ヤヤ・トゥーレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヤヤ・トゥーレ Football pictogram.svg
Yaya Touré.JPG
名前
本名 Gnégnéri Yaya Touré
愛称 タイガー
カタカナ ニェニェリ・ヤヤ・トゥーレ
ラテン文字 TOURE Yaya
基本情報
国籍 コートジボワールの旗 コートジボワール
生年月日 1983年5月13日(31歳)
出身地 ブアケ
身長 191cm
体重 90kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 マンチェスター・シティFC
ポジション MF(CMF)
背番号 42
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2001 コートジボワールの旗 ASECミモザ 0 (0)
2001-2003 ベルギーの旗 KSKベベレン 70 (3)
2003-2005 ウクライナの旗 メタルルグ・ドネツク 33 (3)
2005-2006 ギリシャの旗 オリンピアコス 19 (3)
2006-2007 モナコの旗 ASモナコ 27 (5)
2007-2010 スペインの旗 FCバルセロナ 74 (4)
2010- イングランドの旗 マンチェスター・C 134 (38)
代表歴2
2004- コートジボワールの旗 コートジボワール 85 (17)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年5月31日現在。
2. 2014年9月10日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ニェニェリ・ヤヤ・トゥーレGnégnéri Yaya Touré1983年5月13日 - )は、コートジボワール出身のサッカー選手マンチェスター・シティFC所属。コートジボワール代表である。ポジションはミッドフィールダー。 リヴァプールFCに在籍するコロ・トゥーレは兄。元サッカー選手のイブラヒム・トゥーレ(2014年にガンのため死去。28歳没)は弟であった。

経歴[編集]

初期の経歴[編集]

1996年、長年の師であるパトリック・ファン・ライエンダム氏の推薦でASECミモザのユースアカデミーに入団した。2000年にトップチームデビューし、2001年にベルギー・ジュピラーリーグKSKベベレンに移籍して2シーズン半を過ごした。その後はウクライナのメタルルグ・ドネツクで1シーズン半プレーし、2005年ギリシャ・スーパーリーグオリンピアコスFCに移籍した。オリンピアコスFCと契約する前には兄のコロが在籍するイングランドアーセナルFCのトライアルを受けていたが[1]、労働許可証の問題からアーセナルFC加入は実現しなかった[2]2006 FIFAワールドカップ・アフリカ予選には兄コロとともに出場し、カメルーンを抑えて本大会出場権を獲得した。本大会出場メンバーにも選出されて十分な存在感を見せつけたが、「死の組」と言われたC組に入った事もあってグループリーグ突破はならなかった。

ASモナコ[編集]

2006 FIFAワールドカップ後の2006年8月14日、推定移籍金450万ユーロでフランスASモナコと4年契約を交わした[3]。2006-07シーズン序盤はラズロ・ボロニ監督との不仲も囁かれて不調に陥ったものの、ローラン・バニド監督の就任後は素晴らしいパフォーマンスを発揮した。

FCバルセロナ[編集]

FCバルセロナでプレーするヤヤ・トゥーレ

2007年7月1日スペインFCバルセロナに移籍金900万ユーロで移籍し、登録名をヤヤ・トゥーレ (Yaya Touré) からトゥーレ・ヤヤ (Touré Yaya) に変更した。FCバルセロナに所属する初のコートジボワール人選手であった。同年夏のジョアン・ガンペール杯インテルと争い、先制点を挙げて5-0でのトロフィー獲得に貢献した。8月26日のリーグ開幕戦・ラシン・サンタンデール戦でデビューした[4]。公式戦での初得点は9月2日のアスレティック・ビルバオ戦であり、UEFAチャンピオンズリーグでの初得点は2007-2008シーズン準々決勝のシャルケ04戦である。2007-2008シーズンは主にMFシャビとMFアンドレス・イニエスタの後ろで中盤のバランスをとるポジションで起用された。

FCバルセロナでプレーするヤヤ・トゥーレ(右から4番目)

2008年に就任したジョゼップ・グアルディオラ監督はヤヤに代えてMFセルヒオ・ブスケツを中盤の底に置くことを好んだため、2008-2009シーズン以降は出場機会が減少したが、2008-2009シーズンの3冠獲得に貢献した。同シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝・マンチェスター・ユナイテッドFC戦ではエリック・アビダルダニエウ・アウヴェスが出場停止処分を受けてディフェンス陣が手薄になっていたことから本職ではないセンターバックとしてプレーしたが、無失点に抑えて優勝に貢献した。クラブでの功績が評価されて2009年にはコートジボワール最優秀選手に選ばれた[5]

マンチェスター・シティFC[編集]

2010年7月2日、移籍金約2,400万ポンドでイングランドマンチェスター・シティFCと5年契約を結んだ。週給は22万ポンドに設定され、プレミアリーグでも有数の、アフリカ出身の選手としての最高年俸となった[6][7]。なお、マンチェスター・シティには2009年より兄のコロも在籍している。バルセロナで着けていた背番号24はパトリック・ヴィエラが既に着けていたため24を反対にした背番号42を割り当てられた[8]7月28日、メキシコのクラブ・アメリカとのプレシーズンマッチでデビューし、1-1(PK4-1)で勝利した[9]。8月7日のバレンシアCF戦でホームの観客に顔を見せ、その試合でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた[10]8月14日ホワイト・ハート・レーンで行われたトッテナム・ホットスパーFC戦(0-0)でリーグ戦デビューし[11]、1週間後のリヴァプールFC戦(3-0)ではギャレス・バリーナイジェル・デ・ヨングとともに中盤を形成し、好印象を与えた[12]9月19日ウィガン・アスレティックFC戦で70分にFWカルロス・テベスのアシストから初得点を挙げた[13][14]12月11日ウェストハム・ユナイテッドFC戦では前半に左足のミドルシュートで先制点を決め、後半にはドリブル突破からシュートを放ち、ゴールポストとロバート・グリーンに当たってゴールネットを揺らした[15]2011年1月15日ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC戦ではFWエディン・ジェコのアシストから得点し、4-3で競り勝った[16]4月16日のマンチェスター・ユナイテッドFCとのFAカップ準決勝では両チーム唯一の得点となる決勝点を挙げ、マン・オブ・ザ・マッチに選出された[7][17]ストーク・シティFCとの決勝でも同じく1-0での決勝ゴールを挙げ、マンチェスター・シティの35年ぶりのタイトル獲得に貢献した[7]。このシーズン、ロベルト・マンチーニの下でトップ下として起用され、バルサ時代より攻撃的なプレーが多くなった。チームではカルロス・テベスに次ぐ合計10得点を記録[7]。リーグ戦では35試合に先発出場し8得点を決め、シティの初のチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献した[7]

2011年12月22日にはシティでの活躍が評価され、アフリカ年間最優秀選手賞を受賞した[18][19]2012年12月21日にはシティを44年ぶりのリーグ優勝に導いたことや、アフリカネイションズカップでコートジボワール代表を準優勝に導いたことが評価され、2年連続のアフリカ年間最優秀選手賞を受賞した。2014年6月、アメリカの経済誌フォーブス世界のアスリートの年収を公表した。ヤヤ・トゥーレの年収は2170万ドル(約22億円)であり、世界のアスリートの中で59位。アフリカ出身のアスリートとしては1位であり、サッカー選手の中では9位である[20]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

代表での得点[編集]

コートジボワール代表でプレーするヤヤ・トゥーレ
 #  日時 場所 対戦相手 スコア 最終結果 大会
1. 2006年1月24日 エジプトの旗 カイロ  リビア 1-2 1-2 アフリカネイションズカップ2006
2. 2007年6月3日 コートジボワールの旗 ブアケ  マダガスカル 3-0 5-0 アフリカネイションズカップ2008予選
3. 2008年1月25日 ガーナの旗 セコンディ・タコラディ  ベナン 2-0 4-1 アフリカネイションズカップ2008予選
4. 2009年6月20日 ブルキナファソの旗 ワガドゥーグー  ブルキナファソ 0-1 2-3 2010 FIFAワールドカップ予選
5. 2009年9月5日 コートジボワールの旗 アビジャン  ブルキナファソ 3-0 5-0 2010 FIFAワールドカップ予選
6. 2010年6月25日 南アフリカ共和国の旗 ネルスプロイト  北朝鮮 0-1 0-3 2010 FIFAワールドカップ
7. 2010年9月4日 コートジボワールの旗 アビジャン  ルワンダ 1-0 3-0 アフリカネイションズカップ2012予選
8. 2011年8月10日 スイスの旗 ジュネーヴ  イスラエル 1-0 4-3 親善試合
9. 2011年10月7日 コートジボワールの旗 アビジャン  ブルンジ 2-1 2-1 アフリカネイションズカップ2012予選
10. 2012年2月4日 赤道ギニアの旗 マラボ  赤道ギニア 0-2 0-2 アフリカネイションズカップ2012
11. 2012年1月22日 南アフリカ共和国の旗 ルステンブルク  トーゴ 1-0 2-1 アフリカネイションズカップ2013
12. 2013年1月26日 南アフリカ共和国の旗 ルステンブルク  チュニジア 2-0 3-0 アフリカネイションズカップ2013
13. 2013年3月23日 コートジボワールの旗 アビジャン  ガンビア 2-0 3-0 2014 FIFAワールドカップ予選
14. 2013年6月8日 ガンビアの旗 バカウ  ガンビア 0-3 0-3 2014 FIFAワールドカップ予選
15. 2013年6月15日 タンザニアの旗 ダルエスサラーム  タンザニア 1-2 2-4 2014 FIFAワールドカップ予選
16. 2-3
17. 2014年9月10日 カメルーンの旗 ヤウンデ  カメルーン 1-1 4-1 アフリカネイションズカップ2015予選

タイトル[編集]

クラブ[編集]

コートジボワールの旗 ASECミモザ
  • コートジボワール・プレミア・ディビジョン: 2001
ギリシャの旗 オリンピアコス
スペインの旗 FCバルセロナ
イングランドの旗 マンチェスター・シティ

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Ivorian gamble failed to pay off for Beveren When Saturday Comes、2010年8月10日
  2. ^ Wenger: Passport stopped Yaya Toure signing for Arsenal Sport.co.uk、2010年10月22日
  3. ^ “Yaya Toure agrees Monaco move”. BBC Sport. (2006年8月15日). http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/africa/4795645.stm 
  4. ^ Racing Santander 0-0 BarcelonaESPN Soccernet、2007年8月26日
  5. ^ トゥーレ・ヤヤがコートジボワール年間MVPGoal.com、2009年6月29日
  6. ^ Yaya: Barcelona to Man City is no step downESPN Soccernet、2010年8月9日
  7. ^ a b c d e Goal.com50:ヤヤ・トゥーレ(41位)Goal.com 2011年7月31日
  8. ^ Yaya Touréマンチェスター・シティFC公式サイト
  9. ^ Club America 1 Man City 1 (City win 4-3 on pens) : Joe can't take Hart as Shay Given is spot on Daily Mail、2010年7月29日
  10. ^ New-look Manchester City see off Valencia FourFourTwo、2010年8月7日
  11. ^ Tottenham Hotspur 0 - 0 Manchester City”. ESPN Soccernet (2010年8月14日). 2010年8月17日閲覧。
  12. ^ Manchester City v Liverpool – as it happened The Guardian、2010年8月23日
  13. ^ Wigan 0 Manchester City 2: Carlos Tevez shows City how to beat Wigan Mail Online、2010年9月19日
  14. ^ Wigan 0 - 2 Man City BBC Sport、2010年9月19日
  15. ^ West Ham 1-3 Cityマンチェスター・シティFC公式サイト、2010年12月11日
  16. ^ City 4-3 Wolvesマンチェスター・シティFC公式サイト、2011年1月15日
  17. ^ Man City 1 - 0 Man UtdBBC Sport 2011年4月16日
  18. ^ 2011年アフリカ最優秀選手にY・トゥーレGoal/com 2011年12月23日
  19. ^ マンCのY・トゥーレがアフリカ年間最優秀選手に初選出SOCCER KING 2011年12月23日
  20. ^ The World's Highest-Paid Athletes Forbes.com 2014年6月発表。

外部リンク[編集]