橋本晃司
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橋本晃司 |
 |
|
| 名前 |
| 愛称 |
コージ |
| カタカナ |
ハシモト コウジ |
| ラテン文字 |
HASHIMOTO Koji |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1986年4月22日(25歳) |
| 出身地 |
石川県金沢市 |
| 身長 |
178cm |
| 体重 |
68kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
水戸ホーリーホック |
| ポジション |
FW/MF |
| 背番号 |
10 |
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橋本晃司(はしもと こうじ、1986年4月22日 - )は、石川県金沢市出身のサッカー選手。水戸ホーリーホックに所属、ポジションはフォワード。
[編集] 経歴
金沢市立額中学校、星稜高校、明治大学政治経済学部卒。 高校3年生時には名古屋でも一時チームメイトとなったMF本田圭佑とともに、全国高校サッカー選手権で石川県勢初の4強入りを果たす。豊田陽平は、高校の一学年先輩。スピードに乗ったドリブルと相手急所を突くパスでチャンスを作り活躍を見せた。卒業時はプロからの誘いもあったというが、サッカー部監督の勧めもありプロではなく明治大学へ進学。[要出典]
大学では1年次からレギュラーFWとして試合に出場。2007年には同期の林陵平、藤田優人、長友佑都らとともに関東大学リーグのタイトルを43年ぶりに明治大学にもたらす。とくにツートップを組んだ林とは抜群に息の合ったプレーを見せ優勝の原動力となった。同年に行われた第87回天皇杯全日本サッカー選手権大会でも3回戦で京都サンガF.C.(当時J2)を破り、4回戦ではPK戦で敗れたものの清水エスパルスをあと一歩まで追い詰めた。大学3、4年次には背番号10を背負い、主に1.5列目のポジションでプレー。自らゴールするというよりは万能性を活かしチャンスメーカーとしてチームの攻撃をリードした。[要出典]
大学2年・3年次にJFA・Jリーグ特別指定選手としてJリーグ・名古屋グランパスに帯同し、プロの環境を身をもって体験。卒業後の2009年、名古屋に正式入団した。大学ではFW登録であったが名古屋ではMF登録となる。名古屋で再びチームメイトとなる小川佳純は大学の2年先輩である。
[編集] 所属クラブ
- ユース経歴
- ヘミニス金沢FC
- 2002年 - 2004年 星稜高校
- 2005年 - 2008年 明治大学
- 2006年 - 2007年 名古屋グランパスエイト (特別指定選手)
プロ経歴
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 |
オープン杯 |
期間通算 |
| 出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| 日本 |
リーグ戦 |
ナビスコ杯 |
天皇杯 |
期間通算 |
| 2006 |
名古屋 |
39 |
J1 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
| 2007 |
明大 |
10 |
- |
- |
- |
3 |
0 |
3 |
0 |
| 2007 |
名古屋 |
41 |
J1 |
0 |
0 |
1 |
0 |
- |
1 |
0 |
| 2009 |
22 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
| 2010 |
0 |
0 |
3 |
0 |
4 |
0 |
7 |
0 |
| 2011 |
3 |
0 |
2 |
1 |
2 |
0 |
7 |
1 |
| 2012 |
水戸 |
10 |
J2 |
|
- |
|
|
|
|
| 通算 |
日本 |
J1 |
5 |
0 |
6 |
1 |
6 |
0 |
17 |
1 |
| 日本 |
J2 |
|
|
- |
|
|
|
|
| 日本 |
他 |
- |
- |
3 |
0 |
3 |
0 |
| 総通算 |
5 |
0 |
6 |
1 |
9 |
0 |
20 |
1 |
[編集] 関連項目