立石智紀

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立石 智紀
名前
愛称 タテ
カタカナ タテイシ トモノリ
ラテン文字 TATEISHI Tomonori
基本情報
国籍 日本
生年月日 1974年4月22日(35歳)
出身地 千葉県
身長 184cm
体重 78kg
血液型 AB型
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

立石 智紀(たていし とものり、1974年4月22日-)は、千葉県出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー

目次

[編集] 略歴

堀越高校卒業後、1993年に当時のジェフユナイテッド市原(以下、ジェフと表記)に入団した。当時のジェフには日本代表GKの下川健一が在籍し、立石は2番手GKの位置づけであった。1998年にはアビスパ福岡レンタル移籍したもののレギュラーになるには至らず、この年限りでジェフに復帰した。復帰後も下川や成長著しい若手GK櫛野亮の控えとして、長くジェフの第2GKの地位に甘んじてきた。

しかし2004年からは背番号1を背負うようになり、翌2005年、第19節の柏レイソル戦から怪我で離脱した櫛野に代わり、プロ13年目にして初めてレギュラーを獲得した。以後の公式戦でチームの堅守に貢献するとともに、ナビスコカップ決勝のガンバ大阪戦でも神懸り的セーブを連発、PK戦にまでもつれたこの試合で、遠藤保仁PKを一本止め、自ら試合に決着をつけた。この活躍で、ジェフに初のタイトルをもたらすとともに、自身もナビスコカップMVPを獲得した。なお、遠藤は公式戦ではこれまで3回しかPKを失敗しておらず、「PK職人」と呼ばれる名手であるが、立石はこの決勝のほか2006年A3チャンピオンズカップでも遠藤のPKを止めている(その数年後のサッカー番組の取材で、もしまた遠藤のPKを止められますかとの質問に対し、「もう無理でしょう」と回答)。

その後2007年まではジェフのレギュラーを務めたものの、2008年には出場機会が減少し、12月26日に現役引退が発表された[1]

主力選手の移籍が多いジェフにあって、1993年のJリーグ発足当時にジェフに在籍した選手の中では最後までクラブに残った選手であった。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

  • 1987年 - 1989年 船橋市立行田中学校
  • 1990年 - 1992年 堀越高校

プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1993 市原 - J 0 0 0 0 0 0 0 0
1994 市原 - J 0 0 0 0 0 0 0 0
1995 市原 - J 10 0 - 0 0 10 0
1996 市原 - J 0 0 0 0 0 0 0 0
1997 市原 12 J 0 0 0 0 0 0 0 0
1998 福岡 21 J 3 0 0 0 0 0 3 0
1999 市原 12 J1 0 0 2 0 0 0 2 0
2000 市原 12 J1 5 0 1 0 0 0 6 0
2001 市原 12 J1 8 0 0 0 3 0 11 0
2002 市原 12 J1 8 0 2 0 1 0 11 0
2003 市原 12 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2004 市原 1 J1 1 0 1 0 0 0 2 0
2005 千葉 1 J1 12 0 6 0 1 0 19 0
2006 千葉 1 J1 21 0 1 0 0 0 22 0
2007 千葉 1 J1 26 0 2 0 0 0 28 0
2008 千葉 1 J1 9 0 3 0 12 0
通算 日本 J1 103 0 18 0 5 0 126 0
総通算 103 0 18 0 5 0 126 0

[編集] 個人タイトル

[編集] 脚注

  1. ^ 立石智紀選手 現役引退のお知らせ

[編集] 関連項目

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