原口元気

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原口元気 Football pictogram.svg
名前
愛称 ゲンキ
カタカナ ハラグチ ゲンキ
ラテン文字 HARAGUCHI Genki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1991年5月9日(23歳)
出身地 埼玉県熊谷市
身長 178cm
体重 68kg
選手情報
在籍チーム ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン
ポジション FW(WG, CF) / MF(SH, OH)
背番号 24
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2014
2014-
日本の旗 浦和レッズ
ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン
167 (33)
代表歴2
2011- 日本の旗 日本 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年6月2日現在。
2. 2013年7月28日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

原口 元気(はらぐち げんき、1991年5月9日 - )は、埼玉県熊谷市出身のプロサッカー選手選手。ポジションフォワードミッドフィールダーブンデスリーガヘルタ・ベルリン所属。元日本代表

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

江南南サッカー少年団の主力選手として2003年の第27回全日本少年サッカー大会で優勝に貢献。その同年に行われた全日本少年フットサル大会に出場、決勝では6ゴール7アシストと全ゴールに絡む活躍で兵庫FCを圧倒し優勝二冠を手にした。「江南の鷹」の異名を取った。中学進学と共に浦和レッズジュニアユースに所属。その後、飛び級でユースに昇格した。

ユースチーム昇格1年目からサテライトの試合に出場(2007年は4試合、2008年は2試合)。トップチームへの登録がスポーツ新聞で取りざたされたり、浦和の提携先であるバイエルン・ミュンヘンから練習生としての2年間オファーを受けるなど、動向が注目されていたが、2008年5月23日付けで2種登録選手としてトップ登録された[1]。そして、5月25日ナビスコカップ、対名古屋戦で公式戦デビューを飾った。これは、バイエルンのオファーに危機感を持ったフロントの意向もあったとされる[2]10月13日高円宮杯U-18決勝の、対名古屋グランパスU-18戦に出場。1得点2アシストを挙げ、優勝に貢献した。また、AFC U-19選手権2008に出場するU-19日本代表に選出し、1試合に出場している。ユース時代は主に3トップの左ウィングとして起用されていた。

浦和レッズ[編集]

2009年1月30日に浦和とプロ契約を締結[3]。これは日本人でクラブ史上最年少である(エスクデロは17歳ちょうどで契約したが、その時はまだ日本に帰化前)。2009年シーズンは、開幕戦の3月7日鹿島戦でスタメンを飾りJリーグ初出場を果たすと、4月12日第5節名古屋戦において、負傷した田中達也と交代で途中出場。クラブ日本人最年少ゴール(17歳11ヶ月3日)を決めた。その後、田中や梅崎司を怪我で欠くチーム事情もあり、スタメンに定着し、チーム2位となる32試合に出場した(1位は、全34試合に出場した阿部勇樹)。4月27日にはリーグ史上4番目の若さ(森本貴幸、阿部勇樹、稲本潤一に次ぐ)でA契約を結んだ。推定年俸は700万円。

2010年は開幕からしばらくは攻撃的なポジションの選手の層が厚かった影響で、途中出場が多かったが、第10節の名古屋戦で負傷した田中達也との交代で途中出場し今季初ゴールとなる決勝点を記録[4]。その後は故障者が多かったこともあり、スタメン出場も増えていったが、終盤戦は負傷が癒え好調を維持していた高橋峻希にスタメンの座を譲ることが多くなり、ベンチを暖めることが多かった。

2011年は開幕からレギュラーに定着し、低迷するチームの中でコンスタントに得点を重ね、10月7日のキリンチャレンジカップベトナム戦でA代表デビューを果たす。この年、チームが残留争いに巻き込まれる中、後半戦は代表招集やほとんどの試合をフル出場する中でコンディションを落としてあまり目立った活躍は出来なかったものの、リーグ戦トータルではチームトップの9得点を挙げ、ナビスコカップニューヒーロー賞を受賞した。

2012年はベンチスタートが多かったがJ1第14節ガンバ大阪戦からスタメンに定着する。不慣れな1トップでの起用が多く、公式戦6得点に終わる。ロンドンオリンピックを目指すU-23日本代表で予選では活躍するも本大会メンバーからは落選した。2013年は主にシャドーの位置で出場、初めてリーグ戦で2桁得点を記録。2014年からは背番号「9」を背負うことになった[5]

ヘルタ・ベルリン[編集]

2014年5月25日、ドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンへ完全移籍することが発表された[6]。契約期間は2014年6月から4年間。公式戦デビューとなったDFBポカール1回戦のSCフォルトゥナ・ケルン戦で、左MFに先発して移籍後初ゴールを挙げた。8月24日に行われたブンデスリーガ開幕節のヴェルダー・ブレーメン戦でスタメン出場し、2得点に絡む活躍をした[7]が、終了間際に相手からタックルを受け右肩関節負傷し3週間の離脱となってしまった[8]

人物[編集]

  • チームメイトである柏木陽介のブログで「生意気小僧」と評されていた[9]。2009年には練習中にエジミウソンと小競り合いを起こし「謝れよ!」と怒鳴った[10]が、練習後和解している。
  • 2011年12月10日にチームメートの岡本拓也と喧嘩になり、コーチ陣が制止しているにも関わらず倒れていた岡本の左肩を蹴って左肩関節脱臼(全治3週間)の怪我を負わせ、翌11日にクラブからけん責及び1週間の謹慎処分が下された[11][12][13]
  • 浦和レッズに槙野智章が移籍してから、槙野は自ら原口の教育係を請け負った[14] 合宿などでは相部屋になることも多く[15]、原口がヘルタへ移籍する前の浦和での最後(ナビスコカップ名古屋グランパス戦)で、原口のフリーキックのこぼれ球を槙野が押し込み得点した後、槙野はユニフォームを脱ぎ「浦和→ドイツ=ロシアW杯 バイバイ泣き虫ゲンキ!!元気!!」と書かれたアンダーウェアを披露した。
  • J1第27節柏レイソルでは、前半27分で交代させられた後、監督のミハイロ・ペトロヴィッチに詰め寄り[16]チームメイトになだめられたものの試合後サポーターへの挨拶の場に出向かず帰宅した[17]。その翌日、練習場にてチームメイトら全員の前で謝罪した[17]
  • 2013年6月21日の練習中のミニゲームでミシャ監督の采配に不満を示しクーラーボックスを右足で蹴り上げ、直後に練習が中止になった[18]。これを受け23日にアウェーで行われたナビスコカップセレッソ大阪戦の遠征メンバーから外れることが決定した。ミシャは「まだ若い選手ですし、我々が若い選手をつぶしてしまうのは簡単ですが、若い選手に間違いがあったとしても、我々はその間違いを正してあげたいと思います。」[19]と語った。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
  • 江南南サッカー少年団
  • 2004年 - 2006年 浦和レッズジュニアユース
  • 2007年 - 2009年1月 浦和レッドダイヤモンズユース
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2008 浦和 35 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2009 24 32 1 6 1 1 0 39 2
2010 26 2 6 0 2 2 34 4
2011 30 9 4 2 1 0 35 11
2012 32 6 4 0 1 0 37 6
2013 33 11 4 0 0 0 37 11
2014 9 14 4 3 0 - 17 4
ドイツ リーグ戦 リーグ杯 DFBポカール 期間通算
2014-15 ヘルタ・ベルリン 24 ブンデス1部 -
通算 日本 J1 167 33 28 3 5 2 200 38
ドイツ ブンデス1部 -
総通算 167 33 28 3 5 2 200 38
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2013 浦和 24 4 2
通算 AFC 4 2

経歴[編集]

タイトル[編集]

個人
  • ナビスコカップ ニューヒーロー賞:2011

代表・選抜歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 3試合 0得点 (2011年 - )


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2011 1 0
2012 0 0
2013 2 0
通算 3 0

脚注[編集]

  1. ^ レッズユース、原口元気をトップ登録
  2. ^ 若き才能・原口元気が覚醒する日
  3. ^ 原口元気(浦和レッズユース)と契約
  4. ^ 浦和逆転勝ち 原口左足で押し込んだ!
  5. ^ ミスター・レッズの9番、原口が継承 デイリースポーツ
  6. ^ 浦和FW原口元気、細貝所属のヘルタへ完全移籍…渡独後正式契約”. サッカーキング (2014年5月25日). 2014年5月25日閲覧。
  7. ^ 元気 ブンデス初陣で存在感!絶妙パス&強烈左足で2点絡む”. スポニチ (2014年8月25日). 2014年8月25日閲覧。
  8. ^ 原口 右肩関節負傷で3週間離脱”. スポニチ (2014年8月25日). 2014年8月25日閲覧。
  9. ^ 柏木陽介オフィシャルブログ
  10. ^ 「謝れよ!」浦和の原口とエジミウソンが小競り合い スポーツニッポン 2009.9.2付記事[リンク切れ]
  11. ^ 元気が1週間謹慎処分、岡本を蹴り脱臼させた…浦和
  12. ^ 原口1週間の謹慎処分…同僚に蹴りでケガ負わす
  13. ^ 原口蹴って岡本の肩脱臼
  14. ^ [1]
  15. ^ [2]
  16. ^ 原口、前半途中交代に激怒も…浦和 ポポV弾で劇勝! スポーツニッポン 2012.9.30付記事
  17. ^ a b 前節交代に不満げ態度…原口“改心弾”誓う! スポーツニッポン 2012.10.3付記事
  18. ^ 原口元気、本日のミニゲーム中に途中交代で激怒→クーラーボックスを右足で蹴り上げ、不満を爆発させる。そして練習は中止に・・・
  19. ^ 「中断期間のトレーニングの成果を出す」 ミシャ監督

関連項目[編集]

外部リンク[編集]