Kリーグクラシック
| Kリーグクラシック | |
|---|---|
| 加盟国 | |
| 大陸連盟 | AFC |
| 創立 | 1983年 |
| 参加クラブ | 14 |
| 下位リーグ | Kリーグチャレンジ |
| 国内大会 | Kリーグカップ FAカップ |
| 国際大会 | AFCチャンピオンズリーグ |
| 最新優勝クラブ | FCソウル (2012) |
| 最多優勝クラブ | 城南一和天馬(7回) |
| 公式サイト | Official Website |
| Kリーグ | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | K리그 |
| 発音: | ケイリグ |
| 英語: | K-League |
Kリーグクラシック(朝鮮語: K리그 클래식、K League Classic)は、大韓サッカー協会(KFA)傘下の韓国プロサッカー連盟(한국프로축구연맹)が運営する大韓民国のプロサッカーリーグのトップディビジョンである。2012年まではKリーグ(K리그、K-League)という名称だったが、1・2部制が導入された2013年にKリーグクラシックに改称、「Kリーグ」の名称は新たに発足した2部リーグに使われる。
目次 |
歴史 [編集]
Kリーグは1983年にスーパーリーグ(수퍼리그)の名称で始まった[1]。韓国では1982年までは実業団リーグと実業団や大学連盟のトーナメント大会が主流だった。
1979年に大韓サッカー協会の会長に就任した新東亜グループの総帥崔淳永は、プロサッカー創設を会長選での公約のひとつに掲げており[2]、1980年には自らオーナーとなって韓国初のプロサッカークラブ、ハレルヤを創設した[2]。また、大統領の全斗煥の思惑もプロサッカーリーグ創設の気運を後押しした。全斗煥はスポーツを民主化を求める民衆の不平不満を逸らすための手段のひとつとして考えており、各財閥に対してプロサッカークラブ創設を働きかけた[3][4]。
1983年に5チーム参加のリーグが発足した当初、プロクラブはハレルヤと油公のみで、ほかの大宇、浦項製鉄、国民銀行はアマチュアという不完全なプロリーグ(事実上セミプロ、あるいはプロ・アマオープン大会)だった[5]。リーグ開幕戦は5月8日にソウル運動場でハレルヤ対油公の組み合わせで行われた[2]。アマチュアクラブを参加させたのは、当時アマチュアにのみ参加が許されていたアジア大会やオリンピックに向けた強化のためだった[4]。その後、実業団のプロ化や、新規加盟クラブの参加もあり、1987年には5チームすべてがプロクラブになった[5]。
リーグ名は1987年から1992年まで韓国プロサッカー選手権大会に、1993年から1995年までハイトビール・コリアンリーグに、1996年から1997年は三星物産ラピドカップ・プロサッカー大会と改称された。しかし韓国のマスコミでは日本のJリーグを真似てKリーグという通称が使われるようになり、1998年からは韓国プロサッカー連盟もKリーグの名称を正式に用いるようになった[1]。
Jリーグの影響もあり、1990年代中盤からは地域密着に取り組むようになっていった。1995年末には各チームにフランチャイズ(ホームタウン)が定められ[6][5]、それまで企業色が強かったクラブ名に地域名が付加された[6](たとえば大宇ロイヤルスは釜山大宇ロイヤルスに改称した)。1996年にはソウル市に集中していた3クラブが周辺都市に移転された[6]。1997年には初の市民クラブとして大田シチズンが創設された。
2008年11月9日、1983年からのリーグ通算1万号ゴール達成。1万号ゴール目はオウンゴールだった[7]。
2011年まで、2部リーグに相当するナショナルリーグ(Nリーグ)とKリーグとのあいだに昇格・降格システムはなかった。実業団リーグから発展したNリーグは、2003年にK2リーグの名称で始まった。Kリーグへの昇格システムは2006年よりNリーグ優勝クラブを対象にして始まったが、2年連続で優勝クラブが昇格を拒否したことをうけて、2008年に廃止された[8]。従って昇格(降格)制度は事実上「有名無実化(形骸化)」の状態となって近年にいたっていた。
AFCがKリーグに1部-2部の昇降制導入を勧告したことが明らかになった。これを受け,Kリーグ関係者が2011年夏,スコットランド・オランダ・日本などを訪問して,リーグ運営実態を現地調査するなど,昇降制の実施に向けたケーススタディが実施された結果,スコットランドの昇降システムを模範とすることとなり,2011年12月に昇降制度の素案が発表された。これによると,2012年度よりKリーグにスプリットシステム(別項参照)を導入し,年間成績下位4チームを2部リーグに降格させ,2013年より1部リーグ12チーム,2部リーグ8チームで昇降制をスタートさせることになっていた。
しかし,この素案が発表されると,母企業を持たず財政基盤が脆弱な市民球団6チーム(仁川・江原・太田・光州・大邱・慶南)が猛烈に反対し,Kリーグ脱退までちらつかせて抵抗したため,再検討が行われ,2012年1月16日の理事会で,2012年度リーグ年間成績により下位2チームをまず降格させ,翌年の2013年リーグ戦終了後,さらに2チームを2部リーグに降格させる2+2妥協案が可決された。これにより,Kリーグは2014年度より1部リーグ12チームで運営されることとなった。(プロ連盟の暫定的な計画書によると,2013年度は1部下位2チーム(13位・14位)の自動降格以外に,2部リーグ優勝チームと1部リーグ12位との間で入れ替え戦が予定されている)
ただし,2部リーグについては,当初2013年度8チームでスタートすることになっていたが,2012年リーグ戦終了後の降格チーム数が減らされたため,2012年11月末時点では具体的構想が固まっていなかった。
軍隊チームの尚武はAFCが要求するプロクラブの要件を満たせないため,昇降制が導入されると優先的に2部リーグに降格されることがあらかじめ決まっていた。したがって,2012年リーグ戦終了後の2部リーグ降格チームは尚武+1チームということになっていた。尚武の2部降格は既定事実であるが,降格時期についての具体的な規定が明文化されたものがないため,2+2妥協案確定後に尚武からクレームが出た。そのため,2012年度シーズンにおいて尚武が14位以上の成績を上げた場合は,リーグ戦終了後に理事会で,降格チーム確定のための再協議を行うこととなったが、結局尚武が2012年後期リーグを全試合ボイコットし最下位が確定したため、そのまま尚武の降格が決まった。2012年11月28日、光州FCのリーグ15位が確定し、2012年シーズンの成績による降格チームは尚武、光州に決まった。なお2部リーグでは2012年までの2部以下に相当するNリーグ以下のクラブからも参加チームを募集し、Nリーグからは水原市庁FC(水原FCに改組)、忠州ヒュンメル、安山 H(ハレルヤ) FC(高陽HiFCに改組)、FC安養(形式上は新規参入だが、高陽国民銀行サッカー部を統合)の4クラブ、チャレンジャースリーグ(3部相当)からは富川FC1995、またRリーグ(Kリーグの若手育成リーグ)に所属していた韓国警察庁サッカー部が新規加盟する。
2013年1月3日、2部制となった新リーグの概要が発表され、1部リーグに相当する「Kリーグクラシック」、2部リーグに相当する「Kリーグ」(のちに3月になって「Kリーグチャレンジ」に名称変更)の名称及び新ロゴが決定している。
なお,2011年度に発生した八百長問題とリーグ昇降制の関連性が取りざたされる場合が多々ある。しかし,リーグ昇降制導入の問題は,以前からKリーグで導入が推進されながら実現出来なかった問題であり,ACLの出場枠などの外圧により2011年度に昇降制導入の論議が急進展したものである。昇降制導入の論議が至急の課題として急進展する時期に,八百長問題の発覚が重なったため,昇降制導入の追い風となったのは事実であろうが,昇降制の導入が八百長問題に起因するという意見は事実とは異なる。
八百長事件 [編集]
- 詳細はKリーグ八百長事件を参照
参加クラブ(2013年) [編集]
| クラブ名 | ホームタウン | 加盟年度 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 浦項スティーラース | 慶尚北道浦項市 | 1983年- | |
| 済州ユナイテッドFC | 済州特別自治道西帰浦市 | 1983年- | |
| 釜山アイパーク | 釜山広域市 | 1983年- | |
| 蔚山現代FC | 蔚山広域市 | 1984年- | |
| FCソウル | ソウル特別市 | 1984年- | |
| 城南一和天馬 | 京畿道城南市 | 1989年- | |
| 全北現代モータース | 全羅北道全州市 | 1994年- | |
| 全南ドラゴンズ | 全羅南道光陽市 | 1995年- | |
| 水原三星ブルーウィングス | 京畿道水原市 | 1996年- | |
| 大田シチズン | 大田広域市 | 1997年- | |
| 大邱FC | 大邱広域市 | 2003年- | |
| 仁川ユナイテッドFC | 仁川広域市 | 2004年- | |
| 慶南FC | 慶尚南道昌原市 | 2006年- | |
| 江原FC | 江原道江陵市 | 2009年- |
概略 [編集]
企業・地域とクラブ [編集]
韓国のサッカーリーグでは日本のJリーグのような地域名+ニックネームというクラブ名はあまり一般的ではなく、プロ野球や東欧のサッカークラブに見られるようなスポンサー企業名が付けられているチームが多いことが特徴の一つである。
これは発足当時に日本のプロ野球の経営形態を参考にしたためといわれ、その事実は各クラブが親会社の広告費を主な運営資金としていること、昇降制度が実現していないこと、ドラフト制度が存在すること等からも伺える。[要出典]
ただ、最近は地域に根付いた市民球団の創設が増えている。2002年のW杯以降、仁川・大邱・慶南・尚武の4チームがあらたにKリーグに参入したが、軍隊クラブの尚武以外の3クラブは地方自治体が主体となって創設された市民球団であり、企業チームの新規参入はない。
2004年のシーズン開幕時には、安養LGチーターズが安養市からソウルにフランチャイズを移し、クラブ名を「FCソウル」に変更し、10年ぶりに首都・ソウルにホームタウンを置くサッカークラブが誕生した。また2006年度シーズンから慶尚南道(昌原市など)をホームタウンとする新クラブ・慶南FCが参加する他、富川SKのホームタウン移転に伴い済州島に初めて誕生したサッカークラブ「済州ユナイテッド」も出場した。
2011年からは光州広域市を本拠地とする市民クラブ「光州FC」が参加し、前年まで光州広域市を本拠地としていた「光州尚武FC」は尚州市に移転した。
2013年からの2部制導入に伴う新加入クラブは京畿道を本拠地にしたクラブが多い中、忠清北道から初のKリーグクラブとなる「忠州ヒュンメル」が加入している。
選手育成 [編集]
過去において、Kリーグではヨーロッパのような育成組職は多くなく、優秀な人材は高校や大学、実業団に所属する選手からセレクトしてきた。大抵の選手は大学卒業後、Kリーグのクラブ入りする。高校卒業後、大学1年生在学中に、いきなりJリーグの京都パープルサンガ入りした朴智星のような例は、当地では異例中の異例であった。しかし、Jリーグを背景に長足の進化を遂げた日本に刺激を受け、近年ではサッカー協会がKリーグのクラブにユース組織結成を促すなど、選手育成システムの改善に力を入れている。
新人選手の獲得については、長らくドラフト制度が実施されてきた。大きく一般指名制度(通常のドラフトシステム)と縁故提携高校からの指名制度(フランチャイズに近い高校から優先的に指名する制度)があったが、2002年に廃止された。しかし、選手の年俸の高騰による各球団の経営難等を理由に2006年度からドラフト制度が復活した(「時代に逆行している」との世論の批判があり、ドラフト制は有力選手の海外流出を加速するだけで実効性が乏しいという意見もある。事実、有望な若手選手は、Jリーグのチームに移籍することも多い。これは、Kリーグの年俸に比べて、2部リーグであっても、Jリーグの年俸の方が比較的高く、日本側からしても、有望な韓国人選手を安く獲得できるというメリットがある。)。
また、韓国には兵役があるため、この期間中に選手としてのキャリアが中断される事が一つの問題となっている。入営期間中にプレー出来るクラブとして尚武と警察庁の2つがあるが、定員が限られているため、全ての選手がプレーできるわけではない。(韓国サッカー協会は軍隊入隊による選手の早期現役引退を防ぎ、選手のプレー機会の拡充のため軍隊チームを現在の尚武1クラブから陸軍・海軍・空軍各1クラブずつ計3クラブに増やすことを長年主張しているが、政府の同意を得るにいたっていない。)なお,軍関連チームへの入団には年齢制限があり,尚武は27歳,警察庁は30歳を超えると入団できない。
外国人選手 [編集]
2009年からKリーグにおいてもアジア枠(アジアクォーター制)が導入された。2012年シーズンは、馬場憂太、島田裕介といった日本人選手が在籍している。なお朝鮮民主主義人民共和国国籍選手は自国枠扱いとなり、外国人選手とはならない。また、外国人選手をゴールキーパーとして登録・出場させることはできない。
試合方式 [編集]
2006年 [編集]
14チームによる年間2回総当り。それを1回ずつに区切って前期と後期(13試合ずつ)に分けてステージ順位を決める。各ステージの1位クラブと、それ以外のチームでの年間通算成績上位2クラブ(ワイルドカード)の4クラブがレギュラーシーズン終了後の11月に行う決勝トーナメント(プレーオフ)にこまを進める。
プレーオフは前期1位とワイルドカード1位、後期1位とワイルドカード2位が1試合のみで対戦。(ホームはそれぞれのステージ1位チームの本拠地で)その勝者により、ホーム・アンド・アウェー方式の決勝戦を戦う。
2007年 - 2011年 [編集]
前期・後期の2ステージ制を廃止。 全クラブが2回総当りのリーグ戦を実施し,その年間総合成績上位6チームがプレーオフのトーナメントに進出。
プレーオフはリーグ戦の年間成績で3位-6位、4位-5位で1回戦を実施し、その勝者同士で2回戦を行う。2回戦の勝者とリーグ戦年間成績2位のクラブが準決勝で対戦し、その準決勝の勝者とリーグ戦年間成績1位のクラブでチャンピオン決定戦を開催して優勝クラブを決める。
1回戦から準決勝までは一発勝負。決勝のみホーム・アンド・アウェー。
AFCチャンピオンズリーグ出場権は、レギュラーシーズン1位と2位及びプレーオフ2回戦の勝者が獲得する。なお,2012年度はチャンピオンズリーグ出場枠の変更があり,韓国は4→3.5に縮小された。(このため,2011年リーグ最終順位が3位となった浦項スティーラーズは,本大会1次リーグ開幕前の2012年2月18日に本大会出場権をかけた予選を勝ち抜かなければならなくなった。)
2012年 [編集]
スコティッシュ・プレミアリーグに倣った「スプリット・システム」を導入し、まず各チーム2回総当りのリーグ戦を行なった後に上位8チームと下位8チームにグループ分けして各2回総当りのセカンドラウンドを行なう。上位リーグの1位が年間優勝となり、上位3位までがAFCチャンピオンズリーグへの出場権を獲得する[9]。また、下位リーグからは2部への降格チームが決定される。(リーグ戦試合数の大幅増加のため,2012年度リーグカップ戦は廃止された。)
2013年 [編集]
[10] 前年度のスプリットシステムを踏襲する形で、14チームによる2回総当たり(26節)の1次リーグと、その後成績の上位(1-7位)と下位(8-14位)の7チームに分かれたグループ内2回総当たり(13節・12試合)による決勝リーグの1チーム38試合で構成する。リーグ優勝とAFCチャンピオンズリーグへの出場権獲得の条件・扱いは前年に同じ
Kリーグクラシックの13・14位クラブは2014年度はKリーグチャレンジ(2部)に降格。またKリーグからの自動昇格はなく、Kリーグクラシック12位クラブとKリーグチャレンジ優勝クラブによるホーム・アンド・アウェー方式の入れ替え戦を12月に行う(第1レグはKリーグチャレンジ優勝クラブ、第2レグはKリーグクラシック12位クラブの主催)。
KリーグクラシックからKリーグチャレンジに初めて降格するクラブについては、運営面での支障をきたさない範囲での支援金が支給される。通常は降格した最初のシーズンは5億ウォン、2年目は3億ウォンであるが、2013年度については2012年度の降格した光州FCに対し、8億ウォンを一括支給するとしている。なおこれは期限付きの制度で2016年度までとなっている。再昇格後再び降格となった場合は支給されない。
過去のリーグフォーマット [編集]
| 年 | リーグ名[1] | チーム数 | 試合数 | フォーマット |
|---|---|---|---|---|
| 1983 | スーパーリーグ | 5 | 16 | 単一リーグ |
| 1984 | 8 | 28 | 単一リーグ+上位2チームプレーオフ | |
| 1985 | 8 | 21 | 単一リーグ | |
| 1986 | サッカー大祭典 | 6 | 10×2 | 前後期リーグ+チャンピオンシップ |
| 1987 | 韓国プロサッカー大会 | 5 | 32 | 単一リーグ |
| 1988 | 5 | 24 | 単一リーグ | |
| 1989 | 6 | 40 | 単一リーグ | |
| 1990 | 6 | 30 | 単一リーグ | |
| 1991 | 6 | 40 | 単一リーグ | |
| 1992 | 6 | 30 | 単一リーグ | |
| 1993 | 6 | 30 | 単一リーグ | |
| 1994 | ハイト杯コリアンリーグ | 7 | 30 | 単一リーグ |
| 1995 | 8 | 14×2 | 前後期リーグ+チャンピオンシップ | |
| 1996 | ラピドカップ | 9 | 16×2 | 前後期リーグ+チャンピオンシップ |
| 1997 | 10 | 18 | 単一リーグ | |
| 1998 | 現代カップKリーグ | 10 | 18 | 単一リーグ+上位4チームプレーオフ |
| 1999 | BUY KOREAカップ Kリーグ | 10 | 27 | 単一リーグ+上位4チームプレーオフ |
| 2000 | サムスンデジタルKリーグ | 10 | 27 | 単一リーグ+上位4チームプレーオフ |
| 2001 | POSCO Kリーグ | 10 | 27 | 単一リーグ |
| 2002 | サムスンPAVV Kリーグ | 10 | 27 | 単一リーグ |
| 2003 | サムスンハウゼン Kリーグ |
12 | 44 | 単一リーグ |
| 2004 | 13 | 12×2 | 前後期リーグ+上位4チームプレーオフ | |
| 2005 | 13 | 12×2 | 前後期リーグ+上位4チームプレーオフ | |
| 2006 | 14 | 13×2 | 前後期リーグ+上位4チームプレーオフ | |
| 2007 | 14 | 26 | 単一リーグ+上位6チームプレーオフ | |
| 2008 | 14 | 26 | 単一リーグ+上位6チームプレーオフ | |
| 2009 | Kリーグ[11] | 15 | 28 | 単一リーグ+上位6チームプレーオフ |
| 2010 | ソナタKリーグ | 15 | 28 | 単一リーグ+上位6チームプレーオフ |
| 2011 | 現代オイルバンクKリーグ | 16 | 30 | 単一リーグ+上位6チームプレーオフ |
| 2012 | 16 | 30+14 | 単一リーグ+上位・下位リーグ | |
| 2013 | 現代オイルバンクKリーグクラシック | 14 | 26+12 | 単一リーグ+上位・下位リーグ |
歴代優勝クラブ [編集]
クラブ別優勝回数 [編集]
過去に年間優勝を達成した回数。
| クラブ名 | 回数 | 年 |
|---|---|---|
| 城南一和天馬 | 7 | 1993,1994,1995,2001,2002,2003,2006 |
| FCソウル | 5 | 1985,1990,2000,2010,2012 |
| 釜山アイパーク(大宇) | 4 | 1984,1987,1991,1997 |
| 浦項スティーラース | 4 | 1986,1988,1992,2007 |
| 水原三星ブルーウィングス | 4 | 1998,1999,2004,2008 |
| 蔚山現代FC | 2 | 1996,2005 |
| 全北現代モータース | 2 | 2009,2011 |
| 高陽HI FC(ハレルヤ) | 1 | 1983 |
| 済州ユナイテッドFC(油公) | 1 | 1989 |
参考文献 [編集]
- South Korea - List of Champions. RSSSF.
- ^ a b c “Kリーグ > 歴代記録”. 大韓サッカー協会. 2009年4月2日閲覧。
- ^ a b c 大島裕史 『日韓キックオフ伝説 ワールドカップ共催への長き道のり』 集英社、2002年、348-352頁。
- ^ 康煕奉 『日韓サッカー―反目から共生へ』 新幹社、2001年、86-87頁。
- ^ a b “第2部 Kリーグの過去と現在 第1回 アジア初のプロサッカーリーグの誕生”. SOCCER CLICK. 2009年4月2日閲覧。
- ^ a b c “Kリーグ > インフォメーション”. 大韓サッカー協会. 2009年4月2日閲覧。
- ^ a b c “第2部 Kリーグの過去と現在 第3回 Kリーグ人気低迷の原因を探る”. SOCCER CLICK. 2009年4月2日閲覧。
- ^ 26年間待った‘1万号ゴール’がオウンゴールとは… - 中央日報
- ^ “프로축구 2부리그 추진… 현행 승격제 폐지” (韓国語). dongA.com (2008年3月7日). 2009年4月2日閲覧。
- ^ 2012年当初の韓国の出場枠は「3.5」で上位3位は同リーグ出場プレーオフに回ることになっていたが、後に「4」に改められた
- ^ 出典大韓民国サッカー協会 Kリーグ・クラシック、3月2日開幕。9カ月間熱戦(2013年1月17日 同1月30日閲覧)
- ^ チャンピオンシップのみ「ソナタKリーグチャンピオンシップ」として開催
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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