田中裕介

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田中 裕介
名前
カタカナ タナカ ユウスケ
ラテン文字 TANAKA Yusuke
基本情報
国籍 日本
生年月日 1986年4月14日(23歳)
出身地 東京都
身長 181cm
体重 73kg
血液型 A型
選手情報
在籍チーム 横浜F・マリノス
ポジション DF
背番号 5
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
2004- 横浜F・マリノス 37 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年1月1日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

田中 裕介(たなか ゆうすけ、1986年4月14日 - )は、東京都八王子市出身で横浜F・マリノス所属のサッカー選手。ポジションはディフェンダー

目次

[編集] 来歴

2005年に横浜F・マリノスに入団したが、当初は同じポジション(左サイドバック)に絶対的なレギュラーであったドゥトラが居たため、なかなか出場機会が得られなかった。

その後、クラブの世代交代の一環として2006年シーズン終盤から左サイドバックとして出場機会が得られるようになり、2007年シーズンの序盤はレギュラーとして出場していた。

しかし、軽度の怪我で戦列を少しだけ離れた時期に、同じポジションを争っていた小宮山尊信が台頭。その後はベンチに入れるか入れないか、という状態が続いている。

クラブでは控えに甘んじていたが、U-22代表にも招集され、2007年6月6日に行われた北京オリンピックアジア地区第2次予選・対マレーシア戦で先発フル出場を果たした。しかし、この試合ではあわや失点につながる大ミスを犯してしまうなど、十分なパフォーマンスを見せる事が出来なかった(サッカーダイジェストの採点は全選手中最低の5点であった)。

以上のように出場機会をなかなか生かしきれない状態が続いていたが、2008年シーズンは左ストッパーとして開幕戦からレギュラーの座を掴み取った。

[編集] プレースタイル

右利きでありながら、左足も遜色なく扱える。2007年シーズンにF・マリノスは左サイドの裏のスペースを突かれる事が多く、そこから崩されるパターンが多かったが、2008年シーズンに田中が左ストッパー(左CB)に入ってからはそこから崩される回数が減った。これは田中が元来、サイドでのプレーを好む傾向にあり、自然とサイドのスペースを埋めているからだと思われる。前述の通り、田中は左サイドでのプレーに強いこだわりを持っていたが、2008年シーズンからは左ストッパーでの起用が主だっている。しかし、この年のF・マリノスのディフェンスラインは3バックで守っているが、試合中にフォーメーションを変形してストッパーがサイドバックとして上がるという戦術を執っているため、結果的に左サイドでのプレーも多くなっている。これにより田中と昨季まで同ポジションを争っていた小宮山尊信を併用することが出来、尚かつ前年度に悩まされた弱点を修正する事が出来た。2009年シーズンからは右サイドでの起用も増え、さらなる進化を見せている。

[編集] エピソード

  • 2006年12月放送のtvkキックオフ!!F・マリノス』での「中澤サンタ」という企画にて、チームメイトの天野貴史と共にトナカイの扮装を披露した。2007年12月の放送でも同様の格好で再登場した。
  • 小学校の卒業文集に将来は世界に通用するサッカープレイヤーになりたいと語っている。
  • 中学時代に実兄を不慮の交通事故で亡くしている。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2004 横浜FM J1 0 0 0 0 - 0 0
2005 横浜FM 26 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2006 横浜FM 26 J1 2 0 0 0 3 0 5 0
2007 横浜FM 26 J1 10 0 4 0 1 1 15 1
2008 横浜FM 26 J1 25 1 6 0 3 0 34 1
2009 横浜FM 5 J1
通算 日本 J1 37 1 10 0 7 1 54 2
総通算 37 1 10 0 7 1 54 2
  • 2004年は特別指定選手。

[編集] 経歴

[編集] 代表歴

[編集] 出場大会など

[編集] 関連項目


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