岡村オファーがきましたシリーズ

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岡村オファーがきましたシリーズはめちゃ×2イケてるッ!の企画。


注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。


目次

概要 [編集]

岡村隆史がある事に挑戦する様子をドキュメンタリータッチで放送。主に特番として不定期に放送される。今までに数々のミラクルを起こす。

  • 各業界から岡村にオファーが来たということになっているが、実際にはそうでない場合もある。
  • この企画冒頭部分は一貫して、ナインティナインのみ出演でオファー企画撮影前後にフジテレビジョン社屋前の砂浜で撮影している。
  • 冒頭のトークで岡村が相方の矢部浩之に企画内容を告げられ、岡村が企画を強く拒否する発言(前振り)が恒例。オファー主と面会し潜在能力を褒められると態度を一転させる。
  • 岡村が毎回着る青いジャージがオファージャージと呼ばれ恒例になっている。腕や胸にはこれまでのオファーを記した布が貼られる。
  • オファー主からの報酬もあるが、少額でほとんど意味はない。第9回まで報酬は数字が並んでいる金額や語呂合わせの金額面だった。
  • めちゃイケメンバーの応援で加藤浩次が忘れ去られキレまくり、極楽とんぼが激しいケンカを繰り広げるシーンが恒例だった。山本圭一の引退後は雛形あきこ(第11弾)、妻・緒沢凛(第12弾)を相手に同様のシーンを演じた。
  • この企画の時のみ岡村の呼び方がナレーションや矢部の呼び掛けに至るまで「岡村さん」になる。
  • 本放送の約1ヶ月後に未公開シーンをベストテン形式で放送する場合が多い(初期を除く)。
  • シリーズに含まれないがこの企画の前身として、めちゃモテ時代にコシノジュンコからオファーを受け、ファッションショーに出場したことがある。
  • なお、岡村は権利関係からDVD化はできないと冗談交じりに語っている(2005年9月24日放送の総集編でのトークにて。ちなみにめちゃイケは他の企画も含めてビデオ・DVD化されていないが、EXILE LOVEの特典DVDにOKAXILEのライブシーンの一部が収録されている)。
  • これと対になる企画として「矢部オファーしちゃいましたシリーズ」がある。

内容 [編集]

視聴率はビデオリサーチ関東地区調べ

第1弾 ジャニーズJr.としてSMAPのコンサートに出演 [編集]

1997年10月4日放送「ガチコン言わしたるッ!スペシャル!!」) 視聴率18.4%

自分は身長が低いだけで顔は悪くないと言い張る岡村。そんな彼にジャニーズJr.入りが提案され、岡村は近藤真彦からの推薦状を手にジャニーズJr.に乗り込む。

無事にジャニーズJr.入りを果たした岡村は翌日京セラドーム大阪(当時:大阪ドーム)で開催されるSMAPのライブへの参加を半ば強引に決定、他のジャニーズJr.に加わりダンスの猛特訓が始まる。さらにバックダンサーとして中居のソロ曲「みんな1人じゃないのだ!?」にも参加することを提案、正式な許可を得ないまま徹夜で練習を行う。リハーサルでは中居が行う「坂田師匠歩き」の真似をしたり等暴走し中居から出演拒否を言い渡されるも、「中居より目立たないこと」を条件に、正式に出演許可を得た。

本番では岡村本人であることを気づかれない為にカツラを被って登場し、無事に第一ブロックを成功させる。第二ブロックのフリーダンスにて「変なおじさん」→「ヒゲダンス」→「スリラー」→「ロボットダンス」→「ブレイクダンス」を披露、木村と並ぶ活躍を見せ、中居のソロへと移って行く。

出だしは好調であったが、我慢が出来ずに「坂田師匠歩き」を披露、中居の前に立ちはだかってダンスを始め、彼が乗るはずであったリフターに乗ってダンスをするという暴挙に出る。この暴走に中居は激怒、ステージ上で岡村のカツラを取り、正体をばらしてしまう。

この事態に激怒した矢部はステージ裏に戻ってきた岡村をビンタするも中居以外のSMAPメンバーが「隆史最高!」と岡村を賞賛、激怒していた中居だけが仲間外れになり岡村は反省を見せることもなく大満足でライブ出演を終えた。

放送終了後の1997年10月9日、中居がナインティナインのオールナイトニッポンで飛び入りで出演。番組終了まで岡村に見せ場を潰された事を愚痴り続けていたが、出来上がった番組を見た香取が「面白かった」と爆笑していた事を明かしていた。

ちなみにこの企画は他のオファーシリーズとは違い、誰からのオファーも受けることなくスタートしている。

2002年12月、2013年1月放送の「中居ナイナイ日本一周」、2004年7月放送の「FNS27時間テレビ」でも、岡村はSMAPのライブに出演している。

尚、コンサートで共に踊ることになった当時のジャニーズJr.の中にはCDデビュー前のタッキー&翼滝沢秀明今井翼関ジャニ∞横山裕渋谷すばる村上信五がいる。関ジャニ∞メンバーとは彼らのCDデビュー後に番組内で再会、同じジャニーズJr.だった仲間としての絆を再確認した。

第2弾 月9ドラマ「ブラザーズ」にゲスト出演 [編集]

(1998年5月2日放送) 視聴率21.6%

月9ドラマ「ブラザーズ」がお寺が舞台の為、僧侶役と勘違いした(という脚本により)岡村は頭を丸めて登場したが、実際は警官役だった。リハーサルでアドリブを飛ばし主演・中居正広を怒らせる。ギャラは55,555円

第3弾 結婚披露宴司会 [編集]

(1998年6月20日、6月27日、2週にわたって放送)

北海道の一般視聴者から結婚披露宴での司会を依頼され、安いギャラ(22,222円)で奮闘。 極普通の家庭で育ち、極普通の生活、極普通の2人でこのまま結婚してしまったら何の感動もない結婚式になるのでは…と岡村に依頼。しかし無趣味・プロポーズの言葉もなし、等何の話題性もなく司会の進行に使用する生い立ちなどの作成に四苦八苦、岡村は無理矢理2人を映画「タイタニック」の主人公 (1等客室と3等客室)の立場のように話を作る。結局一睡もせず朝ギリギリまで台本を作成(実際は予定より遅れ、熟睡していた矢部を寝起きドッキリでもなく普通に起こした)、式に挑む。司会するにあたって徳光和夫より色々とアドバイスを聞いており、途中「ユーモアを取り入れても よい」との事で、司会者参考書の表紙イラストを真似て頬と鼻を赤くしたメイク、「ケーキ入刀(乳頭)」のギャグを入れる(2005年放送の有野晋哉披露宴司会、2013年放送の矢部浩之・青木裕子披露宴でも使用した)。結局披露宴は感動の内に終わり、場内からは「よくやった!」等大絶賛を浴びた。その時岡村は「少し眠らせて下さい(一睡もしていない)」と、式を締め括った。

この夫婦は後に2006年11月18日放送めちゃイケ10周年再会企画「司会は、オカムラ、時々、ヤベ」 に出演。

第4弾 新春かくし芸大会で中国ゴマに挑戦 [編集]

(1998年12月26日放送「絶対満点で年を越すぞ!いつか最高の自分にスペシャル!!」)

早稲田大学入学でスタッフが辞退した広末涼子の代打として、ネプチューン安達祐実らと「新春かくし芸大会」で披露する中国ゴマの猛練習を積んだ。難しい技に見事成功し宣言通り満点を獲得するが、中国系のかくし芸という事で少林寺のアクション物と勘違いしジェット・リーを意識し丸めてしまった頭をカツラを取りだしてしまった。ギャラは9,990円

第5弾 ムツゴロウ動物王国で競馬対決 [編集]

(1999年10月9日放送「シャカリキに頑張るゾ 動物王国スペシャル」)

畑正憲ムツゴロウ王国の国王を賭けた競馬対決。全く乗馬経験のない岡村がわずか3日でマスターして対決。岡村は、性格は荒いがめっぽう速い馬「マロン」で勝負する事に。レース当日岡村は「人馬一体」のビートたけし着ぐるみで登場、それで勝負しようとしメンバーを失望させる。岡村オファーシリーズは「万が一の為毎回代役を用意している」と言う矢部は昭和のいる・こいるを呼んでいた。当の本人は何の為に呼ばれたか分かっていなかった(と言う設定)。結局レースは行われたが、本来1年乗馬を経験しても競馬に出る事は無謀と言われており、誰もが今回だけは無理と思っていたが、スタッフさえ予想しなかったミラクルを起こす。しかし、本来騎乗する予定だったマロンではなく、実績の無い競走馬「ジュリ」に騎乗し1位になった。「マロン」は岡村に乗馬指導していた人(高杉さん)がレースで騎乗しており、結局国王交代はお流れに。しかし、王国での頑張りを評価されムツゴロウ王国名誉国王となった。

喘息が原因でムツゴロウ王国に入国出来なかった加藤は、競馬対決前夜の壮行パーティーの食材探しで1人キノコ取りに行かされるが、パーティー時忘れられていて山本とケンカになる。ムツゴロウが動物を宥めるかのように加藤を宥めた。

岡村が寝起きでムツゴロウにハムを与えられわずか6秒で食べたことから、後に「寝起き早食い王決定戦」が企画化された。

ビートルズモンキーズの楽曲がBGMに使用されている。

第6弾 フルマラソン完走 [編集]

(1999年12月31日 - 2000年1月1日放送、メイキングは2000年1月22日放送)

LOVE LOVE2000めちゃ×2あいしてるッ!内生放送中にフルマラソン完走。

5kmのファンランに参加するオファーを受けたはずが、行き違いで42.195kmのフルマラソンを完走した。その間に一度日本武道館に向けて走り、日本武道館到着後気づいてお台場に戻った。ギャラは完走後のおにぎり。

第7弾 劇団四季ライオン・キング出演 [編集]

(2000年10月14日放送「今年で30しっとるケ!?ガオーッスペシャル!!」)

劇団四季から「ライオン・キング」出演のオファーが来たものの、ミュージカルを毛嫌いしていた岡村は、当初オファーを断る姿勢を見せる。だが、実際に『ライオン・キング』を観劇した岡村は、その舞台に感銘を受けたことから「是非出演させてほしい」と態度を急変させ、オファーを受けることになる。岡村は当初主役のシンバ役を熱望したが、浅利慶太に即却下され、結局は浅利に言われた、草・ガゼル・ハイエナ・シンガーの4役を演じることになる。

岡村は「ハクナ・マタタ(心配ないさ)」の精神でプライドロック征服宣言を放ち、稽古を始めるが、他の団員と比べレベルが違いすぎ(低すぎた)たため、一番簡単な草役とガゼル役ですら出演が危ぶまれる。また特にハイエナ役にいたっては、左右の3回転ターンがある、ライオンキングの中でも最難関のハイエナダンスを習得しなければならず、岡村にとっては最難関の役となる。シンガー役では、シンバしか歌ってはいけない「王となる」という部分をどうしても歌ってしまうことに対し、指導者から何度も注意を受ける。しかし、彼は努力の結果全ての役で合格をもらい、見事劇団四季の舞台を踏めることとなる。

初めの出番であるガゼル役では緊張しすぎて放心状態になったが、なんとかその役をこなす。ハイエナダンスで練習でも1度も決まらなかった左右3回転ターンを見事成功させるが、調子に乗ってガッツポーズをしてしまう。ハイエナダンスの成功に気を大きくした岡村は、次の草の役で、「草の感情を表現する」という個性を出すために暴走を始める。そして最後のシンガー役では禁じられていた「王となる」をおもいっきり歌ってしまい、最後にはカメラ目線まで出してしまう。だが、多少の過剰演技はあったもののハイエナダンスの成功を含め、公演は大成功…と思いきや、出演を禁じられていたカーテンコールに、ハイエナとして出てしまう。カーテンコールでは定番の「最高!」というセリフを叫び、ブレイクダンスを踊り、なんとハイエナの地位にもかかわらずプライドロックに登り雄たけびを上げてしまう。さらにハイエナでありながらライオンの赤ちゃん(チュンバ)を産み落とすという奇跡を起こした。このことに対し、矢部は激怒したが、浅利氏は「心配していたけど、この人は大変な人だね。努力家で」と岡村の才能を評価し、彼を劇団四季に引き抜こうとまでした。

第一弾と並ぶ名作といわれている。ギャラはプライドロックで産み落としたチュンバ。

第8弾 モーニング娘。と修学旅行 [編集]

(2001年10月13日放送「修学旅行で超×4+1いい感じスペシャル」)

私立岡村女子高等学校。」の教師として修学旅行を引率した後、モーニング娘。のコンサートにメンバーの一人として出演。完璧なダンスをこなす姿は「モーニングおっさん。」と呼ばれた。ギャラはコンサートで着た歌衣裳(2点)。

詳細は私立岡村女子高等学校。 の項を参照のこと。

第9弾 具志堅用高とボクシング対決 [編集]

(2004年7月25日放送、27時間テレビ内「めちゃオキ ダイヤモンドグローブ」。視聴率23.6%。オファーのいきさつなどは2005年10月8日放送)

27時間テレビの1年以上前にウィン三迫ボクシングジム会長の三迫将弘からオファーを受け、放送がいつ実現するか分からないままトレーニングを積んだ(その模様は第10弾・ゴルフ対決の放送当日である2005年10月8日の夕方に放送された)。27時間テレビでの実戦が決定し、適当な対戦相手を探すように命じられた中嶋優一AP(当時)の暴走で元世界王者・具志堅用高との対戦が決まる。27時間テレビのクライマックスで具志堅と4ラウンドを闘った。勝敗は発表されなかったが(この事に一部の視聴者から批判の声が続出・その事が最高視聴率に達せなかった一番の原因と言う)、3度のダウンを浴びた岡村の劣勢は歴然としていた。ギャラはプライスレス。

当初3ラウンドの予定が4ラウンドに増えたのは岡村の意思であるかのように生放送では映ったが、実際はレフェリーを務めた平仲明信の独断であったことが「MNN報道特集」(2004年9月11日放送)で暴露された。

テーマソングBGMはサバイバーの「Eye of The Tiger

第10弾 横峯さくらとゴルフ対決 [編集]

(2005年10月8日「第10回記念大会なんで狙えV10スペシャル」(3時間スペシャルの全編を使って放送)。視聴率18.5%。未公開集は11月5日放送)

横峯さくらの父・良郎からオファーを受け、ゴルフを毛嫌いしていた岡村が鹿児島県にある良郎主催の子供用ゴルフ練習場「めだかクラブ」に泊り込みで修行するなどして、1週間で5000スイングを超える特訓を積んだ。

勝負の当日朝、岡村がプロゴルファー猿に扮して登場するボケがあったが、この時キングコング梶原雄太もプロゴルファー猿の格好で現れ、岡村と動きのキレや顔芸などで対決した。この時期にゴールデン進出した兄弟番組「はねるのトびら」のPRとなった。

さくらとのマッチプレーに敗れると、良郎が独断でホールインワン対決をしようと言い出し、岡村がピンそば20cmにつけて勝利。なおプロとアマの対戦だがハンデキャップなしで戦った。ギャラは-10万円(マッチプレー勝負に負けてしまったため)。

ホールインワン対決の決着がついた直後のクライマックスの時、ナレーションの木村匡也が「お笑い界のタイガー・ウッズ」と言うべきところを「お笑い界のタイガーマスク」と言ってしまい、そのまま放送される失態があった[1]

鼻虫王者 ムシ寝起きキング近くへ行きたいの元になった。

テーマソングは、SHOGUN「男達のメロディ」。

この企画をきっかけに岡村はプライベートでもゴルフを趣味とするようになった(岡村隆史参照)。

2012年10月6日の16周年スペシャルでは、オファースペシャルで達成できなかったホールインワンを目指すべく、とんねるず石橋貴明と対決。岡村が242球目にホールインワンを達成した。

第11弾 EXILEのライブに参加 [編集]

(2007年10月6日放送「いい意味でヤバイっす オカザイルスペシャル」。視聴率18.0%。11月10日に15分拡大スペシャルで完全版を放送)

EXILEのリーダーHIROからのオファーで岡村がライブにパフォーマーとして参加することに。めちゃイケ・EXILE共に最近メンバーを失ったことから意気投合する。岡村が「オカザイル」(OKAXILE)と命名した。年齢的な体力低下に伴い、岡村本人はライオンキングを超えるハードさと語る。オカザイルポスターも作られた。 報酬はチェージューチェーマン(業界用語で11万円)。

ライブの収録は2007年8月4日、5日に行われた。当初はバックダンサーの子供たちと「WON'T BE LONG feat. NEVER LAND」でダンスするだけのはずだったが、パフォーマー5人のダンス「DANCER'S ANTHEM」に割り込んで参加したり、アンコールで「ちっちゃいATSUSHI」(髪型まで真似た)となって、ATSUSHIからマイクを奪い取って「Lovers Again」を歌い出した(その後ATSUSHIと岡村とのマイクの奪い合いとなった後、曲が中断してしまった)。最終的には、オカザイルの「Choo Choo 岡村TRAIN」なる曲に参加し、計4曲をこなした。

また、ライブの直前に岡村が志村けんの白鳥の湖の格好をしていたところに、前回同様、キングコング梶原雄太が岡村と同じ格好で登場。前回同様、キレなどで対決をした。年齢的な差もあるのか、梶原のほうがキレが良かったらしい。

同年12月12日に発売されたEXILE6枚目のオリジナルアルバム『EXILE LOVE』(総合エンタテイメントバージョン/DISC-3:DVD)には、この「オカザイル」のライブの模様が収録され(テレビで放送したものとは別のバージョン)、全国の主要CDショップで総合エンタテイメントバージョンを購入すると先着順でエンディングに登場したものと同じオカザイルポスターが付いてくる特典があった(現在は終了)。また岡村オファーがきましたシリーズで、映像化したのはEXILEのアルバムが初である。

その5年後の2012年1月放送の「もうデブザイルなんて言わないでスペシャル」でも、岡村はEXILEのライブに出演している。

第12弾 杉山愛とテニスで真剣勝負 [編集]

(2008年10月4日放送「心のエースをねらえ!絶対無二のスペシャル」。視聴率16.9%。未公開集を11月1日放送)

松岡修造からの「日本のテニス界の救世主になってほしい」というオファーを受け、テニス初心者の岡村が実質2週間の猛特訓の末、トッププロ杉山愛選手と真剣勝負をした。

松岡は自ら企画書を書くほど熱心だった(ビリーズブートキャンプ風のオリジナルDVD「熱血修造キャンプ」制作、試合直前に「エースをねらえ」のミニコントを演じるなど)が、本人は北京オリンピックの応援団長・キャスターとして現地入りし、特訓中の大半は不在であった。

杉山からエースを奪うという目標を立て、9月10日に兵庫県のビーンズドームで試合に挑んだ。全てのゲームを40-0から始めるというハンディキャップルールで行われた試合では、岡村と杉山は最終ゲームのデュースまでもつれ込む。最終的には杉山が勝利したが、練習してきたジャンピングスマッシュエースを決めるなど岡村は予想以上の活躍を見せ、松岡・杉山両名から絶賛された。

脚注 [編集]

  1. ^ ただし、岡村は「めちゃイケ」内の別の企画でチビタイガーを演じていた過去があるため、それにかけた可能性もある。

関連項目 [編集]