伊達杏子

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伊達杏子(だて きょうこ)はホリプロに所属するバーチャルアイドルタレントである。

1996年に世界初のバーチャルアイドルタレント、即ちCGを使って人間と同じ立場で芸能活動ができるタレントとしてデビューした(ただし「架空のアイドル」という発想は1990年代初頭にプロデューサーの堀が勤務していたニッポン放送伊集院光のラジオ番組から誕生した芳賀ゆいが既に存在している)。

目次

[編集] 経歴

[編集] 初代

1996年にデビューしたときの正式な芸名は「伊達杏子 DK-96」(DKはDigital Kidsの略)で、1979年10月26日生まれという設定であった。堀義貴がプロデュースし、「声」は「CD用」「トーク用」がそれぞれ別にオーディションで選ばれた。モデリング担当は「こんこん」。1996年11月21日にシングル『LOVE COMMUNICATION』でCDデビュー。ただこのデビューシングルの売り上げは3万枚足らず[1]であった。当時、マスメディアでは伊達杏子と「ときめきメモリアル」のヒロイン藤崎詩織(1996年12月5日にシングル『教えてMr.Sky』でCDデビュー)が同じバーチャルアイドルタレントとして比較対象になることが多かった。

実際にラジオ番組のレギュラーを持つなど大々的なPR活動を行ったが、話題になった割には余り人気が出なかった。その理由としては、

  • (後にブレイクしたテライユキと比較して)当時はまだバーチャルアイドルというコンセプトが時期尚早であった[2]
  • (同時期にバーチャルアイドルデビューした藤崎詩織と比較して)送り手が設定したキャラクターがアイドルファンにそっぽを向かれた[3]
  • キャラクターデザインがあまり可愛いとはいえなかった。

などが指摘される。ホリプロは「時代を先取りしすぎたため」としている[4]

1997年に「伊達杏子 DK-97」にバージョンアップ(声が変わった)。CD発売の予定もあったが、結局発売されなかった。

1999年韓国DiKiの名でデビューして、『Between』というアルバムをリリースしたが、注目されず、商業的にも失敗した。

[編集] 2代目

2001年石川県金沢工業大学インターネットを使った一般対象の講座「エンターテインメント工科大学」のナビゲーターを担当する2代目の「伊達杏子 DK-2001」が登場した。こちらは1983年6月9日生まれという設定である。モデリング担当が「ソネハチ」に変更になっている。

2007年にはインターネットの仮想世界Second Life内でアバターになって再登場。DK-2001が原型となっている。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] 日本

  1. LOVE COMMUNICATION
  2. LOVE COMMUNICATION (Acoustic Heart mix)
  3. LOVE COMMUNICATION (Back Track)

[編集] 韓国

  1. Albatross - 자유 (Albatross - 自由)
  2. Between You & Me
  3. 편지 (手紙)
  4. For U
  5. 1st White Day
  6. 初恋回想
  7. Silver Lining Rainbow
  8. 나만의 꿈 (自分だけの夢)
  9. Albatross - 자유 (Inst.)
  10. Between You & Me (Inst.)

[編集] ラジオ

  • 伊達杏子DK-96のG1グルーパー
  • 伊達杏子DK-97 らびらびラビリンス

[編集] その他

2001年には、伊達杏子 DK-96の妹という設定の「伊達薫 DK02」が発表された。モデリング担当は初代の伊達杏子と同じく「こんこん」。

[編集] 脚注

  1. ^ NHK「クローズアップ現代」1997年1月8日放送のバーチャルアイドル特集による
  2. ^日経エンタテインメント!』2002年4月号特集「成功の鉄則・失敗の法則30」
  3. ^ 岡田朋之(関西大学総合情報学部)「想定外れた仮想アイドル」朝日新聞 1997年4月24日付夕刊、p.15。
  4. ^ バーチャルアイドル「伊達杏子」が進化する?、ITmedia、2002年7月31日。

[編集] 外部リンク