エカテリンブルク

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エカテリンブルク
Екатеринбург
Yekaterinburg
市旗 市章
位置
の位置図
座標 : 56°51′32″N, 60°36′24″E
歴史
建設 1723年11月18日
行政
ロシア ロシア
 連邦管区 ウラル連邦管区
 行政区画 スヴェルドロフスク州
 市 エカテリンブルク
地理
面積  
  市域 490km2
標高 237m
人口
人口 (2007年現在)
  市域 1,315,100人
その他
等時帯 エカテリンブルグ時間UTC+5
夏時間 エカテリンブルグ夏時間 (UTC+6
郵便番号 620XXX
市外局番 +7 343
ナンバープレート 66, 96
公式ウェブサイト : http://www.ekburg.ru/
エカテリンブルクのスヴェルドロフスク州知事公邸

エカテリンブルクロシア語: Екатеринбург、ラテン文字表記:Ekaterinburg、またはYekaterinburg)はロシア連邦中央部に位置する大都市で、スヴェルドロフスク州州都エカチェリンブルクと表記されることもある。

目次

[編集] 概要

ウラル山脈中部のアジア側斜面に位置し、イセチ川が流れる。ウラル地域の工業・文化の中心地。交通の要衝。ウラル連邦管区の本部が置かれている。人口は約130万人(2002年)。人口ではロシア国内で5番目に大きな都市である。1924年から1991年までは、革命家スヴェルドロフを記念してスヴェルドロフスク(Sverdlovsk, Свердловск)と呼ばれていたが、現在は旧名に戻された。なお、州の名称は現在もスヴェルドロフスク州となっている。 モスクワから1,667km。高等教育機関、博物館、劇場などが多数ある。

エカテリンブルクの、ニコライ2世一家が銃殺されたイパチェフ館跡地に新設されたロシア正教会の聖堂:「全ロシアに輝ける諸聖人の名による、血の上の大聖堂」。2003年に成聖(せいせい・聖別すること)された。

1723年に、ピョートル1世によって建設された。町の名は、ピョートル1世の妻エカチェリーナ1世に因む。ロシア革命に際し、皇帝ニコライ2世は妻子とともにこの地に送られ、1918年7月17日に一家もろとも銃殺された。

1979年、人為的ミスによる炭疽菌の漏出事件が発生。この事件で周辺住民96名が感染、うち66名が死亡した。事件当時、ソ連政府衛生局の発表によると原因は「腐った食肉の販売」としていたが、1992年ロシア連邦エリツィン大統領は原因を炭疽菌によるバイオハザードであったことを公的に認めた。詳細は炭疽菌

[編集] ギネスブック

エカテリンブルクはギネスブックの次の項目に掲載されている。

[編集] 姉妹都市

[編集] 主な出身者

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

世界測地系56°51′32″N, 60°36′24″E