ボウデヴィン・ゼンデン
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | ボロ | |||||
| ラテン文字 | Boudewijn Zenden | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1976年8月15日(36歳) | |||||
| 出身地 | マーストリヒト | |||||
| 身長 | 174cm | |||||
| 体重 | 70kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 左足 | |||||
| 代表歴 | ||||||
| 1997-2004 | 54 (7) | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ボウデヴァイン・ゼンデン(Boudewijn Zenden, 1976年8月15日 - )は、オランダ・マーストリヒト出身の元同国代表サッカー選手(MF)。愛称は「ボロ」。
得意なポジションは左サイドハーフだが、右サイドも難無くこなし、サイドバックでもプレーできるユーティリティープレイヤーである。
目次 |
略歴 [編集]
1994年、PSVアイントホーフェンでプロデビューを飾り、中盤からストライカーまで幅広くこなす選手として才能を発揮。1996-1997シーズンにはリーグ優勝を果たし、U-21最優秀選手に選ばれた。
1998年のフランスW杯では1得点をマークするなど活躍し、同年FCバルセロナに移籍。しかし、バルセロナでは故障などで常時出場する機会には恵まれなかった。2001年にはチェルシーFCへ移籍。その後ミドルズブラFC、リヴァプールFCを経て、2007-2008シーズンからはオリンピック・マルセイユでプレーした。契約を2年延長するオファーを受けたが、イングランドに戻りたいという気持ちがあったために契約延長はせず[1]、2008-09シーズン後にマルセイユを退団し、無所属となった。2009年10月にサンダーランドAFCで10日間のトライアルを受け、17日に正式に入団した[1]。
2012年11月、恩師ラファエル・ベニテスのチェルシーFC監督就任に伴い、コーチに就任した[2]。
エピソード [編集]
- 父は柔道家で、自身も子供のころから柔道を習い、14歳の時に黒帯を取得している。また水泳選手のピーター・ファン・デン・ホーヘンバントと幼なじみで、同じサッカークラブでプレーしていた。
- 08-09シーズンのパリ・サンジェルマン戦でゴールを決めた際、ゴール裏のスペースにあったOrangeのオブジェの上に乗ってサポーターにアピールするが、オブジェの上が抜けて地上に落下してしまった(本人にケガはなし)。
- 妹はヨニー・ハイティンハの妻である[3]。
所属クラブ [編集]
- 1994-1998
PSVアイントホーフェン - 1998-2001
バルセロナ - 2001-2003
チェルシー - 2003-2005
ミドルズブラ - 2005-2007
リヴァプール - 2007-2009
マルセイユ - 2009-2011
サンダーランド
脚注 [編集]
- ^ a b Goal.com (2009年10月18日). “プレミア復帰を喜ぶゼンデン”. 2009年10月23日閲覧。
- ^ chelseafc (2012年11月25日). “偶然の出来事がゼンデンの運命を変えた”. 2012年11月28日閲覧。
- ^ qoly.jp. “ハイティンハがゼンデンと結婚 (スナイデルも結婚)”. 2012年11月28日閲覧。
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