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増嶋竜也 |
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| 名前 |
| 愛称 |
まっすう・マス |
| カタカナ |
マスシマ タツヤ |
| ラテン文字 |
MASUSHIMA Tatsuya |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1985年4月22日(26歳) |
| 出身地 |
千葉県千葉市 |
| 身長 |
180cm |
| 体重 |
74kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
柏レイソル |
| ポジション |
DF |
| 背番号 |
5 |
| 利き足 |
右足 |
| クラブチーム1 |
| 年 |
クラブ |
出場 (得点) |
2004-2006
2007
2008-2010
2011- |
FC東京
ヴァンフォーレ甲府
京都サンガF.C.
柏レイソル |
25 (1)
25 (4)
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1. 国内リーグ戦に限る。2007年12月23日現在。
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増嶋竜也(ますしま たつや、1985年4月22日 - )は、千葉県千葉市出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。
[編集] 略歴
生浜FC(現千葉MOD'S)-千葉市立生浜中学校-市立船橋高校を経てFC東京へ入団。
市立船橋高校ではキャプテンとしてチームを牽引。チームメイトであったカレン・ロバート(現VVVフェンロー)らと共に3年冬の天皇杯全日本サッカー選手権大会ではJ1王者の横浜F・マリノスと激闘を演じるも、後半終了間際に2度目の警告を受けて、退場してしまう。その後PK戦までもつれチームは敗退するが、控え中心とはいえJ1優勝チームと互角以上の試合を行い、評価が急上昇した。なお、この試合の退場により2週間後の全国高校サッカー選手権の初戦は出場できなかった。
U-20日本代表キャプテンとして、2005年6月に行われたワールドユースでは、全試合に出場している。
プロ初ゴールは2006年 Jリーグディビジョン1 第6節 横浜F・マリノス戦。試合終了間際のロスタイム、今野のヘディングからの落しを豪快なボレーで蹴りこんだ。FC東京では茂庭照幸・ジャーンのレギュラーCBコンビの壁を越えられず、ジャーンが負傷時などに起用されたがレギュラー奪取に至らなかった。出場機会を多く得られなかったことが響き、北京オリンピックを目指す代表からも招集されなくなってしまった状況に危機感を抱き、2007年は出場機会を求めヴァンフォーレ甲府へ1年間の期限付き移籍。2008年は京都サンガF.C.へと期限付き移籍し、京都で加藤久監督によりレギュラーとして起用される。2009年からは京都へ完全移籍となった。
2011年には柏レイソルへ完全移籍。
甘いマスクから女性ファンが多い。好きな芸能人は上戸彩。 高校の先輩である中澤聡太(現ガンバ大阪)と仲がいい。
[編集] 経歴
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 |
オープン杯 |
期間通算 |
| 出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| 日本 |
リーグ戦 |
ナビスコ杯 |
天皇杯 |
期間通算 |
| 2003 |
市立船橋高 |
5 |
- |
- |
- |
3 |
2 |
3 |
2 |
| 2004 |
FC東京 |
5 |
J1 |
7 |
0 |
2 |
0 |
1 |
0 |
10 |
0 |
| 2005 |
4 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
4 |
0 |
| 2006 |
14 |
1 |
3 |
0 |
2 |
2 |
19 |
3 |
| 2007 |
甲府 |
15 |
25 |
4 |
7 |
1 |
0 |
0 |
32 |
5 |
| 2008 |
京都 |
24 |
32 |
0 |
6 |
0 |
2 |
0 |
40 |
0 |
| 2009 |
21 |
0 |
5 |
0 |
1 |
0 |
27 |
0 |
| 2010 |
25 |
0 |
6 |
0 |
0 |
0 |
31 |
0 |
| 2011 |
柏 |
5 |
|
|
|
|
|
|
|
|
| 通算 |
日本 |
J1 |
128 |
5 |
29 |
1 |
6 |
2 |
163 |
8 |
| 日本 |
他 |
- |
- |
3 |
2 |
3 |
2 |
| 総通算 |
128 |
5 |
29 |
1 |
9 |
4 |
166 |
10 |
[編集] 代表歴
[編集] 外部リンク
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柏レイソル - 2012 |
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| スタッフ |
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| 選手 |
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| 関連項目 |
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