エフゲーニャ・アルタモノワ

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エフゲーニャ・アルタモノワ
名前
ラテン文字 Evguenia Artamonova
ロシア語表記 Артамонова, Евгения
愛称 アイスドール
選手情報
国籍 ロシア ロシア
生年月日 1975年7月17日
ポジション WS
身長 193cm
体重 80kg
指高 247cm
利き手
最高
到達点
スパイク 325cm
ブロック 310cm
獲得メダル
オリンピック
1992 バレーボール
2000 バレーボール
2004 バレーボール

テンプレートの解説

エフゲーニャ・アルタモノワ(英表記Evguenia Artamonova、露表記Артамонова, Евгения Викторовна1975年7月17日 - )は、ロシアの女子バレーボール選手。ニックネームはジェーニャ。ソビエト連邦スヴェルドロフスク(現在のエカテリンブルク)に生まれる。試合中にあまり表情を変えないことから、日本のマスコミからは『アイス・ドール』の異名を取る。

目次

[編集] 来歴

2歳半でフィギュアスケート、5歳で水泳を始める。フィギュアでは将来を有望視されていたが、6歳の時の遊戯中に事故に遇い断念。7歳の時にバレーボールのコーチにスカウトされ、今に至る。祖父は元スキーの選手で、ベラルーシの国内チャンピオンだった。母親のリリヤもバレーボールの経験があるなど、スポーツ一家で育つ[要出典]

オリンピック予備軍選手学校を経て、1982年ウラロチカ・エカテリンブルクに入団。1991年、ワールドカップに16歳で世界デビューした。

日本のチームでは1998-99年、Vリーグの東洋紡オーキスでプレーし優勝を経験。2002-04年、2006-07年には武富士バンブーでプレーした。

2004年に武富士を退団後程なくして、カルポリ元監督の娘婿だったロシアチームのコーチ、エステスと結婚。現在は名前がエヴゲーニャ・エステスになっている。

[編集] 人物

世界の大砲と呼ばれるほどのアタッカーであると同時に、ブロック、レシーブも器用にこなし、オールラウンドな選手である。カルポリ元監督からも「冷静で安定感がある。名実共に世界一のプレーヤー」と篤い信頼を得てきた。

クロアチアのエース、イェリッチとは最大のライバルとされる間柄だったが、向こうが「アルタモノワとの対戦では燃える」と闘志を隠さないのに対し、エフゲーニャは「ライバル意識などは特にない」とかわしている[要出典]。チームに恵まれなかったイェリッチは国際大会でのメダル圏内に入ることなく引退。一方、世界ランキング1位のロシアのエースとして君臨したエフゲーニャも、五輪の金メダルには届いていない。

容姿

1993年ワールドグランドチャンピオンズカップの際、月刊バレーボール誌上で行われた美人選手コンテストでは、2位の山内美加を凌いで1位に選ばれたほどの美貌の持ち主。デビュー当時はきりりと濃く太目の眉が特徴的だったが、26歳ごろからは流行を取り入れてか、眉を細くしている。髪型は1991年の国際デビュー当時は腰まで届く超ロングだった。

性格

10代の頃は、インタビューにも小さな声でボソボソと答える内気な少女だった。ハッとするような妖艶さと、はにかむ時のあどけなさが同居していた。デビュー時の記者会見ではカルポリ監督(当時)の横で頬を赤らめ、何も話すことができなかった。[要出典]

愛称

日本のファンの間での通称は『アル』。クールと形容されることが多く、1999年ワールドカップの取材では、「試合中に笑顔を見せないのは何故?」の質問に、「バレーは私の仕事だから。遊びじゃないもの」と答えている。

趣味

10代のころの趣味はぬいぐるみ集め。19歳の誕生日を最後に、ぬいぐるみ集めを卒業すると宣言していたが、20代になってもぬいぐるみと添い寝していた事実を、大林素子から親しみをこめて暴露された[要出典]。趣味はクラシック音楽鑑賞、歴史に関する本を読むこと。

[編集] エピソード

  • 東洋紡時代は同誌企画による「ミス・Vリーグ」で2位に選ばれた。彼女に投票した男子選手の一人、佐々木太一は、東洋紡の試合観戦中、取材で来ていた大林素子からの「もしアルちゃんと対戦したら勝てますか?」の問いに「いやぁ、勝てないですよ。だってキレイで見とれちゃうもん」とおどけていたという。
  • 19歳の時の取材では「バレーって、今の私の自己表現の一つ。口下手なんで」と言っていた。19歳の誕生日には山内美加と対談をしているが、山内からの「ボーイフレンドはいるんでしょう?」の質問に、照れながら「私にはまだ早いですよ」と答えた[要出典]
  • 1995年ワールドグランプリ対日本戦では、その前年に手術した膝が悪化してコートに倒れ込み、チームメートに支えられての退場の際、しゃくりあげて泣いた。1997年グラチャンではロシアは無敗で優勝し、本人はMVPを受賞。その表彰式ではファンの歓声に手を振りながら、涙ぐんでいた。1996年Vリーグの表彰式では、2シーズンを東洋紡のチームメートとして過ごした大林素子の引退に感極まり、涙を流した。大林は「(エフゲーニャの)あの涙は一生忘れないと思う」と言っている。大林との親交は現在も続いている[要出典]

[編集] 球歴・受賞歴


先代:
斎藤真由美
Vリーグ最高殊勲選手賞
第5回(1998-1999)
次代:
大懸郁久美