ドゥンビア・セイドゥ

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ドゥンビア・セイドゥ Football pictogram.svg
SeydouDoumbia.jpg
名前
愛称 バネ
ラテン文字 Seydou Doumbia
基本情報
国籍 コートジボワールの旗 コートジボワール
生年月日 1987年12月31日(26歳)
出身地 ヤムスクロ
身長 178cm
体重 74kg
選手情報
在籍チーム ロシアの旗 PFC CSKAモスクワ
ポジション FW
背番号 8[1]
利き足 右足
代表歴2
2008- コートジボワールの旗 コートジボワール 14 (1)[2]
2. 2011年12月1日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ドゥンビア・セイドゥDoumbia Seydou1987年12月31日 - )は、コートジボワールヤムスクロ出身のサッカー選手。PFC CSKAモスクワ所属。スピード・ジャンプ力などの高い身体能力をもつフォワード[3]

なお、コートジボワールは姓名の表記順が日本などと同じく姓・名の順であるため、「ドゥンビア」が姓で「セイドゥ」が名である。欧州移籍後は、欧米の表記順に従って名・姓の順に「セイドゥ・ドゥンビア(Seydou Doumbia)」と表記されることもある。

経歴[編集]

初期の経歴[編集]

コロ・トゥーレディディエ・ゾコラサロモン・カルーなどを輩出したジャン=マルク・ギユーのアカデミー出身。10代前半から国内リーグでプレーし、2005年には18歳でコートジボワールリーグ得点王に輝く。その実績を買われて日本に呼ばれ、当初ヴィッセル神戸の練習に参加したが[4]、このときは家庭の事情により契約に至らず帰国。その後、2006年途中に柏レイソルに入団した。2008年徳島ヴォルティスレンタル移籍。徳島では16試合に出場し7得点を挙げエースとして活躍した。

2008年6月18日スイス・スーパーリーグBSCヤングボーイズへ移籍が決定。6月21日に行われたベガルタ仙台戦の前にサイン会を開いた。

BSCヤングボーイズ[編集]

2008年8月24日、7節のFCアーラウ戦で初得点すると、その後は連携が深まるにつれて得点を量産。2009年2月から3月にかけて5試合連続得点するなど、終盤戦までに20得点を挙げて得点王となった。なお、32試合出場のうち先発出場は8試合のみであり、後半15~25分前後に途中出場することが多かった。したがってシーズン出場時間はわずか1370分のみであり、1得点あたりの出場時間は69分であった。

翌2009-10シーズンは出場した32試合中29試合で先発出場すると、30得点を挙げて2シーズン連続で得点王となった。

PFC CSKAモスクワ[編集]

2010年1月4日、同年夏にロシアの強豪PFC CSKAモスクワに5年契約で移籍する事が発表された[5]。移籍金はgoal.comで1500万ユーロ、transfermarktで1000万ユーロと表記されている[6][7]。2010年8月1日、ロシア・プレミアリーグ第15節のFCスパルタク・モスクワ戦でロシアリーグデビューをした。試合は2-1でCSKAモスクワが勝利をしドゥンビアは得点を挙げることは無かったもののフル出場をした。2010年8月19日、UEFAヨーロッパリーグ 2010-11のプレーオフラウンドのアノルトシス・ファマグスタ戦でCSKAの選手として初の得点を挙げた。グループステージで同組となったセリエA所属のUSチッタ・ディ・パレルモ相手にはアウェーで2得点を挙げるなどして活躍。ロシア・カップ2010-2011の決勝ではアラニア・ウラジカフカス相手に2得点を挙げクラブの6度目のカップ戦優勝(最多)に貢献をした。

2011-12シーズンはレギュラーシーズンに23得点を決めて得点ランキングトップで折り返すと、上位8チームによるチャンピオンシップグループでも5得点を決めて、最終的に28得点(PK2得点)でリーグ得点王に輝いた。2012-13シーズン、2013-14シーズンは負傷による長期離脱を経験しているが、一方で試合数の割りに得点数は多く、得点力の高さを見せている。[8][9]

代表[編集]

2008年5月、キリンカップで来日したコートジボワールのA代表に初選出[10]。これは来日後にコートジボワール人選手がJリーグにいることを知った監督が急遽招集したものであり、無名の新人にもかかわらず背番号10が与えられるなど多分に日本へのファンサービスに近い選出だったが、デビュー戦となった対日本戦では、ポスト直撃のシュートを放つなど活躍を見せた[11]。 スイスリーグでの活躍から代表にも選出されるようになり、2009年11月18日の親善試合・ドイツ戦では代表初ゴールも挙げた。 2010年5月11日、ワールドカップ南アフリカ大会代表候補30名に選出され、2010年6月1日12時(コートジボワール時間)、ワールドカップ本戦メンバーに選出された。

エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

  • コートジボワールの旗 セントル・フォルマシオン・ディンテルFC 2000-2002
  • コートジボワールの旗 ASアスレティック・ダジャメ 2003-2006
コートジボワールの旗 ASECミモザ・ジャン=マルク・ギユー・アカデミー 2004 (loan)
コートジボワールの旗 ASデンゲレ・スポルト・ドディエンネ 2005 (loan)
日本の旗 徳島ヴォルティス 2008.1-2008.6 (loan)

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
コートジボワール リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2000 ディンテル
2001
2002
2003 アジャメ
2004 ASECミモザ 14 11
2005 オディエンネ 20 15
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2006 35 J2 6 0 - 2 2 8 2
2007 J1 18 3 5 1 0 0 23 4
2008 徳島 10 J2 16 7 - - 16 7
スイス リーグ戦 スイス杯 オープン杯 期間通算
2008-09 ヤングボーイズ 7 スーパーリーグ 32 20 5 4 - 37 24
2009-10 32 30 4 1 - 36 31
ロシア リーグ戦 ロシア杯 オープン杯 期間通算
2010 CSKAモスクワ 8 プレミアリーグ 11 5 5 4 - 16 9
2011-12 42 28 1 0 - 43 28
2012-13 7 3 2 1 - 9 4
通算 コートジボワール
日本 J1 18 3 5 1 0 0 23 4
日本 J2 22 7 - 2 2 24 9
スイス スーパーリーグ 64 50 9 5 - 73 55
ロシア プレミアリーグ 60 36 8 5 - 68 41
総通算

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ロシアの旗 PFC CSKAモスクワ

個人[編集]

  • 2005年 コートジボワールリーグ得点王
  • 2009年 スイススーパーリーグ得点王、スイススーパーリーグ年間最優秀選手
  • 2010年 スイススーパーリーグ得点王、スイススーパーリーグ年間最優秀選手
  • 2011年 ロシア年間最優秀サッカー選手賞
  • 2012年 ロシア・プレミアリーグ得点王

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ http://www.pfc-cska.com/news/clubnews/?id=3971
  2. ^ http://www.national-football-teams.com/v2/player.php?id=27559
  3. ^ 吉田誠一『フットボールの熱源 南米発 日本経由 中東行き』 日本経済新聞 2009年9月16日付
  4. ^ 神戸、コートジボワール・ドゥンビア獲得へ大阪日刊スポーツ新聞社、2006年2月19日
  5. ^ Думбиа подпишет с ЦСКА пятилетний контрактchampionat.com、2010年1月4日
  6. ^ 本田のCSKAに元Jリーガーが加入Goal.com、2010年1月4日
  7. ^ transfermarkt.de
  8. ^ ドゥンビア、2カ月の離脱でCSKAに打撃”. UEFA.com (2012年8月17日). 2013年12月21日閲覧。
  9. ^ CSKA、ドゥンビア負傷で打撃”. UEFA.com (2013年9月2日). 2013年12月21日閲覧。
  10. ^ コートジボワール代表ドゥンビア選手緊急追加招集のお知らせ徳島ヴォルティス公式サイト、2008年5月21日
  11. ^ 日本 1-0 コートジボワールスポーツ報知
  12. ^ 毎日更新!柏レイソル広報日記2006年6月7日
  13. ^ 毎日更新!柏レイソル広報日記2009年6月4日