サロモン・カルー

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サロモン・カルー Football pictogram.svg
Salomon Kalou 4716.jpg
名前
本名 サロモン・アルマン・マグロワール・カルー
愛称 サルー
ラテン文字 Salomon KALOU
基本情報
国籍 コートジボワールの旗 コートジボワール
生年月日 1985年8月5日(29歳)
出身地 オウメ
身長 186cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン
ポジション FW
利き足 右足
ユース
1993-1999 コートジボワールの旗 ASECミモザ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2006 オランダの旗 フェイエノールト 69 (35)
2004 オランダの旗 エクセルシオール (loan) 11 (4)
2006-2012 イングランドの旗 チェルシー 156 (36)
2012-2014 フランスの旗 リール 67 (30)
2014- ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン 0 (0)
代表歴2
2007- コートジボワールの旗 コートジボワール 68 (27)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年9月1日現在。
2. 2014年11月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

サロモン・アルマン・マグロワール・カルー(Salomon Armand Magloire Kalou, 1985年8月5日 - )は、コートジボワールオウメ出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード(CF、WG)。ブンデスリーガヘルタ・ベルリン所属。コートジボワール代表。兄のボナベントゥル・カルーは元コートジボワール代表のサッカー選手である。

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

フランス代表ジャン=マルク・ギユーがコートジボワールに設立したアカデミーの出身。

フェイエノールト[編集]

コートジボワール代表でもある兄のボナベントゥル・カルーの勧めでASECミモザから2003年に当時兄の所属していたフェイエノールトに移籍するが、結局兄とは入れ替わる形での入団となってしまう。フェイエノールトではディルク・カイトエールディヴィジ屈指の2トップを形成した。その後すぐにフェイエノールトと提携関係にあるエクセルシオール・ロッテルダムへのレンタル移籍を経て、2004-05シーズンにレギュラーポジションを獲得。その年は31試合に出場して20得点をたたき出し、一躍その名をオランダ中に轟かせオランダの年間若手最優秀選手に贈られるヨハン・クライフ賞を受賞。

エクセルシオール・ロッテルダム[編集]

フェイエノールトと提携関係にあるエクセルシオール・ロッテルダムへのレンタル移籍

チェルシー[編集]

翌2005-06シーズンも34試合に出場し15得点と安定した活躍を見せる。2006-07シーズンはチェルシーFCに移籍。移籍1年目のシーズンでリーグ戦27試合出場6得点を記録した。

2008-2009シーズンのアフリカ年間若手最優秀選手賞に選ばれた。(年間最優秀選手賞トーゴエマニュエル・アデバヨール

2010年は出場機会数こそは減るものの、4月25日のストーク・シティFC戦でチェルシーでは自身初となるハットトリックを達成するなど能力の高さを証明している。

LOSCリール・メトロポール[編集]

2011-12シーズン終了後、チェルシーを退団、その後LOSCリール・メトロポールに4年契約で移籍した。

ヘルタ・ベルリン[編集]

2014年8月31日、ドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンと2017年6月までの3年契約を結んだと発表した[1]

帰化騒動[編集]

カルーはコートジボワールの出身だが、オランダ代表でのプレーを望んでおり、帰化の申請をしていた。A代表のマルコ・ファン・バステン監督もカルーを絶賛し、「カルーはオランダ代表としてプレーするべきだ」と発言していて何度もカルーのプレイを視察に来ていた。カルー自身もコートジボワール代表のオファーを断り続け(A代表の出場歴がある選手は他の国のA代表としては出場できない。ただし、年齢制限のある代表しか出場歴がない場合は、他のA代表としての出場は可能)あとは移民局からの判断を待つだけとなる。

しかし移民に寛容な政策をとってきたオランダだが、EU統合後は移民に対して厳しい処置を取るようになってきていた。そんな中で、サッカーにはあまり興味のない女性大臣のリタ・フェルドンクが、カルーの帰化を簡単に認めなかった。通常なら帰化には最低でも5年の月日が必要だが、カルーは2年しかオランダでのプレイ経験しかない。ファン・バステン監督も公式に反論し「申請が通れば、必ず代表に招集する」とまで言い、一時は再検討となったが、結局帰化は認められず、2006 FIFAワールドカップの出場はならなかった。

代表歴[編集]

コートジボワール代表でのカルー

上記の騒動もあって結局カルーは「母国コートジボワール代表としてプレイする」と語り、その後コートジボワールのA代表にデビューしている。2008年には、北京オリンピックに出場した。

所属クラブ[編集]

クラブ シーズン リーグ FAカップ リーグカップ 国際大会 合計
出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト
フェイエノールト 2003-04 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0
エクセルシオール (loan) 2003-04 11 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 11 4
フェイエノールト 2004-05 31 20 2 3 0 0 0 7 4 40 27
2005-06 36 15 2 0 0 0 0 2 0 40 15
オランダ 80 39 4 3 0 0 0 9 4 93 46
チェルシー 2006-07 33 7 5 7 1 2 6 1 3 11 0 0 57 9 10
2007-08 30 7 9 3 1 1 4 2 0 11 1 0 48 11 10
2008-09 27 6 4 6 2 3 2 1 2 8 1 1 43 10 10
2009-10 23 5 3 4 1 0 3 3 0 6 3 0 36 12 3
2010-11 31 10 3 3 2 1 1 0 0 6 0 2 41 12 6
2011-12 12 1 1 5 1 0 2 1 0 7 2 0 26 5 1
イングランド 156 36 25 28 8 7 18 8 5 49 7 3 251 59 40
通算 236 75 25 32 11 7 18 8 5 58 11 3 344 105 40

タイトル[編集]

クラブ
イングランドの旗 チェルシーFC
個人

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]