オズワルド・オリヴェイラ
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|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||
| 本名 | Oswaldo de Oliveira Filho | |||
| 愛称 | オリヴェイラ | |||
| カタカナ | オズワルド・デ・オリヴェイラ・フィリョ | |||
| ラテン文字 | OSWALDO OLIVEIRA | |||
| 基本情報 | ||||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1950年12月5日(61歳) | |||
| 出身地 | リオデジャネイロ州 | |||
| 身長 | 183cm | |||
| 体重 | 80kg | |||
| 監督歴 | ||||
| 1999-2000 2000 2001-2002 2002-2003 2003 2004 2004 2005 2005 2006 2006 2007-2011 |
コリンチャンス CRヴァスコ・ダ・ガマ フルミネンセ サンパウロFC フラメンゴ コリンチャンス ECヴィトーリア サントスFC アル・アハリ・ドーハ フルミネンセ クルゼイロEC 鹿島アントラーズ |
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オズワルド・デ・オリヴェイラ・フィリョ(Oswaldo De Oliveira Filho、1950年12月5日 - )は、ブラジル・リオデジャネイロ州出身のサッカー指導者。
目次 |
[編集] 来歴
2007年より鹿島アントラーズの監督に就任し、就任1年目でJリーグ優勝、さらに天皇杯も制し、2冠を達成した。翌2008年、翌々年の2009年にもJリーグ優勝を果たし、鹿島にJリーグ史上初となる3連覇をもたらした。またJリーグにおいて1クラブでの最速50勝到達記録も持っている(2007-2009)。2011年時点でJリーグ史上最多の国内タイトル(Jリーグ・天皇杯・Jリーグカップ・ゼロックススーパーカップ)を獲得している監督である。
[編集] 人物・エピソード
- 2000年にコリンチャンスを率いてFIFAクラブ世界選手権2000優勝に導いた名将。
- サッカー選手としての経歴は無く、大学卒業と同時にフィジカルコーチへの道を歩む。49歳で初めて監督を務めるが、母国の名門・コリンチャンスの監督で、しかも当初は40日間の暫定監督であった。
- サンパウロ時代にカカ、サントス時代にはロビーニョ、コリンチャンス時代にはマルコス・セナの指導をしていた。
- 長らくフィジカルコーチを務めたため、シーズン通しての緻密なコンディション管理、弱点を見極めた選手の肉体強化に長けている。例えば、監督の信念は「体力は貯金」であり、合宿で徹底した長距離のランニングや砂浜の走り込みをやらせ、一年間バテないような体力強化を行う。この方法で2007年シーズン、過密日程のシーズン後半によそのチームがコンディションや勢いを失っていく中、バテずに脅威の粘りを見せ、大逆転劇を見せることが出来たという。
- 2007年、鹿島アントラーズを指揮することが決まり、選手との初顔合わせで、選手全員の顔と名前を覚えていた。2009年のリーグ制覇後、NHK水戸放送局の特番で「オリヴェイラ監督の言葉で一番印象に残っていること」という質問で、内田篤人がこのエピソードを紹介し、「この人と仕事をするんだなという気になりました」と語っている。
- 選手が得点を取ると、サポーターに万歳をしたり、何度もガッツポーズをするなど、熱い一面もある。
- 2007年12月1日、鹿島が最終節にして大逆転優勝を決めた清水エスパルス戦にて、終了のホイッスルとともに真っ先にピッチへ走り出し、喜びを爆発させた。一方、ピッチ上の選手たちは日産スタジアムで行われた横浜FC対浦和レッズ戦の試合経過を知らされていなかった為、優勝目前であるという事がわからないまま唖然としていた。
- 趣味は音楽を聴くこと。家には何千枚もの音楽レコードがあるという。
- 2008年11月29日、岩政大樹のロスタイムの決勝ゴールで劇的勝利となったジュビロ磐田戦の試合終了後、今季ホーム最終戦サポーターへのあいさつで、涙を流しながら絶叫して喜びと優勝への意気込みを表現した。その際に「これで感動できなかったら医者にかかった方がいい!」と語った。
- 後述にも関連するが、不調時の選手たちを個別に呼び出し奮起を促すことが多々ある。
- 2009年Jリーグ優勝時の記者会見で、「小笠原(満男)のような選手が、ワールドカップをテレビの前で過ごすようなことはあってはならない」と、日本代表監督の岡田武史へメッセージを送った。
- 実弟で鹿島のフィジカルコーチも経験したことがあるワルデマール・オリヴェイラが、2010年1月、韓国の浦項スティーラースの監督に就任したものの、成績不振により、AFCチャンピオンズリーグ2010での「兄弟対決」を直前に控えた5月10日に解任された。
[編集] ミーティング
ミーティングに多大な時間を割いていることが特徴である。
- ミーティングに費やす時間は短くて20分、長くて120分に及ぶ。開催頻度も毎日やることもあれば、試合の二日前に初めて実施することもあるらしい。
- エピソードの項にもあるようにオリヴェイラは必要に応じて選手が惚れ込むメッセージを発し続けたことで、選手全員のモチベーションを高く保ち続けた。2007年からの3連覇達成の原動力になっていることは選手全員が確信しているという。このミーティングは魂のミーティングと称されている。
- その一方で交代の際、ピッチを去る選手と握手を交わさなかったり、交代枠を使い切り出番がなくなって、試合中にベンチから退出した控え選手にはミーティングの際に必ず指摘し、全員の面前で謝罪させるという断固とした制裁を取ることもある。内田篤人が「とてもじゃないが、居眠りできるようなものではない」と評したこともあり、厳かな一面もある。(週刊サッカーダイジェスト2008年12月23日号)
- ミーティング以外にも試合機会に恵まれない選手と練習後などに個別に会談することもあり、「あなたは必要な選手だ。必ず出番はある」と選手一人ひとりのケアを怠らなかった。オリヴェイラ本人が直接伝えるのみではなく、クラブのスタッフを通じて本人に伝えることもあるらしい。2008年は伊野波雅彦と野沢拓也、2009年には田代有三と増田誓志が該当する。
- その他の代表例として、2008年第33節のジュビロ磐田戦の直前ミーティングで家族から選手への激励メッセージを録画したビデオを上映した。これは練習場で全体練習を実施している最中にクラブの職員を選手の自宅に派遣して、両親、奥さんまたは子供から選手へのメッセージを録画し、試合の日までは本人に教えないよう頼み込んだ上で作成したという。試合は1-0で勝利。この頃からオリヴェイラはオズの魔法使いと評されるようになった。
- 2009年のJOMO CUPでJリーグ選抜チームを指揮した際も、ミーティングを受けた川崎フロンターレの中村憲剛ら選手たちから「鹿島が強い理由がわかった」と称されるほど外部でも評価は高い。
[編集] 指導歴
- 1999 - 2000:
コリンチャンス - 2000:
CRヴァスコ・ダ・ガマ - 2001 - 2002:
フルミネンセ - 2002 - 2003:
サンパウロFC - 2003:
フラメンゴ - 2004:
コリンチャンス - 2004:
ECヴィトーリア - 2005:
サントスFC - 2005:
アル・アハリ・ドーハ - 2006:
フルミネンセ - 2006:
クルゼイロEC - 2007 - 2011:
鹿島アントラーズ - 2012:
ボタフォゴFR
[編集] 監督成績
| 年度 | クラブ | 所属 | 試合 | 勝点 | 勝 | 敗 | 分 | 得 | 失 | 年間順位 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 他公式戦 | 国際大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 鹿島 | J1 | 34 | 72 | 22 | 6 | 6 | 60 | 36 | 優勝 | ベスト4 | 優勝 | - | - |
| 2008 | 34 | 63 | 18 | 7 | 9 | 56 | 30 | 優勝 | ベスト8 | ベスト16 | SC 準優勝 | ACL2008 ベスト8 | ||
| 2009 | 34 | 66 | 20 | 8 | 6 | 51 | 30 | 優勝 | ベスト8 | ベスト8 | SC 優勝 | ACL2009 ベスト16 | ||
| 2010 | 34 | 60 | 16 | 6 | 12 | 51 | 31 | 4位 | ベスト8 | 優勝 | SC 優勝 | ACL2010 ベスト16 | ||
| 2011 | 34 | 50 | 13 | 10 | 11 | 53 | 40 | 6位 | 優勝 | ベスト16 | SC 準優勝 | ACL2011 ベスト16 |
[編集] 主な受賞歴
- 2007年 Jリーグ最優秀監督賞
- 2008年 Jリーグ最優秀監督賞
- 2009年 Jリーグ最優秀監督賞
[編集] 獲得タイトル
- コリンチャンス
- 1999年 サンパウロ州選手権
- 1999年 ブラジル全国選手権
- 2000年 FIFAクラブ世界選手権
- ヴァスコ・ダ・ガマ
- 2000年 コパ・メルコスール
- 鹿島アントラーズ
- 2007年 Jリーグ ディビジョン1
- 2007年 天皇杯全日本サッカー選手権大会
- 2008年 Jリーグ ディビジョン1
- 2009年 FUJI XEROX SUPER CUP
- 2009年 Jリーグ ディビジョン1
- 2010年 FUJI XEROX SUPER CUP
- 2010年 天皇杯全日本サッカー選手権大会
- 2011年 Jリーグカップ
[編集] 著書
- 『オズワルド・オリヴェイラ自伝―風のおもむくままに』(2009年、講談社)
[編集] 関連項目
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