金英權

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
金 英權 Football pictogram.svg
Kim Young-Gwon 2013.09.06.jpg
2013年9月、親善試合「韓国ハイチ」にて
名前
本名 金 英權
愛称 ファイバー (화이바[注 1])
カタカナ キム・ヨングォン (ヨングン)
ラテン文字 KIM Young Gwon
ハングル 김영권
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国
生年月日 1990年2月27日(24歳)
出身地 全州市
身長 187cm[3]
体重 74kg
選手情報
在籍チーム 広州恒大足球倶楽部
ポジション DF
背番号 28
利き足 左足[4]
ユース
2002-2004 全州海星中学校[4][5]
2005-2007 全州工業高等学校[4][5]
2008-2009 全州大学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010 FC東京 23 (0)
2011-2012 大宮アルディージャ 40 (0)
2012- 広州恒大 33 (2)
代表歴2
2008-2009  韓国 U-19/20
2010-2012  韓国 U-21/22/23
2010- 韓国の旗 韓国 24 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2014.08.12現在。
2. 2014.08.12現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

金 英權 (キム・ヨングォン、ハングル: 김영권1990年2月27日 - ) は、大韓民国出身のサッカー選手中国スーパーリーグ広州恒大足球倶楽部所属。ポジションはディフェンダー(CB、左SB)。

来歴[編集]

大学時代[編集]

13歳でサッカーを始め、通学先の全州海星中学校のサッカー部でプレーした[4]全州工業高等学校を経て、2008年全州大学校へ入学してサッカー部に入部。大学1年次にサッカー部での活動と並行する形でフットサルを始めると、狭いスペースでの素早い判断と正確なボールタッチを必要とされることで技術を高め[6]、韓国にて全国大会への出場を経験した他、フットサルリーグで2009年度の得点王となった[7][8]。リーグ戦終了の2ヶ月後にフットサル韓国代表に選出され、同年10-11月にベトナム国内で開催されたアジアインドアゲームズに出場した。後にインタビューにて、「フットサルで習得した技がサッカーで生かすことができるんじゃないかと思って」続けてきたと語っている[8]

2年次在学中の2009年セルビアベオグラードにて開催された第25回ユニバーシアード競技大会の韓国代表に招集され出場。また、U-20韓国代表にも選ばれ2009 FIFA U-20ワールドカップに出場、チームの主力としてベスト8進出に貢献した。このU-20W杯でのプレーがFC東京の目に留まり[9][10]、同年11月から訪日し練習に参加、翌2010年シーズンからの正式入団が決定した[11]

FC東京[編集]

FC東京での登録名はキム ヨングンとなった。

Jリーグ第3節C大阪戦でJリーグ初出場。左SBCBで起用され、2010年6月6日ナビスコカップ第6節京都戦では直接フリーキックによるゴールを挙げた[12][13]。同年7月には自身にとって初のフル代表入りを果たし[14]、対ナイジェリア戦で3バックの左CBとして先発出場。若くしての活躍に「李正秀趙容亨郭泰輝の長所を併せ持つ選手が育っている」とも評された[6]。11月、U-21韓国代表として広州アジア大会に出場。趙広来韓国A代表監督は、2014 FIFAワールドカップを見据えて金や洪正好を育てると公言しており[15]、12月にはAFCアジアカップ2011予備登録メンバーに選出されるも、天皇杯準々決勝参加のために直前合宿を途中離脱したことや[16]守備陣に経験を求めたことから[15]本登録はされなかった[注 2]

大宮アルディージャ[編集]

2011年にJ1の大宮アルディージャへ完全移籍[17]。J1でもトップクラスと評されたフィード[18]を武器に活躍。大宮ではプレースキッカーも務めた。韓国代表では、AFCアジアカップ2011を最後に李榮杓が引退して以降、李の後継として[19][20]左SBでも起用された[注 3]。6月3日のセルビアとの親善試合では、代表初得点を挙げMOMに選出された[23]

2012年6月、ロンドンオリンピックに臨むU-23韓国代表に選出された[24]

広州恒大[編集]

Jリーグでのプレーぶりをマルチェロ・リッピから評価され[25]、2012年7月、リッピが監督を務める中国超級リーグ広州恒大足球倶楽部へ完全移籍[26]。チーム合流前に臨んだオリンピックでは、CBで金とパートナーを組む候補として挙げられていた洪正好張賢秀の2人が負傷によりメンバーから外れたことで、ディフェンスリーダーとして重責を担うことになったが[27][28]、打点の高いヘディングと正確なロングパスで守備陣をリード[29]。銅メダル獲得に貢献した。

広州では趙源熙(韓国籍)に代わってAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメントのメンバーに登録され[注 4]アル・イテハド戦でACL初出場を記録するも大敗を喫した。主力の一人として国内リーグでの3冠を達成。

2013年4月、長春亜泰足球倶楽部戦において黄博文のフリーキックにヘディングで合わせ、中国リーグでの初得点を記録[30]。リーグ戦と平行開催のACLでは全試合に出場し[31]馮瀟霆と共に[32]冷静な守備で[33]優勝に貢献した。A代表では、世代別代表でも金を指導した洪明甫(同年6月監督就任)の下で、再び洪正好と共にCBの主力として[34]プレーを続けた。

エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2010 FC東京 17 J1 23 0 6 1 2 0 31 1
2011 大宮 20 27 0 2 1 0 0 29 1
2012 13 0 3 1 - 16 1
中国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2012 (en 広州 28 超級 7 0 0 0 4 0 11 0
2013 (en 26 2 0 0 4 0 30 2
2014 (en
通算 日本 J1 63 0 11 3 2 0 76 3
中国 超級 33 2 0 0 8 0 41 0
総通算 96 2 11 3 10 0 117 5
出場歴
その他の公式戦
国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2012 広州 28 2 0 -
2013 14 0 3 0
2014
通算 AFC 16 0 3 0
その他の国際公式戦

代表歴[編集]

出場大会など[編集]

試合数[編集]


韓国代表 国際Aマッチ
出場 得点
2010 2 0
2011 5 1
2012 1 0
2013 10 0
2014 6 0
通算 24 1

タイトル[編集]

韓国代表
FC東京
広州恒大足球倶楽部

脚注[編集]

[ヘルプ]
注釈
  1. ^ 鉄帽のこと[1]金泰映U-23代表コーチが名付けた[2]
  2. ^ 同様に洪正好も本登録から外れたが、後に朴主永の負傷によって追加招集された。
  3. ^ 趙代表監督は左SBで起用する意図について、「(金が入ることで守備的になる左サイドと、攻撃的な右サイド[20]とで)両サイドがアンバランスに動くのも、相手を混乱させる」とコメント[21]。金は世代別代表との重複があるが、左SBの人材難から「(A代表に)必ず必要な選手」であるとしていた[22]
  4. ^ ACLでは、外国籍選手3名、AFC加盟国または地域の国籍保持者に限ってさらに1名を登録することができる。広州はムリキダリオ・コンカルーカス・バリオス、金の4名を登録した。
出典
  1. ^ [외래어]화이바/김선철(朝鮮語)hani.co.kr、2009.06.16
  2. ^ 단짝 홍정호-김영권, “복수혈전” 두바이 결의(朝鮮語)東亜日報、2011.11.06
  3. ^ 5 KIM Younggwon(英語)国際サッカー連盟
  4. ^ a b c d e 週刊サッカーダイジェスト 選手名鑑 2012 J1&J2』 日本スポーツ企画出版社東京都2011年、p.110。ISBN 4910239980324。
  5. ^ a b c 2012 전북체육계 화제의 인물(朝鮮語) 全北日報 2012.12.25付記事
  6. ^ a b ‘풋살왕’ 출신 김영권、조광래팀‘수비왕’예약이오(朝鮮語)中央日報、2010.09.06
  7. ^ 홍명보호 수비수, 풋살 대표팀 공격수로 뜁니다(朝鮮語)yahoo!Korea news 2009.10.28
  8. ^ a b 「韓流DFに訊く FILE #1 キム・ヨングン」、『エル・ゴラッソ関西版』821 (2010.2.10発行)、スクワッド、2010年、 pp. 10-11。
  9. ^ 韓国「金」の卵獲り! U20代表DF金英權…F東京 - ウェイバックマシン(2009年11月2日アーカイブ分) スポーツ報知 (2009年11月1日)
  10. ^ 東京がU-20韓国代表CB獲得 東京中日スポーツ 2009.11.01
  11. ^ キム ヨングン選手 加入決定のお知らせ - ウェイバックマシン(2010年1月25日アーカイブ分) FC東京 2010.01.22
  12. ^ 【試合詳報】ヨングン プロ1号決勝FK弾 vs.京都 東京中日スポーツ (2010年6月7日)
  13. ^ <東アジア杯> 金珍洙・金英権、韓国代表の新兵器に浮上…Jリーガー出身 中央日報 (2013年7月22日)
  14. ^ 韓国代表vsナイジェリア戦(8/11vsナイジェリア代表@水原ワールドカップ競技場)メンバー キム ヨングン選手選出のお知らせ - ウェイバックマシン(2012年7月15日アーカイブ分) FC東京 2010.07.29
  15. ^ a b 조광래호 중앙 수비 '형님'들, 승리의 키(key) 증명? (朝鮮語)ジョイニュース24 2010.12.31
  16. ^ 조광래호, 명지대 상대로 템포축구 시험...4-0 승리 (朝鮮語) ジョイニュース24、2010.12.16
  17. ^ 金英權選手、FC東京より完全移籍加入のお知らせ - ウェイバックマシン(2011年1月3日アーカイブ分) 大宮アルディージャ 2010.12.31
  18. ^ 日本サッカー世界への挑戦 (大住良之) 日本経済新聞、2011.03.04
  19. ^ [온두라스전]박지성-이영표 공백 메워질까 (朝鮮語) スポーツ朝鮮、2011.03.25
  20. ^ a b [와이드인터뷰]김영권,“대표팀과 올림픽대표팀 모두 결과 남기고 싶다”(朝鮮語)大韓サッカー協会 (2011年8月9日)
  21. ^ サッカー:面白くなってきた韓国代表の戦術 朝鮮日報、2011.06.09
  22. ^ チョ技術教育部局長、「選手選出重複問題、互いにウィン・ウィンできる方法を模索したい」 大韓サッカー協会 2011.05.11
  23. ^ 조광래호 세르비아전 2-1 승리, 결승골넣은 김영권 MVP에 선정 (朝鮮語) 京畿北部日報、2011.06.04
  24. ^ キム ヨングォン選手 ロンドンオリンピック韓国代表メンバー選出のお知らせ 大宮アルディージャ 2012.06.29
  25. ^ a b 연예올림픽동메달주역김영권 "톱모델5년간짝사랑해 (朝鮮語)wowtv (2013年3月21日)
  26. ^ キム ヨングォン選手 広州恒大へ完全移籍のお知らせ 大宮アルディージャ 2012.07.02
  27. ^ 김영권, 올림픽대표팀의 새로운 수비리더(朝鮮語)大韓サッカー協会 (2012年7月14日)
  28. ^ '파트너 둘 잃은' 김영권 "부담감 있지만 빨리 털어내겠다"(朝鮮語)スポーツ朝鮮 (2012年7月12日)
  29. ^ 홍명보호의 `위대한 발굴`은 바로 `포백 수비`(朝鮮語)韓国経済新聞 2012.08.11
  30. ^ 김영권, 강력 헤딩슛으로 中 리그 첫 골(朝鮮語) SportalKorea (2013年4月21日)
  31. ^ <AFC축구> 김영권 "우승은 더 성장하는 계기"(朝鮮語)聯合ニュース (2013年11月10日)
  32. ^ Youngsters boosting Guangzhou's hopes(英語)FIFA (2013年9月16日)
  33. ^ ‘아시아 No.1’ 김영권, 1년 전 선택은 현명했다(朝鮮語) 毎日経済 (2013年11月10日)
  34. ^ a b 환상의 짝궁 홍정호-김영권 호주전 출격(朝鮮語)東亜日報 (2013年7月19日)
  35. ^ 김영권 "동메달, 정호에게 바친다"(朝鮮語)jbnews (2012年8月11日)
  36. ^ a b c d e f g "이번엔 원정 월드컵 8강이다" 홍명보호의 23인은(朝鮮語) SPORTS Q (2014年5月9日)

関連項目[編集]


外部リンク[編集]