増川隆洋
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| 名前 | ||||
| 愛称 | マス | |||
| カタカナ | マスカワ タカヒロ | |||
| ラテン文字 | MASUKAWA Takahiro | |||
| 基本情報 | ||||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1979年11月8日(32歳) | |||
| 出身地 | 兵庫県姫路市 | |||
| 身長 | 191cm | |||
| 体重 | 93kg | |||
| 選手情報 | ||||
| 在籍チーム | 名古屋グランパスエイト | |||
| ポジション | DF | |||
| 背番号 | 5 | |||
| 利き足 | 右足 | |||
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増川 隆洋(ますかわ たかひろ、1979年11月8日 - )は、兵庫県姫路市出身のサッカー選手。名古屋グランパスエイト所属、ポジションはディフェンダー。
目次 |
[編集] 来歴
小学校3年生時に津田SCでサッカーを始める。姫路市立飾磨西中学校、姫路市立琴丘高等学校、大阪商業大学と進学し、卒業時に複数のクラブの入団テストを受けたが、右膝半月板損傷などの故障の影響から不合格。8月に大学OBである中村重和がアビスパ福岡の監督に就任した際に、練習生として所属することとなった。なお、播戸竜二は高校時代の同級生、嶋田正吾は大学の同期である。
2003年にアビスパ福岡に正式に加入。3月15日、第1節水戸戦(博多の森球技場)で初出場した[1]。本職のミッドフィールダーだけでなく、長身を活かしてフォワードとしても出場した[2]が、目立った活躍は残せなかった。
2004年にはセンターバックにコンバートされ[3]、45試合に出場した。5月19日、第13節大宮戦(さいたま市大宮公園サッカー場)で初得点を挙げた[1]。
2005年に名古屋グランパスエイトへ完全移籍。移籍後は怪我も多く本調子ではないシーズンも続いたが、不動のセンターバックとして守備陣に欠かせない存在となった[4]。2009年からは移籍した米山篤志から背番号5を受け継いだ。2010年は浦和から移籍の田中マルクス闘莉王とセンターバックを形成し、チームのリーグ初優勝に貢献。さらにこの年のJリーグアウォーズではDF部門で闘莉王、槙野智章に次ぐ第3位の得票を集めて自身初のベストイレブンに選出された。
[編集] プレイスタイル
191cmの恵まれた体躯と、俊敏で持久力もある豊富な運動量が持ち味。自分の体を投げ出してでも相手のシュートをブロックする[3]。大学時代は主にミッドフィルダーとしてプレイし、2000年には関西学生選抜、関西学生サッカーリーグ2部のベストイレブンに選ばれた。プロ入り当初のポジションも守備的ミッドフィールダーであったが、大学時代から当たり強さを買われてフォワードとしても出場していた[5]。
元々ミッドフィールダーの選手であったゆえに足元のボール捌きも上手く[2]、プロ入り後複数のポジションを経験していることから、松田浩からは「GK以外ならどのポジションでもこなす」などとと高い評価を得ており[3]、増川自身もプレイスタイルを「オールマイティ、ユーティリティ」としている[1]。
空中での競り合いには自信を見せており、垂直飛びは60cmは超えるとしているが、本人曰く、ヘディングより足の方が得意というほど、以前は、ヘディングをさほど得意とはしていなかったようである[5]。福岡時代にはフリーキックも蹴っており、その威力は柳楽智和が「まともに当たったら、マジ死にます」と脱帽したほど[3]。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
- 1992年 - 1994年 姫路市立飾磨西中学校
- 1995年 - 1997年 姫路市立琴丘高等学校
- 1998年 - 2001年 大阪商業大学
プロ経歴
- 2002年 - 2004年 アビスパ福岡 ※2002年は練習生
- 2005年 - 名古屋グランパスエイト
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2003 | 福岡 | 26 | J2 | 11 | 0 | - | 3 | 1 | 14 | 1 | |
| 2004 | 18 | 43 | 4 | - | 2 | 1 | 45 | 5 | |||
| 2005 | 名古屋 | 16 | J1 | 22 | 0 | 6 | 0 | 0 | 0 | 28 | 0 |
| 2006 | 23 | 0 | 5 | 1 | 2 | 0 | 30 | 1 | |||
| 2007 | 15 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 16 | 2 | |||
| 2008 | 27 | 2 | 9 | 1 | 2 | 0 | 38 | 3 | |||
| 2009 | 5 | 27 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 32 | 0 | ||
| 2010 | 32 | 1 | 4 | 0 | 2 | 0 | 38 | 1 | |||
| 2011 | 33 | 1 | 2 | 0 | 4 | 2 | 38 | 3 | |||
| 2012 | |||||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 179 | 6 | 28 | 2 | 14 | 2 | 221 | 10 | |
| 日本 | J2 | 54 | 4 | - | 5 | 2 | 59 | 6 | |||
| 総通算 | 233 | 10 | 28 | 2 | 19 | 4 | 280 | 16 | |||
- 2004年
- J1・J2入れ替え戦 2試合0得点
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2009 | 名古屋 | 5 | 7 | 0 |
| 2011 | 6 | 0 | ||
| 2012 | ||||
| 通算 | AFC | 13 | 0 | |
[編集] 個人タイトル
- Jリーグベストイレブン (2010年)
[編集] 脚注
- ^ a b c 名古屋グランパス. “選手データ 増川隆洋”. 2009年12月24日閲覧。
- ^ a b ひかりTV (2009年). “サカピポ27回 増川隆洋(名古屋/DF)『その男、規格外につき』”. 2009年12月24日閲覧。
- ^ a b c d 西日本スポーツ (2004年4月24日). “今季初スタメン 増川95キロ重戦車 規格外パワーで敵粉砕だ!”. 2009年12月24日閲覧。
- ^ 中日スポーツ (2009年3月5日). “増川、DFラインけん引 フル回転して攻撃につなげる”. 2009年12月24日閲覧。
- ^ a b 中日スポーツ (2007年3月2日). “増川、“ダンクヘッド”決める! 長身+ジャンプ力=2m50cm”. 2009年12月24日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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