ルーカス・バリオス

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ルーカス・バリオス Football pictogram.svg
Lucas Barrios 2013.jpg
名前
本名 Lucas Ramón Barrios Cáceres
愛称 パンサー[1]
カタカナ ルーカス・ラモン・バリオス・カセレス
ラテン文字 Lucas BARRIOS
基本情報
国籍 パラグアイの旗 パラグアイ
生年月日 1984年11月13日(29歳)
出身地 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス
身長 187cm
体重 83kg
選手情報
在籍チーム ロシアの旗 FCスパルタク・モスクワ
ポジション FW
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2004
2004-2005
2005
2006
2006-2007
2007
2008-2009
2009-2012
2012-2013
2013-
アルゼンチンの旗 ティグレ(Loan)
アルゼンチンの旗 アルヘンティノス・Jrs
チリの旗 テムコ
アルゼンチンの旗 ティロ・フェデラル
チリの旗 CDコブレロア
メキシコの旗 アトラス
チリの旗 コロコロ
ドイツの旗 ドルトムント
中華人民共和国の旗 広州恒大
ロシアの旗 スパルタク・モスクワ
15 0(5)
32 0(2)
28 (12)
12 0(1)
39 (26)
14 0(1)
53 (49)
65 (35)
代表歴2
2010- パラグアイの旗 パラグアイ 18 0(6)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年7月13日現在。
2. 2011年7月13日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ルーカス・バリオス(Lucas Barrios, 1984年11月13日 - )はアルゼンチンブエノスアイレス出身のサッカー選手FCスパルタク・モスクワに所属する。ポジションはフォワード

代表でも所属チームでも、ユニフォームネームをファーストネームの「ルーカス(LUCAS)」としている。

経歴[編集]

クラブ[編集]

南米やメキシコのクラブを渡り歩いた後、移籍金420万ユーロでボルシア・ドルトムントへ移籍[1]。1年目からレギュラーに定着し19得点を挙げた。2010-11シーズンは前年よりは減ったもののチーム最多の16得点を挙げ、ドルトムントの攻撃の中心としてブンデスリーガ制覇に貢献した[1]。 しかし、2011-12シーズンは故障の影響からロベルト・レヴァンドフスキにスタメンを奪われた。冬の移籍市場での放出も噂されたが残留。チームはブンデスリーガ2連覇を果たす。 2012年5月、広州恒大への移籍が発表された。移籍金は850万ユーロ。契約は4年間で6月1日からの加入になる。

しかし、出場機会があまり訪れす、給料未払いなどの問題もあったため退団を表明[2]、2013年8月10日、FCスパルタク・モスクワへの移籍が発表された[3]

代表[編集]

母親がパラグアイ人のため2010年4月にパラグアイ国籍を取得し、5月4日パラグアイ代表に初選出された。2010 FIFAワールドカップパラグアイ代表にも選ばれ、主将となった[4](ただしゲームキャプテンはフスト・ビジャールが務めている)。同月26日の親善試合・アイルランド戦で初出場を果たし、初得点も挙げた。ワールドカップでは無得点に終わったものの全5試合に出場し、パラグアイの初のベスト8進出に貢献した。

コパ・アメリカ2011でもレギュラーとして全試合に出場。グループリーグのベネズエラ戦の1得点のみに終わったものの、パラグアイの準優勝に貢献した。しかし決勝のウルグアイ戦で負傷してしまい、開幕を控えたブンデスリーガの序盤戦の欠場を余儀なくされた。

プレースタイル[編集]

両足やヘディングによる得点力だけでなく、フィジカルを活かしたボールのキープやオフ・ザ・ボールの動きで、味方にスペースを与える能力に長けている[1]

エピソード [編集]

  • 2010 FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦の日本戦では、試合終了後に本田圭佑とユニホーム交換を行った。
  • 2011年10月9日の『CLマガジン』よれば、南米選手特有のお喋りな選手とのこと[5]

所属クラブ[編集]

獲得タイトル[編集]

クラブ[編集]

チリの旗 CSDコロコロ
ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント

個人[編集]

  • プリメーラ・ディビシオン得点王:2008アペルトゥーラ、2008クラウスーラ
  • IFFHS年間最多得点:2008
  • パラグアイ年間最優秀選手:2010

出典[編集]

外部リンク[編集]