小野薬品工業

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小野薬品工業株式会社
Ono Pharmaceutical Co.,Ltd.
Headquarters of Ono Pharmaceutical Co.,Ltd..JPG
種類 株式会社
市場情報
東証1部 4528
大証1部(廃止) 4528 2013年7月12日上場廃止
本社所在地 郵便番号:541-8564
大阪市中央区久太郎町1-8-2
設立 1947年昭和22年)7月4日
創業 1717年享保2年)
業種 医薬品
代表者 代表取締役社長 相良暁
資本金 173億58百万円(2013年3月31日現在)
売上高 連結1,453億93百万円(2013年3月期)
純資産 連結4,232億90百万円
(2013年3月31日現在)
総資産 連結4,555億72百万円
(2013年3月31日現在)
従業員数 連結2,807人(2013年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 5.16%
ステート ストリート バンク アンド トラスト カンパニー 4.94%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 4.53%
(2013年3月31日現在)
外部リンク http://www.ono.co.jp/
特記事項:登記上本店は大阪市中央区道修町2-1-5に所在する。
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小野薬品工業株式会社(おのやくひんこうぎょう)は、大阪府大阪市中央区に本社を置く日本製薬会社である。

会社概要[編集]

主に医家向けの医薬品を専業とする。独自の創薬事業による開発・販売を一貫して行うことで、非常に高い利益率を誇る。かつてはビタミン剤「エフビタン」、胃腸薬「タフマック」、滋養剤「リキホルモ」、子供向けの薬「ピノキオ」等の一般用医薬品を展開していたが、現在はすでに撤退している。

沿革[編集]

  • 1717年(享保2年) 初代小野市兵衛が道修町において、伏見屋市兵衛の屋号のもとに薬種仲買人として創業。
  • 1918年(大正7年) 東洋製薬化成株式会社設立。(現・連結子会社)
  • 1934年(昭和9年) 資本金16万円の合名会社小野市兵衞商店に改組する。
  • 1947年(昭和22年) 商店の医薬品製造部門として日本有機化工株式会社(資本金19万5千円)、注射アンプル等医薬用硝子資材部門として日本理化学工業株式会社を設立。
  • 1948年(昭和23年) 日本有機化工株式会社を現在名の小野薬品工業株式会社と改称し、日本理化学工業株式会社を解散する。
  • 1949年(昭和24年) 合名会社小野市兵衞商店を小野薬品工業株式会社に吸収合併し、製造販売部門の一本化を図る。
  • 1962年(昭和37年) 大阪証券取引所市場第二部に株式を上場。
  • 1963年(昭和38年) 東京証券取引所市場第二部に株式を上場。
  • 1969年(昭和44年) 東京・大阪各証券取引所市場第一部に指定替え

スポンサー活動[編集]

かつては一般薬を販売していた当時、1950年代から1960年代にかけて朝日放送制作でラジオ放送されていた人気番組「夫婦善哉」や、テレビのコメディ番組「スチャラカ社員」のスポンサーだったこともあり、マスメディアとの関係は深い。特に「夫婦善哉」の司会で「スチャラカ社員」のレギュラーでもあったミヤコ蝶々は、当時同社の事実上のイメージキャラクターといえる存在だった。

また近年まで日本テレビ系で放送されていた「からだ元気科」やTBS系の「サンデーモーニング」やフジテレビ系の「FNNスーパーニュース」などの番組にスポンサーとして参加していたが、一時期は降板して撤退していたが現在はTBS系の報道特集テレビ朝日系の大改造!!劇的ビフォーアフター日曜洋画劇場とフジテレビ系の新報道2001に提供している。「サンデーモーニング」以前にも各報道・情報系番組にも提供していたが、今から10年前とある報道・情報系番組のスポンサーだった時に、番組内の不祥事で同社を含む全社が降板する事態となった。[要出典]

販売している製品[編集]

外部リンク[編集]