厳島神社

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世界遺産 厳島神社
日本
厳島神社 大鳥居
厳島神社 大鳥居
英名 Itsukushima Shinto Shrine
仏名 Sanctuaire shinto d'Itsukushima
登録区分 文化遺産
登録基準 (i), (ii), (iv), (vi)
登録年 1996年
公式サイト ユネスコ本部(英語)
地図
厳島神社の位置
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厳島神社
厳島神社 境内 (遠景).JPG
社殿
所在地 広島県廿日市市宮島町1-1
位置 北緯34度17分45.58秒
東経132度19分11.56秒
主祭神 宗像三女神
市杵島姫命田心姫命湍津姫命の総称)
神体 弥山神体山
社格 式内社名神大
安芸国一宮
官幣中社
別表神社
創建 (伝)推古天皇元年(593年
本殿の様式 五間社両流造檜皮葺
別名 伊都岐島神社
例祭 旧暦6月17日管絃祭
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厳島神社(いつくしまじんじゃ)は、広島県廿日市市厳島(宮島)にある神社式内社名神大社)、安芸国一宮旧社格官幣中社で、現在は神社本庁別表神社神紋は「三つ盛り二重亀甲に剣花菱」。

古くは伊都岐島神社とも記された。全国に約500社ある厳島神社の総本社である。ユネスコ世界文化遺産に「厳島神社」として登録されている。

目次

概要 [編集]

境内 全景(弥山中腹より)

広島湾に浮かぶ厳島(宮島)の北東部、弥山(標高535m)北麓に鎮座する。厳島は一般に「安芸の宮島」とも呼ばれ日本三景の1つに数えられている。

平家が当社を信仰したことで有名で、平清盛により現在の海上に立つ大規模な社殿が整えられた。社殿は現在、本殿・拝殿・回廊など6棟が国宝に、14棟が重要文化財に指定されている。そのほか、平家の納めた平家納経を始めとした国宝・重要文化財の工芸品を多数納めている。

当社の平舞台(国宝:附指定)は「日本三舞台」の1つ[1]に数えられるほか、海上に立つ高さ16mの大鳥居重要文化財)は「日本三大鳥居」の1つ[2]である。また、夏に行われる例祭管絃祭として知られる。

祭神 [編集]

祭神は以下の3柱で、宗像三女神と総称される。

市杵島姫命は神仏習合時代には仏教の女神・弁才天と習合し、隣接する大願寺と一体化して大伽藍を構成していた。現在、大願寺は「日本三大弁才天」の1つ[3]とされている。

歴史 [編集]

厳島神社の鎮座する厳島(宮島)は「神に(いつ)く(=仕える)島」という語源[4]のように、古代から島そのものがとして信仰されたと考えられている。厳島中央の弥山(標高535m)山頂には巨石が連なっており、山岳信仰の対象であったとされる(「厳島#歴史」も参照)[5]

社伝では、推古天皇元年(593年)、当地方の有力豪族・佐伯鞍職(さえきのくらもと)が社殿造営の神託を受け、勅許を得て御笠浜に社殿を創建したのに始まるとされる。文献での初出は弘仁2年(811年)まで下る。平安時代中期の『延喜式神名帳』では「安芸国佐伯郡 伊都伎嶋神社」と記載されて名神大社に列したほか、安芸国一宮とされた。その頃には神職は佐伯氏が掌握した。この社格が昇っていく過程で祭神が整備されていったと考えられており、祭神の市杵島姫命が明記されるのは『一宮記』以降になる[6]

平清盛肖像

平安時代末期、神主・佐伯景弘と当時の安芸守平清盛の結びつきを契機に平家一族から崇敬を受けた。仁安3年(1168年)頃、平清盛が社殿を造営し現在と同程度の大規模な社殿が整えられた[7]。平家一門の隆盛とともに当社も栄えて平家の氏神となった。平家滅亡後も源氏をはじめとして時の権力者の崇敬を受けるが、建永2年(1207年)と貞応2年(1223年)の2度の火災で建物の全てを焼失している。そのため、現在残る社殿は仁治年間(1240年-1243年)以降に造営されたものである。

厳島は神の住む島として禁足地とされ、鎌倉時代頃までは地御前神社(外宮)において主な祭祀が行われていた。鎌倉時代末期から南北朝時代以降、社人・僧侶が禁を破って住むようになったとされる[6]

戦国時代に入り世の中が不安定になると社勢は徐々に衰退する。毛利元就弘治元年(1555年)の厳島の戦いで勝利を収めて厳島を含む一帯を支配下に置き、当社を崇敬するようになると再び隆盛した。元就は大掛かりな社殿修復を行なった。また、豊臣秀吉も九州遠征の途上で当社に参拝し、大経堂(現 千畳閣)の造営を行なっている。

江戸時代には厳島詣が民衆に広まり、門前町や周囲は多くの参拝者で賑わった。

明治維新後、神仏分離により大聖院(旧別当寺)、大願寺といった寺院が独立した。明治4年(1871年近代社格制度において国幣中社に列し、明治44年(1911年)に官幣中社に昇格した。

神階 [編集]

  • 弘仁2年(811年)7月17日、名神に預かる (『日本後紀』) - 表記は「伊都岐島神」。文献上の初見
  • 貞観元年(859年)正月27日、正五位下から従四位下 (『日本三代実録』) - 表記は「伊都岐島神」
  • 貞観9年(867年)10月13日、従四位上 (『日本三代実録』) - 表記は「伊都岐島神」

神職 [編集]

神紋「三つ盛り二重亀甲に剣花菱」
飛鳥時代の当社創建者・佐伯鞍職に始まり、文献に記載のない期間を経て平安時代以降は代々佐伯氏が世襲したことが分かっている。平安時代末期には佐伯景弘平家一門と結んで繁栄を見せた。鎌倉時代に入り承久の乱では後鳥羽上皇側として活動したため、佐伯氏は神主家当主の座を降り藤原親実が新たな厳島神主家となった。その後の佐伯氏は厳島神社の神官として活動する。
以後藤原氏が戦国時代に滅亡するまで神主家を務めた。藤原氏滅亡後は佐伯氏が復権し現在に至っている。

近年の自然災害 [編集]

社殿は海の上に建てられているため、台風・高潮の影響・被害を受けるのは宿命的であり、床の木材を隙間を空けて敷くなどの対策を取っているが、それでも大型の台風が直撃した際には倒壊などの被害を受けることがある。しかし、そのたびに大規模な修復を行っており、修復することを前提に建てられた社殿であるといえる。

  • 平成3年(1991年)、台風19号- 重要文化財の「能舞台」が倒壊。桧皮葺の屋根も大きな被害。
  • 平成11年(1999年)、台風18号 - 国宝の「神社」及び「社殿」が大きな被害。
  • 平成16年(2004年)、台風18号 - 国宝附指定の「左楽房」が倒壊。桧皮葺の屋根も被害。
  • 平成24年(2012年)4月3日 - 暴風で大鳥居の檜皮屋を覆う銅板に被害。

境内 [編集]

境内 遠景
社殿は寝殿造を神社建築に応用したもの[6]。平舞台から突き出した所は火焼前(ひたさき)と呼ばれる。


社殿 [編集]

大鳥居 [編集]

大鳥居

境内の沖合約200mの地に立つ(位置)。高さ約16m・棟の長さ24mの両部鳥居で、木造としては国内最大規模の大きさである。当社の代表的な建造物であり、奈良の春日大社・敦賀の気比神宮の大鳥居とともに「日本三大鳥居」に数えられる。現在のものは平清盛の造営時から8代目と言われる。

樹齢約400年のの主柱の下に花崗岩を敷き、さらにその地下に3mほどのの杭を主柱1本につき約100本が打たれ基盤を固めている。また、屋根の下の内部は空洞で多くの経石が納められており、総重量は5tにも及ぶ。この重量があることで大鳥居の自重が浮力に勝ち、自立することが可能となっている。

扁額は有栖川宮熾仁親王の染筆で、沖側は「嚴嶋神社」、神社側は「伊都岐島神社」と記されている。

社殿の増減 [編集]

一遍聖絵』記載の当社境内

一遍聖絵』などから、かつての当社には夏堂(本地堂)、粥座屋、朝座侍屋があったことが分かっている。また、付加された建築としては天神社、能舞台などがある。


摂末社 [編集]

奥宮 [編集]

神体とする弥山(中央右の峰)
  • 御山(みやま)神社[10]
    • 鎮座地:弥山山頂(位置) - 弥山本堂から山頂へのコースを外れて徒歩5分
    • 祭神:市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命 - 本社に同じ
3つの社殿に1柱ずつ祀られている。

摂社 [編集]

境内摂社
境外摂社
大元神社(奥の本殿は重要文化財)
本社よりも古くから鎮座する地主神と伝えられる。本殿は大永3年(1523年)造営で、国の重要文化財。
近江坂本の日吉大社(山王社)からの勧請で、明治維新までは「山王社」と称した。一間社流造檜皮葺の社殿が3棟並ぶ。
  • 長浜神社
    • 鎮座地:宮島町(位置
    • 祭神:興津彦命、興津姫命(相殿:所翁)
厳島対岸(外宮)
  • 地御前(じごぜん)神社
    • 鎮座地:地御前(位置
    • 祭神:市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命 - 本社に同じ
    • 創建:推古天皇元年(593年) - 本社に同じ
    • 境内社:御客人宮(祭神:正哉吾勝々速日天忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野樟日命) - 本社の客神社に同じ
厳島は古くは神の住む島として禁足地であったことから、対岸の地に当社が築かれ遥拝所となされた[12]。のちに平氏が隆盛するとともに当社は外宮として発展した[12]
現在は例祭である旧暦6月17日管絃祭において管絃船(御座船)が本社から当社へ渡御する。

末社 [編集]

いずれも境外末社。

昭和29年(1954年)、平清盛没後770年にあたって創建。
千畳閣」として知られる。豊臣秀吉により大経堂として造営が始まったが、秀吉の死で工事は中断し未完成の状態のままとなっている。明治維新後に神仏分離し末社となった。本殿(千畳閣)は国の重要文化財。
要害山の頂上付近(宮尾城二の郭)に鎮座。
本殿は国の重要文化財。
  • 四宮(しのみや)神社 (宮島町、位置
八朔行事「タノモサン」は国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択されている。
宮島七浦の末社
七浦とは島の周囲にある浦の総称で、各浦に以下の神社が東回りに鎮座している。古くは島廻りが盛んに行われていた[13]
  • 杉之浦(すぎのうら)神社 (宮島町杉之浦、位置) - 第一拝所。祭神:底津少童命
  • 鷹巣浦(たかのすうら)神社 (宮島町鷹巣浦、位置) - 第二拝所。祭神:底筒男命
  • 腰細浦(こしぼそうら)神社 (宮島町腰細浦、位置) - 第三拝所。祭神:中津少童命
  • 青海苔浦(あおのりうら)神社 (宮島町青海苔浦、位置) - 第四拝所。祭神:中筒男命
  • 山白浜(やましろはま)神社 (宮島町山白浜、位置) - 第五拝所。祭神:表津少童命
  • 須屋浦(すやうら)神社 (宮島町須屋浦、位置) - 第六拝所。祭神:表筒男命
  • 御床(みとこ)神社 (宮島町御床浦、位置) - 第七拝所。祭神:市杵島姫命

祭事 [編集]

年間祭事 [編集]

管絃祭 [編集]

管絃祭(かんげんさい)は、旧暦6月17日に行われる例祭。大阪の天神祭(大阪天満宮)、島根のホーランエンヤ(城山稲荷神社)とともに「日本三大船神事」に数えられる。

平清盛が始めたとされる都で行われていた管絃遊びを元にした神事で、管絃船(御座船)が対岸の地御前神社へ渡御したのち還御する。厳島が禁足地とされていた時代は、対岸の地御前神社から厳島神社に行き管絃を合奏する神事であった(詳しくは「管絃祭」を参照)。

文化財 [編集]

国宝 [編集]

建造物(6棟)
  • 本社本殿、幣殿、拝殿(1棟)(附 玉垣(不明門を含む)、左右内侍橋)
  • 本社祓殿
  • 摂社客(まろうど)神社本殿、幣殿、拝殿(1棟)(附 玉垣)
  • 摂社客神社祓殿
  • 廻廊東廻廊
  • 廻廊西廻廊
    • (本社の附)高舞台、平舞台、左右楽房、左右門客神社本殿、棟札4枚
    • (廻廊の附)棟札19枚
美術工芸品
平家納経 序品 見返し絵
彩絵檜扇
  • 平家納経
    • 法華経(開結共)30巻、阿弥陀経1巻、般若心経1巻、長寛二年平清盛願文1巻
    • 金銀荘雲龍文銅製経箱
    • 蔦蒔絵唐櫃1合
  • 金銅密教法具 1具(金剛盤1口、五鈷鈴1口、独鈷杵1口、三鈷杵1口、五鈷杵1口)
  • 厳島神社古神宝類 一括
  • 紺絲威鎧(こんいとおどしよろい) 兜、大袖付
  • 小桜韋黄返威鎧(こざくらがわきがえしおどしよろい) 兜、大袖付
  • 浅黄綾威鎧 兜、大袖付
  • 黒韋威胴丸(くろかわおどしどうまる) 兜、大袖付
  • 太刀 銘友成作
  • 梨子地桐文螺鈿腰刀 中身に友成作と銘がある(附 蒔絵箱)
  • 彩絵桧扇
  • 紺紙金字法華経7巻・観普賢経1巻(平清盛・頼盛合筆)

重要文化財(国指定) [編集]

建造物
  • 朝座屋
  • 能舞台(附 橋掛及び能楽屋)
  • 揚水橋
  • 長橋
  • 反橋
  • 大鳥居(附 棟札2枚)
  • 摂社大国神社本殿
  • 摂社天神社本殿(附 宮殿1基、渡廊1棟、棟札1枚)
  • 摂社大元神社本殿(附 宮殿3基、銘札2枚)
  • 宝蔵(附 棟札1枚)
  • 五重塔
  • 多宝塔(附 棟札1枚)
  • 末社荒胡子神社本殿(附 棟札1枚)
  • 末社豊国神社本殿(千畳閣)(附 棟札2枚)
美術工芸品
  • 絹本著色山姥図 長沢芦雪筆(絵馬)
  • 釈迦及諸尊箱仏
  • 舞楽面 貴徳、散手 2面
  • 舞楽面 二ノ舞(二)、採桑老、納曾利(なそり)、抜頭(ばとう)、還城楽(げんじょうらく)、陵王 7面
  • 木造狛犬 14躯
  • 木造飾馬
  • 梅唐草蒔絵文台硯箱 1組
  • 紺紙金泥法華経入蓮花蒔絵経函
  • 紙本墨書扇(伝高倉天皇御物)
  • 七絃琴(伝平重衡所用)
  • 鋳銅釣燈籠
  • 木製彩色楽器 奚婁(けいろう)、ふりつづみ(「ふりつづみ」の漢字は上半分が「兆」、下半分が「鼓」)
  • 木製銅字扁額 後奈良天皇宸翰 2面
  • 太刀 中身久国ト銘アリ(附 糸巻太刀拵)
  • 短刀 銘長谷部国信(附 銀鮫柄蝋色刻鞘合口拵)
  • 太刀 銘光忠(附 革柄蝋色鞘脇指拵)
  • 太刀 銘備州長船住(一字不明)真(附 革包太刀拵)
  • 太刀 表ニ備州長船住(一字不明)長作 裏ニ嘉元二二年十月日ノ銘アリ(社伝則長作)
  • 太刀 銘一(附 糸巻太刀拵)
  • 太刀 銘一(附 黒漆太刀拵)
  • 刀 無銘伝雲次(附 革柄蝋色鞘打刀拵)
  • 太刀 銘備中国住(以下不明) 延文三年六月日
  • 太刀 銘包次(附 黒漆半太刀拵)
  • 太刀 銘清綱(附 野太刀拵)
  • 太刀 銘文永二年三月清綱(附 帯包太刀拵)
  • 大太刀 銘備後国住人行吉作
  • 刀 銘談議所西蓮
  • 錦包籐巻太刀、錦包籐巻腰刀 刀身欠
  • 革包太刀 中身貞和二年云々トアリ
  • 鍍金長覆輪太刀
  • 鍍金兵庫鎖太刀」5口
  • 木地塗螺鈿飾太刀
  • 漆絵大小拵(こしらえ)(陣刀)(小柄前欠)
  • 藍韋(あいかわ)肩赤威甲冑 大内義隆奉納
  • 赤糸威胴丸具足 筋兜・小具足付
  • 銀小札(ぎんこざね)白糸威胴丸具足 兜・大袖・小具足付(附 鎧櫃)
  • 能装束 紅地鳳凰桜雪持笹文唐織
  • 能装束 紅浅葱地菊笹大内菱文様段替唐織
  • 舞楽装束(納曾利)
  • 狂言装束(唐人用) 繍箔鳳凰鴛鴦菊文、繍箔鳳凰柳桜文、繍箔楓菊桐杜若文、繍箔柳樹鷺文
  • 紺紙金字華厳経(附 黒漆塗経箱)56巻
  • 紺紙金字大方等大集経(附 黒漆塗経箱)50巻
  • 紺紙金泥金剛寿命陀羅尼経 平親宗筆
  • 紙本墨書御判物帖 2帖

国登録有形文化財 [編集]

  • 宝物館

名所・旧跡 [編集]

対象:国宝・重要文化財指定の建造物に同じ - 全27棟3基[14]

その他 [編集]

広島県指定文化財
  • 銅鐘
  • 鉄地黒漆塗三十八間総覆輪筋兜
  • 琵琶(附 捍撥革1枚)
その他

世界遺産の登録 [編集]

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター[1]からの翻訳、引用である)。

  • (i) 人類の創造的天才の傑作を表現するもの。
  • (ii) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
  • (iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。
  • (vi) 顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。

現地情報 [編集]

所在地
拝観時間
  • 午前6時30分-午後5時
交通アクセス
厳島#交通アクセス」も参照。
フェリーと社殿
フェリーは大鳥居近くを航行する。
フェリー利用。宮島桟橋から拝観入口までは徒歩約10分。

アクセス補足事項

  • 島内の駐車場:無し。自動車利用の場合は宮島口桟橋付近の駐車場に駐車し、フェリーで島に渡る。なお、厳島内の宿に宿泊する場合は宿の駐車場が利用できる場合もあるが、島内の道路はきわめて狭い
  • 別ルートとして、広島港広島平和記念公園からの観光遊覧船ルートもある(便数は少なく平日は終了も早い)

弥山山頂まで

弥山山頂の巨石群
  • 宮島ロープウェー利用
    • ロープウェー:山麓の紅葉谷駅から獅子岩駅まで (閑散期で約15分) - 紅葉谷公園入口から紅葉谷駅まで無料のシャトルバスが運行
    • 獅子岩駅から山頂までは、徒歩で約30分
  • 徒歩(登山) - 「弥山 (広島県)#登山経路 」を参照
    • 紅葉谷コース・夕日観音コース・大聖院コース・大元公園コースがあり、所要時間は概ね90分から120分
  • 当社奥宮の御山神社へは、弥山本堂から分かれて徒歩約5分
  • 弥山は標高が535mあり、山麓とは天気・気温が変わる場合があるので注意が必要
付属施設
  • 宝物館 - 当社の所有する国宝・重要文化財指定を含む宝物が展示されている
周辺

脚注 [編集]

  1. ^ 日本三舞台の他の2つは、大阪の四天王寺の石舞台と大阪の住吉大社の石舞台。
  2. ^ 日本三大鳥居の他の2つは、奈良の春日大社と敦賀の気比神宮の大鳥居。
  3. ^ 日本三大弁才天の他の2つは、神奈川県江の島江島神社滋賀県竹生島都久夫須麻神社
  4. ^ 『広島県の地名』宮島町項。ただし「厳島」の語源には、祭神の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)とするなどの他説がある(「厳島#語源」参照)。
  5. ^ 『広島県の地名』佐伯郡宮島町 弥山項。
  6. ^ a b c 『広島県の地名』佐伯郡宮島町 厳島神社項。
  7. ^ ただし、造営の主体者は佐伯景弘であったとされる(『広島県の地名』佐伯郡宮島町 厳島神社項)。
  8. ^ 社殿に関しては嚴島神社の見所(廿日市市ホームページ)等を参考に記載。
  9. ^ 不明門(個人サイト)を参考に記載。
  10. ^ 摂末社に関しては宮島の神社・一覧(個人サイト)、『広島県の地名』各項を参考に記載。
  11. ^ 便宜上、拝観の順路途中にあるものを境内社とし、それ以外を境外社とした。
  12. ^ a b 『広島県の地名』佐伯郡廿日市町 地御前神社項。
  13. ^ 『広島県の地名』佐伯郡宮島町 七浦項。
  14. ^ 『世界遺産 日本三景 宮島』より。

参考文献 [編集]

  • 野坂元良編『厳島信仰事典』、戎光祥出版2002年 ISBN 4-900901-24-5
  • 山口佳巳「仁治度厳島神社の社殿」広島大学総合博物館研究報告、2009年
  • 『日本歴史地名大系 広島県の地名』佐伯郡廿日市町 地御前神社項、宮島町内の各項
  • 『世界遺産 日本三景 宮島』(宮島観光協会)
  • 神社由緒書

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]