改称
トヨタ自動車アンテロープス 愛知県名古屋市 千種スポーツセンター
デンソーアイリス 愛知県刈谷市 ウィングアリーナ刈谷
富士通レッドウェーブ 神奈川県川崎市 とどろきアリーナ
新潟アルビレックスBBラビッツ 新潟県新潟市 東総合スポーツセンター 日本航空JALラビッツより譲渡
シャンソン化粧品シャンソンVマジック 静岡県静岡市 静岡県草薙総合運動場体育館
アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス 愛知県安城市 安城市体育館
三菱電機コアラーズ 愛知県名古屋市 愛知県体育館
日立ハイテク クーガーズ 茨城県ひたちなか市 ひたちなか市総合運動公園総合体育館
トヨタ紡織サンシャインラビッツ 愛知県刈谷市 ウィングアリーナ刈谷
羽田ヴィッキーズ 東京都大田区 大田区総合体育館 エバラヴィッキーズより改称

過去の参加チーム[編集]

Wリーグ[編集]

W1リーグ[編集]

旧日本リーグ時代の参加チーム[編集]

リーグ戦方式[編集]

2013-14シーズンはアジア選手権のため例年より遅い11月開幕。よってプレーオフはファーストラウンドが廃止され、Wリーグ史上初の4月開催となる。

レギュラーシーズン(1次リーグ)
  • 12チームによる2回戦総当り制
プレーオフ
プレーオフは2段階で行われる。
セミファイナル(準決勝)
  • ファーストラウンド(勝敗はレギュラーシーズンからの通算)上位4チームによる3戦2先勝方式
    • 組み合わせはシーズン1位対4位、2位対3位
ファイナル(決勝)
  • セミファイナル勝者2チームによる5戦3先勝方式

優勝チームはアジアWチャンピオンシップに進出。

過去の方式[編集]

2012-13シーズン[1]

レギュラーシーズン(1次リーグ)
  • 12チームによる2回戦総当り制
プレーオフ
プレーオフは3段階で行われた。
ファーストラウンド(2次リーグ)
  • レギュラーシーズン上位8チームによる1回戦総当り制
セミファイナル(準決勝)
ファイナル(決勝)

2011-12シーズンまでは2部制であったため、以下の方式が採用された。

  • Wリーグ:8チームによる4回戦総当たり制のレギュラーリーグと上位4チームによるプレーオフ
(セミファイナル:3戦2先勝方式、ファイナル:5戦3先勝方式)

日本協会主催時代の1988年からの4シーズンはカシオペア・アンドロメダの2ディビジョン制を採用していた(男子も同年から2ディビジョン制を敷いたが、そちらはJBLプレスーパーリーグ移行まで続いた)。1992年以後は12チームの2回総当りの予選の後、上位6チームが更に2回総当りのセミファイナル(準決勝リーグ)を行い、そこで更に2チームに絞って決勝を争うという方式があった。

競技ルール[編集]

選手登録[編集]

  • リーグ登録選手は1チーム12名以上16名以内。
  • 日本リーグ時代の1992年シーズンまで外国籍選手の出場が認められていたが、日本人選手育成の観点から現在は外国籍選手の登録は認められていない。
    • ただし、外国出身で日本に帰化した選手はこの限りではない。また2003年以後、留学等により日本の学校教育法に基づく学校に一定期間在籍していた選手も日本人と同等の扱いとみなすことになった。さらに2009年より、1チームにつき1人を上限に国籍変更申請中の外国出身選手の保有、登録を認める。選手登録は、2010年以降となる。
  • 移籍はシーズン終了後にのみ認められる。また、前所属チームとの登録抹消及び移籍承諾書提出が必要となる。

過去の優勝チーム[編集]

日本リーグ[編集]

回(年) 日本リーグ1部 日本リーグ2部
優勝 MVP 優勝
第1回(1967-'68) ニチボー平野
第2回('68-'69) ニチボー平野
第3回('69-'70) ユニチカ山崎
第4回('70-'71) ユニチカ山崎 脇田代喜美
第5回('71-'72) ユニチカ山崎 熊谷栄子 日本通運
第6回('72-'73) ユニチカ山崎 脇田代喜美 シャンソン化粧品
第7回('73-'74) ユニチカ山崎 脇田代喜美 日本通運
第8回('74-'75) 第一勧業銀行 佐竹美佐子 シャンソン化粧品
第9回('75-'76) 日立戸塚 大塚宮子 共同石油
第10回('76-'77) 日立戸塚 大塚宮子 シャンソン化粧品
第11回('77-'78) ユニチカ 松岡美保 三菱電機
第12回('78-'79) 共同石油 鈴木紀子 三井生命
第13回('79-'80) 共同石油 鈴木紀子 東京芝浦電気
第14回('80-'81) 第一勧業銀行 中川弘子 日立甲府
第15回('81-'82) 共同石油 竹山とよ子 日本通運
第16回('82-'83) シャンソン化粧品 大山春美 日本通運
第17回('83-'84) シャンソン化粧品 アン・ドノバン 三井生命
第18回('84-'85) 共同石油 豊田恭英子 日本電気
第19回('85-'86) シャンソン化粧品 久保田久美 三井生命
第20回('86-'87) シャンソン化粧品 アン・ドノバン 日本電気
第21回('87-'88) 共同石油 原田五月 三井生命
第22回('88-'89) 東芝 佐藤香代子 日本航空
第23回('89-'90) 共同石油 原田五月 第一勧業銀行
第24回('90-'91) シャンソン化粧品 村上睦子 鷺宮製作所
第25回('91-'92) シャンソン化粧品 村上睦子 鷺宮製作所
第26回('92-'93) シャンソン化粧品 一乗アキ 積水化学
第27回('93-'94) シャンソン化粧品 加藤貴子 日立戸塚
第28回('94-'95) シャンソン化粧品 柿崎宏江 三洋電機
第29回('95-'96) シャンソン化粧品 一乗アキ ユニチカ
第30回('96-'97) シャンソン化粧品 村上睦子 トヨタ自動車
第31回('97-'98) シャンソン化粧品 永田睦子 日本通運
第32回('98-'99) シャンソン化粧品 永田睦子 日立甲府

Wリーグ[編集]

レギュラーシーズン プレーオフ
1位 MVP 優勝 ファイナル 準優勝 MVP
第1回 '99-2000 シャンソン化粧品 永田睦子 シャンソン化粧品 3 - 1 ジャパンエナジー 永田睦子
第2回 '00-'01 ジャパンエナジー 濱口典子 ジャパンエナジー 3 - 1 シャンソン化粧品 濱口典子
第3回 '01-'02 ジャパンエナジー 川上香穂里 ジャパンエナジー 3 - 2 シャンソン化粧品 濱口典子
第4回 '02-'03 ジャパンエナジー 濱口典子 ジャパンエナジー 3 - 0 日本航空 大山妙子
第5回 '03-'04 ジャパンエナジー 濱口典子 ジャパンエナジー 3 - 0 シャンソン化粧品 矢野良子
第6回 '04-'05 シャンソン化粧品 薮内夏美 シャンソン化粧品 3 - 1 日本航空 永田睦子
第7回 '05-'06 シャンソン化粧品 永田睦子 シャンソン化粧品 3 - 2 日本航空 永田睦子
第8回 '06-'07 富士通 矢野良子 JOMOサンフラワーズ 3 - 2 富士通 大神雄子
第9回 '07-'08 JOMOサンフラワーズ 大神雄子 富士通 3 - 2 JOMOサンフラワーズ 矢野良子
第10回 '08-'09 トヨタ自動車 榊原紀子 JOMOサンフラワーズ 3 - 1 シャンソン化粧品 吉田亜沙美
第11回 '09-'10 トヨタ自動車 矢野良子 JOMOサンフラワーズ 3 - 0 トヨタ自動車 大神雄子
第12回 '10-'11 JXサンフラワーズ 渡嘉敷来夢 JXサンフラワーズ 中止 トヨタ自動車 該当なし
第13回 '11-'12 JXサンフラワーズ 吉田亜沙美 JXサンフラワーズ 3 - 1 トヨタ自動車 吉田亜沙美
第14回 '12-'13 JXサンフラワーズ 間宮佑圭 JXサンフラワーズ 3 - 1 トヨタ自動車 渡嘉敷来夢
第15回 '13-'14 JX-ENEOSサンフラワーズ 髙田真希 JX-ENEOSサンフラワーズ 3 - 0 デンソーアイリス 間宮佑圭

W1リーグ[編集]

優勝
第1回 '99-2000 第一勧業銀行DKBハーティーズ
第2回 '00-'01 日立那珂スクァレルズ☆
第3回 '01-'02 富士通レッドウェーブ☆
第4回 '02-'03 甲府クィーンビーズ
第5回 '03-'04 アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス
第6回 '04-'05 東京海上日動ビッグブルー
第7回 '05-'06 アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス☆
第8回 '06-'07 三菱電機コアラーズ
第9回 '07-'08 三菱電機コアラーズ
第10回 '08-'09 三菱電機コアラーズ☆
第11回 '09-'10 日立ハイテク クーガーズ☆
第12回 '10-'11 三菱電機コアラーズ☆
第13回 '11-'12 アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス
  • W1リーグ☆印は入れ替え戦により翌シーズンWリーグに昇格。第1回W1リーグで1位となった第一勧業銀行DKBハーティーズはこのシーズンを最後に廃部となったため、この回2位だった日本航空JALラビッツが入れ替え戦に出場しWリーグに昇格。日立那珂スクァレルズは現・日立ハイテク クーガーズ。

WJBLの主な試み[編集]

ホームゲーム[編集]

WJBLではホームゲーム制度を導入し、レギュラーシーズンの一部の試合を一方のホームゲームとして開催している。

各チーム3~10試合程度ホームゲームが組まれ、本拠地が置かれる市町村での試合をホームタウンゲームとして行う。

サマーキャンプ[編集]

WJBLでは「サマーキャンプ」と題したイベントを7月下旬頃に実施している。

このサマーキャンプではWJBL所属チームに加え、実業団連盟の強豪チームなどを招待し、5日間に渡り強化試合を組むとともに、バスケットボールクリニックなども開催し、選手・審判員の育成に加え地域振興も目的としている。

開催地は2年ごとに変わる。

トライアウト[編集]

2004年より「WJBLトライアウト」と題して、新人選手の発掘を行っている。

国立代々木競技場第二体育館(2006年は東京体育館、2007年は日本航空体育館)にて9月(2005年は8月、2006年は12月)に開催され、高卒以上を対象としている。

定員は30名でおおよそ10~20名が参加。2004・05年は各2名がWJBL入りを果たしたが、2006年以降はWJBL加入に至った選手はいない。それもあってか2008年の参加はわずか8名であり、2009年は参加者が集まらず中止になった。2010年は12月20日に味の素ナショナルトレーニングセンターで開催された。

放送について[編集]

  • Wリーグの注目カードをスカイ・A sports+で中継している。
  • NHK BS1でも、数試合とファイナルを放送する。
  • プレーオフ・セミファイナルの全試合をbjtvで放送する。

課題[編集]

プロ化[編集]

バスケットボールのプロ化は国際的な流れであり、女子もまた例外ではない。しかしながらプロ化へ向けて一歩ずつ歩みを進めている男子の日本バスケットボールリーグ(JBL)と比べ、WJBLはプロリーグ化への動きが鈍い。プロ契約は男子同様1997年に解禁されたが、第1号は2007年の大神雄子(当時JOMO)まで待たなければならなかった。五輪から30年以上遠ざかっている男子と違い、女子は1996年のアトランタと2004年のアテネの2度五輪を経験し、世界選手権にも出場を重ねており、ナショナルチーム強化の上でプロ化の必要性が薄いと言う意見が多いのも理由として挙がっている。

しかし、韓国では既に韓国女子バスケットボールリーグ(WKBL)をプロ化するなどアジアでもプロリーグが次々と発足され、国内リーグがアマチュアのままである日本は強化で出遅れ、2006年世界選手権及び北京五輪を立て続けに逃した(特に世界選手権不出場は1986年以来20年ぶりで、1964年の初出場以降は2度目であった。)。また、WKBLとの対抗戦である日韓Wリーグチャンピオンシップではこれまで1勝も上げておらず、プロアマの実力差が現れている。これらを受け、プロ化の必要性も迫られることが予想される。

組織[編集]

日本国内のバスケットボールトップリーグは1999年より男女別組織となってはいるものの、WJBLと旧JBLは協会主催の元同一会場で試合を組むなど連携を図ってきた。

しかし、2007年に改組された新JBLは興行権が協会でなくなり、ホーム・アンド・アウェー基本の日程で組まれる一方、WJBLは発足以降基本的な面はまったく変わっていない為、JBLと連携の上で日程を組む事が難しくなり、効率が悪くなるなど問題も発生している。

また、現在Wリーグのチームが関東から東海地方にまでしか存在しておらず、全国規模の盛り上がりに欠けている面も指摘されている(過去には大阪から三洋電機がWリーグに参戦していた。2004年のトヨタ紡織以来昇格はない。主な実業団の強豪としてはオールジャパンでWリーグチームとも接戦を演じている山形銀行があるが、WJBL参戦の意向は示していない。)。

2008年にbjリーグとJBL・協会が提携へ向けて動き出した事もあり、それに合わせてWJBLのあり方についても検討する方針である。

そんな中、2011年6月にW1リーグ(2部)のビッグブルー東京が資金難を理由に2011-12年シーズンを最後にWリーグ機構から撤退、W1リーグが4チームとなることから、Wリーグ(1部)と合体・統合した1部リーグ制に2012-13年シーズンから移行することが決まった。具体的な計画としては予選リーグを2段階とし、まず12チームが2回総当りの「1次リーグ」を行い、その上位8チームが「2次(準決勝)リーグ」に進出。さらにこの2次リーグで4チームに絞って「決勝リーグ」で優勝を争うとしている。しかし、2013-14年シーズンは期間が短縮されたため2次リーグが撤廃され、加えて旧Wリーグ上位と旧W1リーグの対戦では実力差の大きさがスコアに現れるなど戦力面の均衡が取れていないという指摘もされており、移籍制度の改正なども求められている。

外国人解禁[編集]

旧日本リーグ女子時代には米国代表のアン・ドノバンなど外国人選手がプレーしていたが、前述の通り1992年シーズンを最後に外国人選手登録(日本帰化選手は除く)を廃止。その後、センターなど長身を要するポジションを中心に日本代表強化面で効果は現れている。

ところが、日本で教育を受けた河恩珠が2002年よりシャンソン化粧品でプレーするに当たり日本国籍取得を余儀なくされ、大韓協会とトラブルになるなど弊害も見られるようになった。

これを受けて2003年に日本帰化選手に加え、国内で教育を受けた選手に限り日本国籍を取得せず出場登録が可能になった。さらに2009年からは日本国籍取得申請中の選手に限り採用が認められ、2010-11シーズンから出場が認められるようになった。しかし、外国人排除の上でのナショナルチーム強化では身体能力の非常に高い欧米などの選手とのマッチアップの機会が大幅に限られるなど限界が見えており、一部で外国人登録復活の声も多くなっている。

二重登録問題と日本国外のリーグへの挑戦[編集]

WJBLでは所属選手が籍を残したまま他のリーグでプレーすること、すなわち「二重登録」を原則禁止している。

この二重登録についてはWJBLとシーズンが異なる米国・WNBAも例外ではない。

2006年に河恩珠がロサンゼルス・スパークスでのプレーを希望した際、シャンソン化粧品と10年契約中であり、二重登録の解消が争点となっていた。しかしながら双方の主張が食い違い河はWNBAでのプレーはかなわずシャンソンも退団し帰国を余儀なくされた。

過去に萩原美樹子がWNBAでプレーした際は特例により認められた。大神雄子については国内プロ契約のため、WJBL・WNBAそれぞれのシーズンで契約を交互に行うことで二重登録にならないよう配慮されている。

他の競技ではバレーボールアイスホッケーで所属チームに籍を置いたまま日本国外でプレーできる(いわゆるレンタル移籍)ようになっており、女子バスケットボールでも認めるべきという声は存在する。

脚注[編集]

関連記事[編集]

外部リンク[編集]