高宗秀
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| 名前 | |||||||
| 愛称 | 韓国のファンタジスタ | ||||||
| カタカナ | コ・ジョンス | ||||||
| ラテン文字 | KO Jong-soo | ||||||
| ハングル | 고종수 | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1978年10月30日(33歳) | ||||||
| 出身地 | |||||||
| 身長 | 176cm | ||||||
| 体重 | 72kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| ポジション | MF | ||||||
| 利き足 | 左 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 | |||||||
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| 監督歴 | |||||||
| 2011 2011- |
水原三星BWU-18(コーチ) 水原三星BW(トレーナー) |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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高宗秀(コ・ジョンス、고종수、1978年10月30日 - )は大韓民国出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。
目次 |
[編集] 略歴
ユース時代はアンファンテリブル(悪童)と呼ばれ、その後も韓国には少ないファンタジスタ型の選手として期待され続けてきた存在である。
日韓ワールドカップで韓国代表から漏れたあたりからか、故障も重なって急速に力を落とす。
その後、Jリーグの京都へ移籍。京都では欧州へと移籍した朴智星の穴を埋める選手と期待されたが、故障明けで体は重く往年のキレも失っている状態が続き、エンゲルス監督からの信頼を得られなかった。シーズン途中9月で契約解除される。
翌年、韓国・水原三星ブルーウィングスに復帰する。リハビリのための練習態度の粗雑さなどで監督やチームとは揉めに揉める。当時のマスコミにつけられたあだ名は"ピッチの風雲児"である。挙句、任意脱退選手として公示される。事実上の休職扱いである。
引退を考えるまで追い込まれたが結局残留し、その後に全南へと放出された。トレード相手は全南の看板選手、金南一だった。
2005-2006年は全南ドラゴンズで再起を期すものの、思うような結果は得られず、2007年には再び大田シチズンに移籍。
2011年に古巣水原の18才以下チームのコーチを経てトップチームのトレーナーに就任した。アジアチャンピオンズリーグ準決勝対アルサッド戦において乱闘騒ぎに加わり、AFCから6試合分のベンチ入り禁止処分を受けた。
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 韓国 | リーグ戦 | リーグ杯 | FA杯 | 期間通算 | |||||||
| 1996年 | 水原三星 | Kリーグ | 11 | 1 | 3 | 0 | |||||
| 1997年 | 7 | 1 | 8 | 2 | |||||||
| 1998年 | 19 | 3 | 1 | 0 | |||||||
| 1999年 | 22 | 14 | 2 | 7 | 2 | ||||||
| 2000年 | 8 | 4 | 5 | 3 | |||||||
| 2001年 | 12 | 5 | 8 | 5 | |||||||
| 2002年 | 20 | 4 | 0 | 0 | |||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2003年 | 京都 | 30 | J1 | 13 | 1 | 3 | 1 | - | 16 | 2 | |
| 韓国 | リーグ戦 | リーグ杯 | FA杯 | 期間通算 | |||||||
| 2004年 | 水原三星 | Kリーグ | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | |
| 2005年 | 全南 | 11 | 1 | 5 | 1 | 0 | 0 | 16 | 2 | ||
| 2007年 | 大田 | 11 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 12 | 1 | ||
| 2008年 | 13 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 16 | 1 | |||
| 通算 | 韓国 | Kリーグ | 131 | 23 | 40 | 14 | |||||
| 日本 | J1 | 13 | 1 | 3 | 1 | - | 16 | 2 | |||
| 総通算 | 144 | 24 | 43 | 15 | |||||||
[編集] 受賞歴
- 1997年 アディダスカップ 最多アシスト王
- 1998年 Kリーグ 最優秀選手賞
- 1998年 スポーツソウル 最高の人気賞
- 1998年 98シーズン ベストイレブン選定
- 1999年 99シーズン ベストイレブン選定
- 2000年 アディダスカップ 得点王
- 2001年 スポーツトゥディ 今年の人気賞
- 2001年 AFC選定 今月の選手賞(3月度)
- 2001年 ナイキKリーグオールスター戦 最多得票
[編集] 代表歴
- 1994年 U-16韓国代表
- 1995年 U-17韓国代表
- 1996年 U-19韓国代表
- 1996年 アトランタオリンピック 代表候補
- 1997年 オーストラリア4ヶ国 代表
- 1997年 フランスW杯アジア地区予選 代表
- 1998年 キングスカップ 代表
- 1998年 ダイナスティカップ 代表(全試合出場)
- 1998年 フランスW杯 代表(全試合出場)
- 1998年 U-20韓国代表
- 2001年 アクセンチュアドリームサッカー 韓日選抜
- 2001年 カールスバーグカップ 代表
[編集] その他
- 先輩や目上の人間を絶対視する韓国では目立つ(浮いた)存在だった。
- かつて65kg前後だった体重は日本に来たときには72kgまで増え人相まで変わっていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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