ねるとん紅鯨団

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ねるとん紅鯨団
ジャンル バラエティ番組
放送時間 土曜 23:00 - 23:30(30分)
放送期間 1987年10月3日 - 1994年12月24日
放送国 日本の旗 日本
制作局 関西テレビ
IVSテレビ制作
演出 伊藤輝夫(現・テリー伊藤
プロデューサー 越智武彦
後藤喜男
出演者 とんねるず
石橋貴明木梨憲武
ほか
音声 モノラル放送
オープニング 「TALK SHOW」
鉄腕ミラクルベイビーズ
エンディング 当該節参照
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ねるとん紅鯨団』(ねるとんべにくじらだん)は、フジテレビ系列ほかで放送されていた関西テレビIVSテレビ制作共同製作のバラエティ番組である。関西テレビやフジテレビでは1987年10月3日から1994年12月24日まで、毎週土曜 23:00 - 23:30 (日本標準時)に放送。司会はとんねるず。構成・ゼネラルディレクターは伊藤輝夫(現・テリー伊藤)。

概要[編集]

番組タイトルは、前番組『上海紅鯨団が行く』(司会:片岡鶴太郎)のタイトルにあった「紅鯨団」と、とんねるずの倒語である「ねるとん」を組み合わせたものである。

放送開始から20回ほどは『上海紅鯨団が行く』の内容を引き継ぎ、毎回企画テーマが変わっていたが、とんねるずが司会をする集団見合い企画が好評だったため、途中から集団お見合い番組となった。爆発的な大ヒット番組となり、番組全体の平均視聴率17.3%、最高平均視聴率24.7%(1989年3月4日)と土曜深夜枠ながら常に高視聴率をマーク。89年から、視聴率ランキングベスト5にランクインし、89年~91年まで視聴率2位、92年~94年までは3位で、上にあったのは、同じくとんねるず司会のとんねるずのみなさんのおかげですと、とんねるずの生でダラダラいかせて!!である。番組タイトルの「ねるとん」は集団見合パーティーの代名詞になった。

出演者[編集]

すれていない若者の視聴者参加番組というのが番組のコンセプトだったため、ナレーションも素人臭さを狙って、オーディションで一番下手だった女性が選ばれた[1]

番組の進行[編集]

スタジオ収録部分では、とんねるずとゲストが本編VTRを見ながらフリータイム前と後、告白タイムの後にトークをする。

自己紹介と貴さんチェック[編集]

VTRはオールロケで、とんねるずの片方がロケに参加し進行する。毎回、男子全員スポーツマンのスポーツマン大会や、愛車自慢の男子を集めた車大会、高校生限定の高校生大会などテーマが決まっていた。

まず、男性陣の参加者紹介。テロップに、氏名、年齢、特技、好きな芸能人、彼女いない歴が出てくる。特技はその場で披露できるものは、その時に見せたりする。男子全員の紹介が終わったあとで、「女性陣はあそこにいる」と男性陣のはるか遠方にいる女性陣をちらりと見せるが、石橋がMCのときには「オーケー! おめーらの気持ちはよーく分かった! おめーらを待ってるお嬢さん方はあちらにいる!(ここで男性陣の「オー!」という歓声) しかーし! おめーらが見る前に、恒例の(「恒例の」の際に少し引っ張る)タカさ〜ん、チェック!(チェックの時の親指と人差し指を立てる決まりのポーズがあり、また「チェック」のところ以外はウラ声)」と言って、石橋だけが先に女性陣の方へ行く(木梨がMCのときは何もせず女性陣のところへ行く。そのときに木梨の独特の歩き方があった。また、木梨は石橋より声が小さいので拡声器を常に携帯)。ただし、木梨が石橋の「チェック!」を若干真似したことが2回ほどあった。1回目は、「ノリさ〜ん… チャック!」と言いながら、自分のズボンの前のジッパーを指差すもの。2回目は「ノリさ〜ん… チャック・ベリー」と言いながら、ぴょんぴょん飛び跳ねながら女子の方へ向かうもの。

女性陣の紹介も男性同様、テロップにプロフィールが出て、特技があればそれも披露する。好きな芸能人で女性がとんねるずのそのときのMCでない方を挙げるとあいさつできる(例:木梨がMCなら木梨が「ほら今ごろ貴明がスタジオで見てるよ」と女性を煽り、カメラ目線で女性は「貴さん見てますか」と挨拶できる)。女性陣の紹介終了後、ご対面。対面後、アピールタイムとして、特技などを相手に披露(スポーツマン大会などは、自分がやっているスポーツを披露するが、陸上の長距離走の選手は必ずアピールタイムの前の自己紹介の時点で走らされる。そのトラックを走る光景を気にもせずに番組は進行してしまう)。アピールタイムの後、男性陣、女性陣それぞれに、第一印象で良い人を小声で聞いていく。たいてい、一部のルックスの良い人に人気が集中するため、この時点で1番人気や2番人気が決まってくる。また、第一印象が良いもの同士などもこの時に判る(この2人が接近すると画面下にハートマークが点滅する演出があった)。

その後はスタジオトークへ移り、CMに入った(CM明けにはVTRに戻る)。

フリータイム[編集]

フリータイムではカップルやグループで各自談笑する。フリータイム中に2人きりになって話していると、ツーショットと呼ばれ、その後でカップルになる確率が高くなる[独自研究?]。また、1番人気の女子には多くの男子が集まり、女子1人対男子多数で話す光景が見られる。フリータイムの後は告白タイム。基本的に男性が女性に対して告白するが、年に数回、女性から告白する「女の子だって告白したい」大会も開催された。フリータイム後のスタジオトークで、その日成立するカップルが何組かを、ゲストが予想する。

フリータイム中に石橋(木梨)は少し離れた所にテーブルを構え、モニターを見ながら参加者の動向を実況するが、孤独でいる参加者(大概は男性)を机の所に呼び、状況説明や今後の展開などを聞き、石橋(木梨)から策を授けるといったことをし、進行を盛り上げる。

フリータイムのVTRを見た後、何組のカップルが誕生するかゲストに当てるというコーナーがあった。正解するとゲストの希望するスポーツ用品を提供していたが、女性ゲスト時を中心に、とんねるずがゲストの当てた組数が間違えていると仕草や顔色で表現してヒントを与えるため、スポンサーのミズノからクレームが付き、途中で廃止された(実際商品群が用意されていたり、正解時の商品の贈呈シーンなどは映されなかった)。

告白タイムからエンディング[編集]

男性が1人ずつ女性に告白する。進行役の石橋(木梨)があらかじめ誰に告白するか聞いた後に、男性が意中の女性の前に立つ。他に競合者がいなければ、そのまま告白は進行するが、競合者がいれば「ちょっと待った!」と叫んで、競合者もその女性の前に立つ(ちょっと待ったコール)。女性に自分の気持ちを告白し、右手(あるいはプレゼント)を前に出す。女性が気に入った男性の手を取ったらカップル成立。気に入らなければ「ゴメンナサイ」と言って拒否する(前述の女子告白大会の場合は男女が逆になる)。このとき、拒否された男性は大抵の場合走り去っていく。この姿は視聴者の同情と笑いを誘った名シーンでもある[独自研究?]。海やプールで告白タイムに入ることもあったが、その際に拒否された男性は自発的に海へ泳ぎに行ったり、プールへ飛び込んだりしていた。

最終的に男性陣全員が告白した後に、今日のカップルを紹介。稀にカップルが不成立でゼロになることもあった。

エンディング前に素人参加者の募集(「車大会」なら、彼女を自慢の車に乗せたい男の子と、そんな彼の車に乗りたい女の子)と、ゲストの今後の活動予定、最後にゲストに好きな芸能人を訊いて終了。福山雅治がゲスト出演した回では、エンディングで内田有紀を好きな芸能人として挙げ、その後のワイドショーで話題になったこともある。

「ねるとんね紅鮭(べにしゃけ)団」[編集]

ゲストで出演していた芸能人から自分も出てみたいとの声が多数挙がり、芸能人限定のねるとんがたびたび放送された。ただし、最初の放送は日本テレビの1989年の正月番組『仁義なき花の芸能界全部乗っ取らせていただきますスペシャル』の1コーナーとして行われた。内容は通常の放送とほぼ一緒(違うのは男性芸能人サイドは石橋、女性芸能人サイドは木梨と、2人ともロケに参加する点)。ナレーションに野沢直子を使うなどの熱の入れようだった。

第1回目の出演者の柳沢慎吾は元・おニャン子クラブ内海和子に告白して玉砕後に「あばよ」の捨てゼリフを残し、その後の彼の持ちネタになった(翌1990年には吉田美江(当時女優)からも「ごめんなさい」でその時の捨てセリフも「いい夢見させてもらったよ! あばよ!」などとバージョンアップ。また、その翌年は紅鮭団のコーナーでの出演はなく、玉砕続きの柳沢に素人女性を紹介するお友達企画を設けたが、実はその女性はニューハーフというコーナーが設けられた。その時の捨てゼリフは「幻を見たよ!」である)。1991年の第三回大会では生稲晃子を巡る勝俣州和見栄晴の戦いが話題を呼び、二人はそれが縁でとんねるずとの絆を深め、同年開始した『とんねるずの生でダラダラいかせて』にレギュラー出演するようになった。また、雨の日の設定で(人工的にスタッフが上からシャワーを掛ける)告白タイムをした際に、デビット伊東いとうまい子に告白し、断られても何度も水浸しになりながら(いとうも、しまいには涙ぐんで「ごめんなさい」を言う)伊東が告白し続ける名シーンも生まれた。

なお、番組終了後の1995年からは、この企画ごと『とんねるずのみなさんのおかげでした』の年末スペシャルに移り、「ねるとん紅鯨団芸能人大会」として2004年まで放送されていた。2003年のクリスマス芸能人大会には大人気の高見盛が最終兵器として登場、さとう珠緒に告白をして成功。その場で連絡先をゲットした。その事実は直後の週刊誌ネタになっていた。2004年は男性陣は半分がお笑いタレントで占められていた(ペナルティワッキーのみのエントリーであることを最初のインタビュー時に初めて知り、相方のヒデはショックを受けていた)。2005年以降は放送されていない。

主な大会[編集]

また、番組始まって間もない頃にそれぞれ一度だけ身長180cm以上の男大会、男全員慶應義塾大学生、女子全員ナース大会、女性が全員ロングヘアーという大会があった。

エピソード[編集]

  • 番組進行前半の時に、特に意味のないことだが、よく石橋が観客に向かい「木梨憲武がー」と叫ぶとすかさず「のりピーだけに」と観客が唱和するシーンが見られ、リアクションに困った木梨がいた(これは番組の黎明期から中間期に渡り頻繁に行なわれた)。また、最初に男女15人ずつ計30人が初めて顔を合わす直前に石橋が昔懐かしい歌を歌ったり、「ほーら見てご覧」と言いながら自分の着ているコート(無ければ振りだけで)の下腹部の所を捲る格好をしていた。木梨はよく「フリータイム、それは『自由な時間』」と叫んでいた。
  • 初期の頃、告白タイムで敢えて人工的に雨を降らし、その雨の中を男が告白、女性がOKなら傘を持って男の元へ、またスポーツマン大会は毎回汗をかいたシチュエーションを作るために、水道で顔を濡らし女性の下へ行き、OKなら女性が持参のタオルを渡す、という設定があった。
  • 頻繁に行なわれた30歳以上大会などは、当時とんねるずより年上の参加者もいた。したがってとんねるずは「さん」付けで呼んでいた。
  • デイキャンプの時は誰が先にMC(木梨の場合が多かった)にできた料理を持参するかがポイントになっていた。
  • MCは(新春等の特別な会を除き)とんねるずのどちらか1人だが、大会毎にお決まりの専門担当があった。
    • (石橋)車、スキー、スポーツ。車好き男女特集の際、石橋が男性の車を紹介するとき、ナンバープレートの地名が相模ナンバーがあった場合は相撲(すもう)ナンバー、水戸ナンバーの場合は納豆ナンバーと言うのがお決まりであった。
    • (木梨)バイク、スケート、ゴルフ、ディキャンプ、ピクニック。
  • 1988年6月にあった昭和記念公園のサイクリング大会では、カップル不成立(0組)で終了。
  • 高校生大会の時、一番人気の女子に男子全員が告白に行ってしまい、一気に告白タイムが終了したことがある。選ばれなかった女子高生たちは「最低」とカメラに毒づいていた。
  • ねるとん史上最高の1人の女性に対する男性告白人数は7人(最終回近い1994年頃の50's(フィフティーズ)大会で記録)。
  • 自動車大会の時に、1人の女性に2人の男が告白。結果は「ごめんなさい」で男達が帰りかけたところで女性がMCの石橋を呼び、「さっきは向こうの人に気を遣い、ごめんなさいを言ったけど、こっちの方の人はOKです」ということで、発車しかけた車を呼び止められ逆転OKになった例がある。
  • ある男性が告白タイムで意中の女性の前でなぜか横にいるMCの木梨の方を見ながら告白したことがある。木梨がVTR終了後の締めのトークの時に「自分に告白されたようであまりに気持ち悪かった」と告げてそのシーンを再び映され、場内は騒然とした。
  • ディキャンプ大会の際に、参加者が可燃用のオイルを投入時に腕に引火し、やけどをしたというアクシデントが発生した。
  • 車大会(石橋がMC)の場合、たいていは高級輸入車に乗ってくる男性と、廃車同然のボロ車に乗ってくる男性が1人ずつ来ていた。高級外車の方は大学生が親の車を借りてきていたり、親に買ってもらったという場合が多く、その人間を石橋が痛烈に批判するのが定番だった。一方でボロ車の方は車イジりから始まり、ボンネットやシートを叩いたり、蹴ったりしていた。また、レンタカーで参加する者もいた。
  • 時々この番組で成立したカップルによる結婚報告などが寄せられることもあった。ごくまれに、結婚まではまだだが交際が順調であるという報告もあった。
  • 当時はバレンタインハウスというねるとん紅鯨団グッズ販売の店があった。原宿をはじめとして、札幌時計台軽井沢鎌倉京都嵐山大阪心斎橋四国タワー広島宮島博多中洲長崎南山手などにも出店された。
  • 原田泰造は素人時代に出演したことがある。また、Do As Infinity大渡亮が2001年9月放送の『うたばん』に出演した時に、素人時代に応募して出演していたことを暴露し、10年前の出演映像が映し出された。ちなみに結果は「ごめんなさい」。元フジテレビアナウンサーの大坪千夏日本女子大学の在学中に出演した(スキー編。1人に告白され、ふっている)。
  • 芸能人ではまだ売れていなかったナインティナインココリコよゐこも出演していた。ナインティナインの岡村隆史益子直美に告白してふられ「ほなね」の捨てゼリフを残した。また、ナインティナインはこの番組をきっかけに関東での知名度が急上昇した。
  • 番組の黎明期には、浅草に竣工されて間もなかった浅草ROXビルの「STUDIO ROX」で収録されていた。その後、TMCレモンスタジオでの収録に変更された。
  • クリスマスや新年、記念放送回数等のときは特番として1時間枠で放送された。100回記念、200回記念はレモンスタジオを離れ、大ホールで収録が行なわれた(ゲストは100回記念が浅野ゆう子、200回記念が今井美樹)。特番時の内容は、ロケは通常のものと変化はないものの、男女30人の参加者全員の顔写真を出し通常より詳細に動きと今後の展開が分析された。
  • 男の参加者で恰幅が良すぎる人間(→よく木梨から「大ちゃん」と言われた)、または内向性の強そうな人間といったいわゆる「モテそうにない男」をゲストが応援する傾向があった。
  • 「ごめんなさい」をした人に理由を必ず聞くが、「(複数に告白された時に)1人を選べなかった」「喋っていないから」「他にいい人がいた」「家が遠い」という答えが多かった。はっきりと「タイプじゃない」「好みと違う」「妥協はしたくない」という理由もわずかながらにあった。「車を持ってなくて、ドライブスルーにいけないから」と断った女性にはスタジオの観客からブーイングが起きた。ちなみに「マッチ(理想のタイプ・近藤真彦のファンの子)じゃないから」という理由を挙げた女性がいて、後にとんねるずが「おまえマッチと結婚するのかよ」と揶揄していた。「ごめんなさい」をした高飛車な女性に対しては痛烈に批判するゲストがいた(加賀まりこなど)。また、嘉門達夫も自身の楽曲で、「ねるとんで自分のルックス顧みず、ごめんなさいをする奴」と批判している。
  • 浦沢直樹の漫画『YAWARA!』をアニメ化する際、作者の浦沢が、製作側に主人公の声のイメージを尋ねられたとき、「ねるとんのナレーションの人みたいな声」と答えたため、実際に、皆口裕子が主人公の声をあてることになった。
  • 30分番組のため、男女とも参加者全員が冒頭から紹介されるわけでなく、紹介されるのは基本的に個性の強い参加者である。比較的個性に乏しい参加者はフリータイムでもほとんど番組上では取り上げられないため、告白タイムから唐突に出演することになってしまっていた。
  • 上記のように芸能人大会などの拡大特番では、石橋・木梨共にロケに参加していた。ただし、冒頭のインタビューは男性参加者と女性参加者で担当が分かれるが、たいていは木梨が「じゃ、お前は男ね」と石橋に男性参加者のインタビューを押し付けて、自分は女性参加者のもとに行ってしまうのがある種お決まりになっていたため、石橋は男性参加者、木梨は女性参加者のインタビューをする場合がほとんどであった。

この番組から派生した言葉[編集]

大どんでん返し
元々は歌舞伎用語である。ねるとんでは、第一印象の良いもの同士で、ずっとツーショットだったのに最後に振られる。フリータイムで全く絡んでいなかったのに告白が成功するなど、思いもよらない展開だったときに石橋が使う言葉。「まさに、だ〜い どんでん返し!」。
彼女(彼氏)いない歴○年
○が実年齢と一緒の場合、いじられる対象になる。ときどき「彼氏いない歴3か月」など、いない歴の短い参加者も居た。
ツーショット
元々はカメラフレームの中に2人だけ写っている状態のこと。ねるとん紅鯨団のフリータイムの際、男女2人だけになってテレビカメラに撮られたときに、別室のモニターで見ていたとんねるずが「あの2人はツーショットですね」と言ったことから、男女2人で喋ること=ツーショット(ツーショットダイヤルなど)になった。
ちょっと待った(ちょっと待ったコール)
意中の相手に告白しようとしたときに、競合相手がいる場合には「ちょっと待った」の声が掛かる。この番組以後、お見合いパーティー(ねるとんパーティー)や恋愛において意中の相手が競合した場合に、掛ける言葉の定番になっている。ちなみに、第1回放送の富士急ハイランド編においてはちょっと待ったコール制度が無かったため、早いもの勝ちであった。これではいけないと、2回目放送より同制度が適用された。
男子・女子
第一印象
今週の単枠指定

主題歌[編集]

  • オープニング:「TALK SHOW」(鉄腕ミラクルベイビーズ) - 後期では編曲がラテン風に変わっている。
  • エンディング:ストリート・ダンサー(「だから帰らない」)、真璃子(「元気を出してね」など)、ほか多数
  • 提供バックBGM : 「Funky multi」(佐藤博) - 後述の通り、一部のネット局では流れなかった。

スタッフ[編集]

  • 企画:広田明(関西テレビ)、長尾忠彦(IVSテレビ制作)
  • 構成:長田聖一郎、吉岡和彦、木村純子
  • ゼネラルディレクター:伊藤輝夫(現・テリー伊藤
  • プロデューサー:越智武彦(関西テレビ)、岩城昇、後藤喜男(IVSテレビ制作)
  • ディレクター:梁取正彦、杉山和典 / 山﨑敏光、大錦玄孝、今井一史
  • アシスタントディレクター:安西義裕
  • 制作:関西テレビ、IVSテレビ制作

ネット局[編集]

系列は放送当時のもの。

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
近畿広域圏 関西テレビ フジテレビ系列 制作局
関東広域圏 フジテレビ 同時ネット
北海道 北海道文化放送
青森県 青森放送 日本テレビ系列 遅れネット 1991年9月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
岩手県 IBC岩手放送 TBS系列 1991年3月まで
岩手めんこいテレビ フジテレビ系列 同時ネット 1991年4月開局から
宮城県 仙台放送
秋田県 秋田テレビ
山形県 山形テレビ 1993年3月まで
テレビユー山形 TBS系列 遅れネット 1993年4月から
山形テレビのテレビ朝日系列へのネットチェンジに伴う移行
福島県 福島テレビ フジテレビ系列 同時ネット
山梨県 山梨放送 日本テレビ系列 遅れネット
新潟県 新潟総合テレビ フジテレビ系列 同時ネット
長野県 長野放送
静岡県 テレビ静岡
富山県 富山テレビ
石川県 石川テレビ
福井県 福井テレビ
中京広域圏 東海テレビ
島根県
鳥取県
山陰中央テレビ
広島県 テレビ新広島
山口県 山口放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
遅れネット 1988年10月から1993年9月まで
テレビ山口 TBS系列 1993年10月から
山口放送のNNSマストバイ局化に伴う移行
岡山県
香川県
岡山放送 フジテレビ系列 同時ネット
愛媛県 テレビ愛媛
高知県 高知放送 日本テレビ系列 遅れネット [2]
福岡県 テレビ西日本 フジテレビ系列 同時ネット
佐賀県 サガテレビ
長崎県 テレビ長崎 遅れネット
→同時ネット
1989年4月からネット開始
1990年9月まで日本テレビ系列とのクロスネット局
熊本県 テレビ熊本 同時ネット 1989年9月までテレビ朝日系列とのクロスネット局
大分県 テレビ大分 フジテレビ系列
日本テレビ系列
遅れネット 1993年9月までテレビ朝日系列とのトリプルネット局
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列 遅れネット
→同時ネット
1988年4月からネット開始
1994年3月まで日本テレビ系列とのクロスネット局
沖縄県 沖縄テレビ 遅れネット [3]

ネット局に関する備考[編集]

  • 北海道文化放送(UHB)や東海テレビ(THK)、新潟総合テレビ(NST)、テレビ西日本(TNC)など、一部地域ではミズノ以外のスポンサーも加わる。ゲストが登場し、オープニングトーク中に提供表示が出る場面でいきなりブルーバックが挿入され、ミズノとともにローカルスポンサーが地元局アナウンサーの声で読み上げられる。「提供 MIZUNO」のスーパーと「この番組はミズノの提供でお送りします」のアナウンス(番組の始まった一年ぐらいは「ミズノ」でなく「ミズノスポーツ」と呼んでいた)が挿入された状態で完パケされ、納品されるためにこのような違和感のある形になっていた。提供バックの切り替えなどが遅れたり、フライングすることもままあり、ごくまれに放送事故になることもあった。エンディングのミズノ提供表示もカット。スタジオの様子をバックに「GOOD NIGHT!」とスーパーが出るエンド5秒映像も各局独自のエンドカードに差し替えられた。ローカルスポンサーのCMはエンディングからエンド5秒の間に流れる。
  • テレビ新広島(TSS)では、ミズノ単独提供でありながら、上記ローカルスポンサー混在局同様に、提供クレジットとエンドカードを差し替えていた。
  • 1時間スペシャルとして放送される週は、後半30分においてネットスポンサーだけでなくローカルスポンサーを入れられるようにテロップ表示が配慮され、関西テレビでもローカルスポンサーがついていた。その場合はローカルスポンサー枠が入る地域も通常の提供クレジット映像が流れた。
  • 秋田テレビ(AKT)では、番組開始当初から同時ネット。ただし、1990年9月29日までの3年間は(上記のネット局同様、ブルーバック挿入で)スポンサーが地元企業に差し替え。その後、1990年10月6日よりミズノの一社提供化された。
  • テレビ長崎(KTN)では、1989年4月の改編で『NNNきょうの出来事』と『プロ野球ニュース』(いずれも生放送)の間に30分間の空き時間ができた事に伴い、キー局よりも1年半遅れの同年4月1日より土曜 23:40 - 24:10の時差ネットにて放送を開始(1990年9月29日まで)。当然ローカルセールスで、主に長崎県内の結婚式場の運営会社などにスポンサーが差し替えられていた。フジテレビ系フルネット局化後の1990年10月6日より、秋田テレビとともにミズノの一社提供化され、同時ネットへと移行した。
  • テレビ大分(TOS)では、1992年10月の改編でフジ系日曜22時台前半番組(『ラブラブショー』 → 『アイ・アイゲーム』 → 『TVプレイバック』 → 『クイズ!早くイッてよ』)の2週遅れネット枠(日曜 22:30 - 23:00)が消滅した事に伴い、それまでの深夜番組枠から同年10月4日より当該時間帯へと移動。上記2局同様、スポンサーは地元企業へ差し替えられ、番組終了まで放送。なお、後継番組(『とんねるずのハンマープライス』)以降も引き続き、同時間帯の時差ネットにて放送された。
  • 鹿児島テレビ(KTS)では、キー局よりも半年遅れの1988年4月3日より日曜 23:00 - 23:30の時差ネットにて放送を開始(1990年9月23日まで)。その後、1990年10月2日 - 1994年3月29日の3年半は火曜 19:00 - 19:30へ時間が移動(上記3局同様、いずれもスポンサーは地元企業へ差し替え)。フジテレビ系フルネット局化後の1994年4月2日より同時ネットへと移行し、ミズノの一社提供化された。

本番組のパロディ[編集]

ジュエルペット サンシャインテレビ東京
作中で、告白タイムのセリフ「ちょっと待ったぁ」「お願いします」「ごめんなさい」が出る。また、その際に皆口裕子によるナレーションも入る。
まーじゃんねるとん牌鯨団ダイナックス、現・中日本プロジェクト株式会社)
イカサマ技の名前が「大どんでん返しパワー」(コンピュータに負けても逆転できる)、「ちょっと待ったぁ」(コンピュータのロンを阻止)。また、BGMは1989年までのとんねるずの曲のアレンジで、「やぶさかでない」(デモ画面)、「一気!」、「人情岬」(対局時)、「天使の恥骨」(コンピュータリーチ)、「嵐のマッチョマン」(プレイヤーリーチ)などがある。脱衣するキャラクターは当時のアイドルである。

関連項目[編集]

出典・脚注[編集]

  1. ^ 本橋信宏「テリー伊藤」『素敵な教祖たち サブカルチャー列伝 業界カリスマ17人の真実』コスモの本、1996年、p.17
  2. ^ 当然ながらスポンサーやエンド5秒は差し替えであったが、年末特番扱いで放送された最終回のエンド5秒は関西テレビと同一だった。
  3. ^ ミズノの提供ではなく、富士通ほか各社の提供だった。
フジテレビ系列 土曜23時台前半枠(関西テレビ製作・MIZUNO枠)
前番組 番組名 次番組
上海紅鯨団が行く
(1986年10月11日 - 1987年9月26日)
ねるとん紅鯨団
(1987年10月3日 - 1994年12月24日)
とんねるずのハンマープライス
(1995年1月7日 - 1998年9月26日)