桐谷広人

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 桐谷広人 七段
名前 桐谷広人
生年月日 1949年10月15日(64歳)
プロ入り年月日 1975年7月14日(25歳)
棋士番号 120 
出身地 広島県竹原市 
師匠 升田幸三実力制第四代名人(九段) 
段位 七段
戦績
通算成績 327勝483敗

桐谷 広人(きりたに ひろと、1949年10月15日 - )は、将棋棋士投資家広島県竹原市出身。升田幸三実力制第四代名人門下。2007年引退。棋士番号120。

人物[編集]

将棋棋士の門をたたこうとしていたところ紹介により同郷の升田幸三実力制第四代名人の弟子となる。1975年四段昇段によりプロ棋士となる。当時まだ珍しかった研究派の棋士で「コンピューター桐谷」の異名をとった。観戦記なども手掛け、囲碁・将棋チャンネルの「桐谷広人の将棋講座」及び「名勝負の解説」では師匠・升田幸三の将棋の解説も務めた。弟子には大平武洋今泉健司がいる。1996年度の第9期竜王戦で5組に昇級している。2000年には現役勤続25年表彰を受ける。2007年に将棋棋士を引退。通算成績327勝483敗。

棋士としては升田幸三実力制第四代名人門下であったが、米長邦雄永世棋聖に傾倒し子分として米長の著作の代筆などして20年以上仕えた。しかし、米長のために婚約者と破局を迎えたことが一度ならずあったといい、後に米長の裏面をマスコミに告白した[1][2][3][4][5]

現役時代から財テク棋士として知られ、財テクに関する雑誌「ダイヤモンドZAi[6]や「日経マネー」にも登場したり、株主優待について解説するためNHKの「家計診断 おすすめ悠々ライフ」にもテレビ出演した[7]

2006年時点では株式を約400銘柄、時価3億円分を保有し、そのうち1億円が優待銘柄という[8]株主優待を活用することで生活費はほとんど現金を使わないという。将棋棋士としての記憶力から、数多くの商品券の使用期限を全て把握している。自分にとって利用価値が低い期限付き金券については金券ショップに売っており[9]、様々な方法を駆使して高く売却するように心がけている。現金を使うのは家賃と光熱費とインターネット使用料程度で、これらの支払いも株式の配当金で賄うことができる[10]。2008年のリーマン・ショックや引退後に頻繁に行った信用取引が裏目に出て、2013年時点で株式の時価は約5000万円にまで激減する[11]。その後は優待・配当銘柄を売らずに持つ投資戦略をより重視するようになった。

2012年頃より、バラエティ番組に出演する機会が増え、中でも日本テレビ系の『月曜から夜ふかし』が衣(シャツ)・食(食品・外食)・住(ホテル宿泊)・移動(自転車)・趣味(映画・ボウリング)・身の回りのもの(眼鏡・鞄・その中身)など生活の大部分をまかなう株主優待生活を特集したことで、知名度を一気に押し上げた。同番組は、桐谷を発掘したとして番組内で自負している。

身だしなみには無頓着、白いタンクトップ姿で自転車を全力疾走する、本来、株主優待は生活にゆとりのある企業オーナー(=株主)へ日常のささやかなぜいたくとして贈呈されるものだが、有効期限付きの株主優待を全て使い切るために生活が圧迫され、朝から晩まであくせくと移動して株主優待サービスを利用し続ける本末転倒ぶりなど、独特な生きざま・キャラクター、60代とは思えない筋肉質の肉体によって競輪選手にも高く評価された力強い自転車の漕ぎ方などが話題となり、女性向け雑誌『Seventeen』にも掲載された。

2014年6月、大坂梅田の阪急三番街に期間限定で関連グッズを販売するショップ「桐谷商店」がオープンした。語録を表示したチロルチョコやポストカード、ステッカー、缶バッジ、書籍、2014年に販売開始となった将棋棋士初と思われるガシャポンなどを販売。好評につき、営業期間が延長された。撮影会&サイン会も開かれ、トレードマークの自転車で登場するなど、来場者を楽しませた。

私生活では前述の婚約・同解消、2007年の棋士現役引退などを挟み、2014年現在結婚経験が無い。

昇段履歴[編集]

出演[編集]

将棋棋士として
  • 桐谷広人の将棋講座 升田の将棋〜大天才の着想〜(全26回、囲碁・将棋チャンネル
  • 桐谷広人の中級講座 四間飛車 対 棒銀(全26回、囲碁・将棋チャンネル)
  • 名勝負の解説 升田幸三特集(全18回、囲碁・将棋チャンネル)
投資家として

主な著書[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]