マヒリョウ
| マヒリョウ Магілёў |
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市役所 |
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| 座標 : 北緯53度55分 東経30度21分 / 北緯53.917度 東経30.350度 | |||
| 人口 | |||
| 人口 | (2004年現在) | ||
| 域 | 365102人 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | FET (UTC+3) | ||
マヒリョウ(ベラルーシ語: Магілёў;モギリョフ;ロシア語: Могилёв)は、ベラルーシ共和国東部の都市。マヒリョウ州の州都。人口は367,788人(2007年)でベラルーシで3位。ロシア連邦に近くロシアのスモレンスク州まで76km、ブリャンスク州まで105km。
歴史 [編集]
町ができたのは1267年。14世紀以降は、リトアニア大公国の一部となり、ルブリン合同でポーランド・リトアニア共和国となった以降はポーランド王冠領の直轄に移された。その後、地理的な位置から交易の中継点として栄え、ステファン・バートリよりマクデブルク法の特許状が与えられ、自治都市となる。1772年の第一回ポーランド分割でロシア帝国領となると、モギリョフ県(グベールニヤ)の中心都市となる。
第一次世界大戦ではロシア帝国軍のスタフカがこの町に置かれ、総司令官の皇帝・ニコライ2世がここで指揮を執った。1918年、ドイツ帝国に占領され、その間にブレスト=リトフスク条約でベラルーシ人民共和国が宣言され、編入される。1919年、赤軍に占領され、白ロシア・ソビエト社会主義共和国が建国され、そこに組み込まれる。
第二次世界大戦までは、マヒリョウには大きなユダヤ人コミュニティがあった。1897年の人口調査では市の人口の実に半数以上がユダヤ人であった。1941年から1944年のナチス・ドイツ占領下で、ユダヤ人の多くが粛清された。
1991年の独立以降、マヒリョウはベラルーシの主要な都市であり続けている。第二次世界大戦以降、製鉄業や金属加工業が盛んで、トラクター工場や化学工場もあるベラルーシ有数の工業都市となっている。ドニエプル川の船運も盛んである。
著名な出身者 [編集]
イスラエルの首相だったイツハク・ラビンとアリエル・シャロンはともに母親がこの町の出身である。
- イサイ・シューア: ユダヤ人数学者
- アーヴィング・バーリン: ユダヤ人音楽家
- デイヴィッド・ピンスキ: ユダヤ人作家