増田誓志

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

増田 誓志
名前
カタカナ マスダ チカシ
ラテン文字 MASUDA Chikashi
基本情報
国籍 日本
生年月日 1985年6月19日(24歳)
出身地 宮崎県
身長 179cm
体重 75kg
血液型 B型
選手情報
在籍チーム 鹿島アントラーズ
ポジション MF
背番号 14
利き足 右足
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

増田 誓志(ますだ ちかし、1985年6月19日 - )は、宮崎県出身で鹿島アントラーズ所属のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。主にトップ下ボランチ、右サイドバックとしてプレーする。元U-22日本代表選手。

また鹿島アントラーズのチームメイトの興梠慎三鵬翔高等学校時代からの後輩である。イケメンとして評判で女性ファンから人気が高いのも特徴。試合に負けるといつも泣いている、というのは本人の弁。

目次

[編集] プレースタイル

高校時代は、パスの出し手としてスルーパスを狙う典型的な“司令塔”タイプだったが、鹿島アントラーズに入団後はJリーグ屈指の司令塔・パサーであり尊敬する小笠原満男のプレーを目の当たりにし、「パサーはチームに2人要らない」とスタイルを転換。パスの受け手として豊富な運動量とゴール前への飛び出しを武器とする攻撃的MFとなる。その後、ボランチにコンバートされ起用された試合も多く、長身を生かしたヘディングシュートを得意とする。

以前は本職のミッドフィールダーではないサイドバックでの起用など本意とするところではなかったが、2008年8月16日の東京ヴェルディ戦で負傷の内田篤人に替わり右サイドバックで再び先発起用されると、フィジカル、高さ、走力と運動量を活かしたアップダウン、精度の高いパス・クロスの配球、視野の広さによるチャンスメイクなど攻守に高いパフォーマンスを発揮して勝利に貢献した。 オリヴェイラ監督からは不慣れな点・向上の余地はあるものの高い評価を受け、(それ以後)「内田不在時にはサイドバックで先発で起用し続けたい」とまで言わしめ、増田自身も「ラストチャンスだと思っていた」と語り、プレーの幅と自信を深めている。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

  • 1992年 - 1997年 木花少年団
  • 1998年 - 2000年 木花中学校
  • 2001年 - 2003年 鵬翔高等学校

プロ経歴

[編集] 経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2004 鹿島 26 J1 8 2 5 0 2 0 15 2
2005 鹿島 26 J1 19 2 6 1 3 3 28 6
2006 鹿島 26 J1 23 0 11 2 1 0 35 2
2007 鹿島 14 J1 23 3 6 1 0 0 29 4
2008 鹿島 14 J1 19 0 2 0 2 1 23 1
2009 鹿島 14 J1
通算 日本 J1 92 7 30 4 8 4 130 15
総通算 92 7 30 4 8 4 130 15
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2008 鹿島 14 4 0
通算 AFC 4 0

[編集] 代表歴

  • U-18、U-19日本代表
  • U-21、U-22日本代表※U-22では背番号10をつけていた

[編集] 外部リンク


他の言語