日清食品ホールディングス

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日清食品ホールディングス株式会社
Nissin Foods Holdings Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 2897
略称 日清食品HD、日清食HD、日清HD、nissin
本社所在地 郵便番号:532-8524
本店・大阪本社:大阪市淀川区西中島4-1-1
大阪本社
〒160-8524
東京本社:東京都新宿区新宿6-28-1
日清食品ホールディングス株式会社新宿六丁目東京本社ビルRIMG0076.JPG
本店所在地 郵便番号:532-8524
大阪府大阪市淀川区西中島4-1-1
設立 1948年9月4日
業種 食料品
事業内容 日清食品グループ全体の経営戦略の策定・推進、グループ経営の監査、その他経営管理など
代表者 代表取締役社長・CEO 安藤宏基
代表取締役専務・COO 中川晋  
資本金 251億22百万円(2010年3月31日現在)
売上高 連結3,711億78百万円(2010年3月期)
総資産 連結4,084億10百万円(2010年3月期)
従業員数 単体381名、連結7,388名(2010年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 財団法人安藤スポーツ・食文化振興財団(7.14%)
三菱商事株式会社(7.05%)
伊藤忠商事株式会社(7.05%)
株式会社安藤インターナショナル(3.71%)
株式会社みずほコーポレート銀行(3.61%)
株式会社三菱東京UFJ銀行(3.30%)
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口)(3.23%)
小野薬品工業株式会社(2.22%)
江崎グリコ株式会社(2.13%)
ハウス食品株式会社(1.95%)
主要子会社 グループ参照
関係する人物 安藤百福(創業者)
外部リンク http://www.nissin.com/
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日清食品ホールディングス株式会社(にっしんしょくひんホールディングス、Nissin Foods Holdings Co., Ltd.)は大阪府大阪市淀川区東京都新宿区に本社を置く企業で、日清食品を中心とする食品グループの持株会社である。

日清食品グループの理念は「EARTH FOOD CREATOR」(「食」の可能性を追求し、社会や地球に貢献する)、また同グループのビジョンは「UNITE FOOD POWERS」(「食」の持つ力を結集する)となっている。 なお、グループ全体におけるスローガンとして「もっと「食」を動かそう。」も制定されている。

社名の由来[編集]

らかに豊かな味をつくる」という創業者・安藤百福の言葉を由来とし、日清戦争(ほか日本中国清朝にかかわることを意味する単語)との関係は無い[1]

同じ日清の冠でも、食品メーカーの日清製粉日清オイリオ、食糧サービス会社の日清医療食品、繊維メーカーの日清紡績とも資本関係はない。

沿革[編集]

  • 1948年(昭和23年)9月4日 大阪府泉大津市に「中交総社」設立。
  • 1949年(昭和24年)9月 「サンシー殖産」に商号変更し、本社を大阪市北区に移転。
  • 1958年(昭和33年)
    • 08月25日 インスタントラーメン「チキンラーメン」発売
    • 12月 「日清食品」に商号変更。本社を大阪市東区(現・中央区)に移転。
  • 1959年(昭和34年)12月 初代ロゴマーク制定(略称「NSS」を2本の下線と円で囲ったもの)。高槻市に工場完成、同時に本社を移転。
  • 1963年(昭和38年)10月 東京大阪証券取引所第2部に上場
  • 1968年(昭和43年)2月 袋入りラーメン「出前一丁」を発売。
  • 1971年(昭和46年)9月 2代目ロゴマーク制定(赤と青の円に「N」を基調としたロゴ)。「カップヌードル」を発売。
  • 1972年(昭和47年)8月 東京・大阪・名古屋各証券取引所第1部に指定替え。
  • 1973年(昭和48年)6月 本社を大阪市北区に移転。
  • 1976年(昭和51年)5月 焼きそば「UFO」を発売。8月にはうどん・そば「どん兵衛」を発売。
  • 1977年(昭和52年)4月 本社を現在地の大阪市淀川区に移転。
  • 1983年(昭和58年)
    • 08月 3代目ロゴマーク制定(赤い半円に「nISSIn」と入れたもの)。このロゴマークは「リップマーク」と呼ばれ、人の食べているや、食器をイメージしたことに加え、地球の半分に見立て、「「食」が生命・地球を支える」を表現したものでもある[注 1]
    •  日清食品と安藤百福の私財を投じて協同で「安藤スポーツ・食文化振興財団」(通称・安藤百福財団、安藤財団)を設立
  • 1988年(昭和63年)3月 東京支社を「東京本社」に改称。
  • 1990年(平成2年)7月 乳酸飲料会社のヨーク本社(現:日清ヨーク)に資本参加。
  • 1991年(平成3年)2月 コーンフレークのシスコーンで知られる菓子会社のシスコ(現:日清シスコ)に資本参加。
  • 1995年(平成7年)2月1日 陸上競技部創設。
  • 1998年(平成10年)4月21日 日清食品公式ウェブサイトを公開[2]
  • 1999年(平成11年)11月 池田市インスタントラーメン発明記念館を開館。
  • 2003年(平成15年) ロゴマークのアルファベット綴りが「nISSIn」(小文字形体)から「NISSIN」(大文字形体)に小変更。
  • 2006年(平成18年)11月 明星食品と合弁会社を設立、事実上の経営統合。12月15日、友好的TOB成功で日清食品の明星食品株式の所有割合が86.32%(議決権割合は90.43%)になり、明星が子会社へ。12月21日将来的には株式交換により完全子会社化することを決定。
  • 2007年(平成19年)
    • 01月 安藤百福創業者会長が逝去、享年96。
    • 03月 株式交換により明星食品を完全子会社化。
  • 2008年(平成20年)
    • 02月06日 2007年(平成19年)11月22日に合意していた日本たばこ産業(JT)からの加ト吉株式49%譲受と、冷凍食品事業の加ト吉への統合を撤回すると発表。[注 2]
    • 03月 本社機能を東京に集約、同時に登記上の本社については、今後検討する(なお今後も入社式や株主総会等、重要行事は「発祥の地」大阪で行う)と発表。
    • 07月 本社機能を東京本社に移転。ただし、近畿圏営業統括部門等、一部機能が大阪に残る。
    • 09月 創業60周年(日清食品に商号変更してからは50周年となる)
    • 10月01日 社名を「日清食品ホールディングス株式会社」(本社・東京、登記上本店・大阪)に変更し純粋持株会社へ移行、即席麺事業を「日清食品株式会社」、チルド食品事業を「日清食品チルド株式会社」、冷凍食品事業を「日清食品冷凍株式会社」、業務サポート部門を「日清食品ビジネスサポート株式会社」にそれぞれ新設・承継。前述の本社機能集約とあわせ、これにより、経営中枢機能が創業地の大阪から東京へ移行した。
    • 創立50周年を記念し、次の50年に向けて100のことを実行する「百福士プロジェクト」始動。
  • 2010年(平成22年)
    • 01月01日 陸上競技部が第54回全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)で初優勝。
    • 03月 創業者・安藤百福が生誕100年。記念商品の発売や、イベントなどが催された(安藤百福#生誕100年も参照)。
    • 08月23日 インスタントラーメン発明記念館、来館者が300万人を達成[3]
  • 2011年(平成23年)9月17日安藤百福発明記念館(カップヌードルミュージアム)」オープン。
  • 2058年 日清食品グループ創立100周年。「百福士プロジェクト」完了予定。

グループ[編集]

日清食品グループ[編集]

日清食品関東工場(茨城県取手市)
「味の民芸」吉祥寺北町店(東京都武蔵野市)
  • 日清食品ホールディングス株式会社
常温食品事業
低温食品事業
菓子事業
飲料事業
外食事業

機能子会社、その他事業子会社[編集]

関連会社各社については日清食品グループについてを参照。

日本国外への展開[編集]

インドインドネシアタイオランダアメリカブラジル現地工場。また、味の素と提携しており、インドネシアやタイに合弁会社をすでに設立している。 また、販売国も多国に亘る。

日清食品グループ陸上競技部[編集]

日清食品グループ陸上競技部(東京本社付のためチーム所在地は東京都新宿区)は、1995年(平成7年)2月1日、日清食品(当時)の陸上競技部として創設。諏訪利成アテネオリンピック男子マラソン6位入賞)、実井謙二郎アトランタオリンピック男子マラソン日本代表、現・コーチ兼任)をはじめ、徳本一善ジュリアス・ギタヒ大島健太ら中長距離の有力ランナーを揃え、創設以来全日本実業団対抗駅伝大会(ニューイヤー駅伝)の常連チームとなっている(2014年(平成26年)まで19年連続19回、東日本地区代表として出場している)。

2010年(平成22年)の第54回全日本実業団対抗駅伝大会において4時間50分7秒のタイムを記録し、出場15回目にして悲願の初優勝を果たした(1区:座間→2区:ゲディオン→3区:佐藤(区間賞)→4区:北村→5区:保科→6区:徳本→7区:小野)。翌2011年(平成23年)の第55回大会では3位となり、連覇はならなかったものの、2012年(平成24年)の第56回大会では、2年ぶり2回目の優勝を果たした。

チームスタッフ[編集]

監督
コーチ
アドバイザー

所属している選手[編集]

主将
メンバー

過去に所属していた選手[編集]

など

百福士(ひゃくふくし)プロジェクト[編集]

日清食品グループ創立50周年を迎えた2008年(平成20年)(本社設立の年でもある)、次の50年に向けて立ち上げた社会・環境活動プロジェクトが「百福士ひゃくふくしプロジェクト」。これは、創業者・安藤百福が社会活動に熱心だったこともあり、それにちなんだものであり、百福の遺志を次いで今後50年間に合計100の社会貢献活動を行っていくものである。百福士プロジェクトのテーマは「創造」「食」「地球」「健康」「子供たち」の5つが軸となっている。

ちなみに百福士ひゃくふくしとは、江戸時代から外交使節団の代表を「正使」、その下で働く人を「副使」と呼んだ故事に習って、安藤百福の志を次ぐ日清食品グループ社員を指す[4]

主な活動内容[編集]

  • アフリカ事業化自立支援・Oishiiプロジェクト
  • 自然体験活動指導者養成事業・“あやしいオヤジを、正しいオヤジに変える!”プロジェクト
  • チキンラーメン・カン(防災・備蓄用長期保存缶)プロジェクト
  • お湯と生きるプロジェクト「インスタントラーメンのお湯でもSTOP温暖化」
  • 社員大ボランティア支援プログラム

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ カップヌードル」と同じく、大高猛によるデザイン。
  2. ^ 旧・日清食品は2007年(平成19年)11月22日日本たばこ産業(JT)とともに加ト吉(現:テーブルマーク)を共同買収し、2008年(平成20年)4月に冷凍食品部門を加ト吉に移して統合すると発表したが、2008年(平成20年)2月にJT子会社の不祥事(冷凍ギョーザ中毒事件)による業績の修正を受けて冷凍食品部門の統合は見送られた。その後10月の持株会社制移行により、冷凍食品部門は「日清食品冷凍株式会社」として再出発した。

出典[編集]

  1. ^ よくお寄せいただくご質問 - 日清食品HP「お客様窓口」
  2. ^ What's New”. NEW 新着情報. 日清食品 (1998年4月21日). 1998年6月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月15日閲覧。
  3. ^ -全国でも屈指の企業ミュージアム「インスタントラーメン発明記念館」- 来館者300万人を達成 本日8月25日から「ご来館300万人達成キャンペーン」を実施 - 日清食品HD、2010年8月25日
  4. ^ 「百福士」とは…

外部リンク[編集]