興梠慎三
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
興梠 慎三 |
 |
|
| 名前 |
| カタカナ |
コウロキ シンゾウ |
| ラテン文字 |
KOROKI Shinzo |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1986年7月31日(25歳) |
| 出身地 |
宮崎県宮崎市 |
| 身長 |
175cm |
| 体重 |
67kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
鹿島アントラーズ |
| ポジション |
FW |
| 背番号 |
13 |
| 利き足 |
右足 |
| クラブチーム1 |
|
|
| 代表歴 2 |
| 2008- |
日本 |
12 (0) |
|
1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月23日現在。
2. 2011年6月1日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
| ノートでこのテンプレートの色について意見を募集しています。 |
興梠 慎三(こうろき しんぞう、1986年7月31日 - )は、宮崎県宮崎市出身のサッカー選手。鹿島アントラーズ所属。ポジションはフォワード。日本代表。
[編集] 来歴
高校時代から年代別代表に何度も招集され、鵬翔高校卒業と同時に鹿島アントラーズに入団。徐々に出場機会を増やすと、2008年シーズン後半より完全にレギュラーに定着を果たし、Jリーグ連覇に貢献する。同年、日本代表にも招集され、2008年10月9日に東北電力ビッグスワンスタジアムで開催された国際親善試合(キリンチャレンジカップ)UAE代表戦で日本代表デビューを果たした。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
- 1993年 - 1998年 宮崎東SSS
- 1999年 - 2001年 東大宮中学校
- 2002年 - 2004年 鵬翔高校
プロ経歴
[編集] エピソード
- 同じ鵬翔高校出身で鹿島アントラーズに所属する1歳上の増田誓志とは対照的に、高校入学は推薦では無く、一般であった。また高校に入学してからも、1年の時は日曜日の練習をサボるなどしていた。
- 身体能力には絶対の自信を持っており、「センターバックをやれば、カンナヴァーロ(当時世界最高峰のDF)ぐらいの選手になれると思う」と語っている。
- なお、興梠は宮崎県、熊本県においては比較的よく見受けられる姓である。
- ミッドフィールダーは疲れるから嫌だという理由でフォワードに転向した。
- かつてアントラーズ入団当時の監督トニーニョ・セレーゾに「潜在能力は小笠原満男に匹敵する」と言わしめ、彼が鹿島の監督を離職した際には「ブラジルに連れて帰りたい」と発言された。
- 2008年シーズンよりポジション登録をミッドフィールダーからフォワードへ正式に変更。背番号もエースFWであった柳沢敦の13番を受け継ぐ。
- 北京五輪代表メンバーから落選するも五輪期間中にクラブではスタメンを奪取。「将来のことを考えるとこっちの方が大きい。本当に北京に行かなくて良かった」と落選させた五輪代表監督反町康治に対しての皮肉とも取れる発言をしている。その後も好調を維持し、キリンチャレンジカップ2008の日本代表メンバーに初選出された。
- 2009年、『スポーツマンNo.1決定戦』に青木剛と共に初出場し、ショットガンタッチで12m90cmを成功させ、佐藤寿人と玉田圭司の持つサッカー選手の記録を更新し、初めてサッカー選手がショットガンタッチでナンバーワンになるという快挙を成し遂げた。
- 日本代表監督(当時)の岡田武史に「興梠は将来、日本代表のエースになる」と言われ大きな期待をかけられていた[1]。
- 2009年シーズン開幕早々、高卒ルーキーの大迫勇也にポジションを奪われ「心が折れた」と弱気になったが、途中出場すると結果を残し奪い返す。その後、「これまで、ヤナギさん(柳沢敦・現仙台)が壁だった。今度は僕が大迫の壁になる番。そうすることで2人とも成長できると思う」と語っている。
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 |
オープン杯 |
期間通算 |
| 出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| 日本 |
リーグ戦 |
ナビスコ杯 |
天皇杯 |
期間通算 |
| 2005 |
鹿島 |
23 |
J1 |
8 |
0 |
4 |
1 |
0 |
0 |
12 |
1 |
| 2006 |
10 |
0 |
10 |
0 |
2 |
0 |
22 |
0 |
| 2007 |
17 |
22 |
6 |
7 |
0 |
3 |
0 |
32 |
6 |
| 2008 |
13 |
29 |
8 |
2 |
0 |
2 |
0 |
33 |
8 |
| 2009 |
32 |
12 |
2 |
0 |
3 |
1 |
37 |
13 |
| 2010 |
30 |
8 |
2 |
1 |
5 |
2 |
37 |
11 |
| 2011 |
31 |
4 |
3 |
1 |
3 |
1 |
37 |
6 |
| 2012 |
|
|
|
|
|
|
|
|
| 通算 |
日本 |
J1 |
162 |
38 |
30 |
3 |
18 |
4 |
210 |
45 |
| 総通算 |
162 |
38 |
30 |
3 |
18 |
4 |
210 |
45 |
その他の公式戦
[編集] タイトル
- 鹿島アントラーズ
[編集] 代表歴
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 12試合 0得点 (2008 - )
| 日本代表 |
国際Aマッチ |
| 年 |
出場 |
得点 |
| 2008 |
2 |
0 |
| 2009 |
8 |
0 |
| 2010 |
1 |
0 |
| 2011 |
1 |
0 |
| 通算 |
12 |
0 |
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク