博多華丸

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博多華丸
本名 岡崎 光輝(おかざき みつてる)
生年月日 1970年4月8日(41歳)
出身地 福岡県福岡市早良区
血液型 B型
身長 176cm
方言 共通語博多弁
最終学歴 福岡大学工学部中退
コンビ名 博多華丸・大吉
相方 博多大吉
芸風 漫才 (ボケ)など
立ち位置
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1991年 -
同期 千原兄弟FUJIWARA など
配偶者 既婚
受賞歴
・2006年 R-1ぐらんぷり優勝

博多 華丸(はかた はなまる、1970年4月8日 - )は、日本お笑い芸人であり、漫才コンビ博多華丸・大吉ボケ担当。本名、岡崎 光輝(おかざき みつてる)。

福岡県福岡市早良区出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。

目次

[編集] 人物

福岡市立高宮中学校福岡大学附属大濠高等学校卒業、推薦入学で福岡大学工学部へ(後に中退)。なお、在籍していた落語研究会での高座名は「福々亭さろん」である。旧名・鶴屋 華丸(つるや はなまる)、妻子持ちである。

福岡ソフトバンクホークスと、アビスパ福岡の大ファン。ホークスの選手とは福岡を拠点に活動していた頃から公私共に交流が深く、2011年の日本シリーズでホークスが優勝した祭には、祝勝会のビール掛けにゲスト参加したほど[1]

[編集] ものまね

華丸の十八番。この物真似をする際は、「ばってん室見川」と名乗ることもある。地元・福岡では児玉清よりこちらの物真似の方が浸透しており、彼の代表ネタとして考えられている。
ASAYAN』(テレビ東京)のシャ乱Qオーディションでのくい気味のナレーションの物真似。サッカー日本代表のスターティングメンバーを発表していくうちに「高原中田松中ズレータ」といつの間にかホークスの選手になってしまう。慈英の兄のジョン・カビラのマネもする。
顔も似ているため、ニュースステーションで川平慈英が出演しているのを見て父親が華丸が出てると勘違いしたエピソードもある。
2008年4月3日、『ラジかるッ』(日本テレビ)で川平慈英がゲスト出演した際に、初めて本人の前でネタを披露した。川平は、華丸が自分のものまねをしていることは知っていたが、見たのは初めてであるとのこと。
2009年5月19日、『おもいッきりDON!』(日本テレビ)で二度目の共演。ものまねに対して川平は好意的な意見を述べて公認した。[要出典]
モノマネはできるが華丸自身はサッカーの知識が乏しい為、共演者から突発的にサッカー関連のフリで慈英のマネを要求されると対応できないことがある。アメトーークにて「慈英さんの予想スタメンは?」の問いに、苦し紛れに答えた『ディフェンス。中澤田中、マルクス、闘莉王[2]はアメトーーク大賞2010流行語部門にノミネートされた[3]
手嶋自体は出演しているテレビ西日本の放送エリア外ではほとんど知名度がなく、これもまたばってん同様「地方限定ネタ」の一つとなっている。
フジテレビ系列『とんねるずのみなさんのおかげでした』内のコーナー「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権8」ほか(これもまた福岡ではよく知られたネタのひとつ)。この番組ではどんぴしゃの森本のりひさが王のものまねをし、華丸は箕原マネージャーのまねで共演したこともある。
テレビ東京ぶちぬき』木曜・極楽とんぼの「鬼のツボ合戦」で2005年に披露。
NBAの名コーチ。『鉄腕ももち』で一度だけ披露。外見、リアクションのみでしゃべりの物まねはなかった。**
『とんねるずのみなさんのおかげでした』「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権13」で披露。

[編集] 児玉清との関係

福岡での活動中から児玉清のモノマネを披露していた。2005年11月に、『とんねるずのみなさんのおかげでした』内のコーナー「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権6」に出場。児玉清のモノマネで見事優勝した。12月29日に放送された「全国大会」でも児玉清のモノマネで再度優勝。賞金100万円を手にした。2006年R-1ぐらんぷりに出場し児玉清のモノマネ(あいうえお作文「あ行」から「た行」)で優勝、トロフィーと賞金500万円を獲得した。

2006年9月3日放送の「アタック25芸能人大会」で児玉と初共演。博多華丸・大吉ペアとしての解答者となり、出場。優勝こそ出来なかったが、本家とのW児玉清が実現し、他の出場者・観客から拍手と爆笑が溢れた(アタックチャンス一問目は不正解になったが2問目以降は児玉一人で「アタックチャンス」コールをしている)。また解答者の紹介の時、今の気持ちをあいうえお作文の「あ行」で表現するため、児玉清から合いの手を入れてもらい、ネタを披露した。最後の問題ではペアで答えた後、華丸自身で「ラストコール」をした。

児玉の物まねとして、2007年8月25日に行われた日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)1部・川崎フロンターレガンバ大阪戦で川崎が行った集客PRキャンペーン「アタック!25日」に登場した。福岡市にもJリーグクラブ・アビスパ福岡があり、その応援もしている華丸は川崎からの依頼にためらったものの、この年は福岡が2部におり、川崎とは直接対戦しないので出演を決めたと自らのブログで説明した。

児玉に対しての敬意として、「アタックチャンス」の宣言の際、児玉は右手を用いているが、華丸は左手を用いている。2011年5月16日、児玉が胃癌で死去した際に、自身が偽物であることに由来し、また児玉本人への敬意の表れでもあると言った[4]。先述の「アタック25」に出演した際のみ、児玉自身の提案により児玉・華丸ともに右手での宣言が実現した。5月21日に営まれた児玉の葬儀には大吉と共に参列した。

児玉亡き後の物まねについては、「以前『そろそろいいんじゃない?』と言われた。怒っていた様子ではなく、そろそろ新しいことに挑戦しなさい、という意味だったのだと受け取った」として、封印も考えているとした[5]

[編集] 出演作品

博多華丸・大吉としての出演は、博多華丸・大吉の項を参照。

[編集] 現在の出演作品

準レギュラー・不定期出演

[編集] 過去の出演作品

[編集] テレビ番組

  • モーニングミント(テレビ西日本)
  • ガッチがち(テレビ西日本)

[編集] テレビドラマ

[編集] CM

[編集] ラジオ番組

[編集] 映画

[編集] 脚注

  1. ^ 福岡ゆかりの人たち祝福 asahi.com 2011年11月22日付記事
  2. ^ 『アメトーーク』2010年6月10日付放送分
  3. ^ 『アメトーーク』2010年12月16日付放送分
  4. ^ 児玉さん告別式に1160人参列 博多華丸「僕は偽者ですから…」” (2011年5月17日). 2011年5月22日閲覧。
  5. ^ 華丸、“恩人”児玉さんの死に「あまりにも急…」” (2011年5月17日). 2011年5月18日閲覧。

[編集] 外部リンク

博多華丸 (okazakihanawo) - Twitter

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