川口信男

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川口 信男 Football pictogram.svg
名前
愛称 ノブ、ノブさん
カタカナ カワグチ ノブオ
ラテン文字 KAWAGUCHI Nobuo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1975年4月10日(36歳)
出身地 新潟県三条市
身長 178cm
体重 72kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
1998-2005
2006-2008
ジュビロ磐田
FC東京
139(12)
45(3)
1. 国内リーグ戦に限る。2007年12月23日現在。
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川口 信男(かわぐち のぶお、1975年4月10日 - )は、新潟県三条市出身(出生は隣接している加茂市)の元サッカー選手であり、サッカー指導者。現役時代のポジションフォワード

現在はJリーグ所属のFC東京の普及部コーチ。明治大学サッカー部のコーチも兼任している。

妻は元TeNYアナウンサー関純子

目次

[編集] 経歴

三条市立井栗小学校、三条市立第四中学校、新潟県立新潟工業高校。 順天堂大学時代から快足のストライカーとして名を馳せ、大学の先輩である名波浩が在籍していたジュビロ磐田に入団。その快足ぶりを生かし、2000年以降は右サイドのアタッカーとして使われることが増え、磐田黄金期のスーパーサブとして活躍。磐田がアジアクラブ選手権を制した時の一員でもある。

磐田では太田吉彰らの台頭を受けて徐々に出場機会を失い、2006年にFC東京に完全移籍。ここでもサイドアタッカーとして攻撃の一翼を担うが、2007年は公式戦を通して無得点に終わった事もあり、リーグ戦終了後に戦力外通告を受け、Jリーグ合同トライアウトにも参加した。しかしその直後の天皇杯でチーム1の運動量でチームを鼓舞した事、主力級の選手の移籍が相次いだ事から、数週間後に再契約するという珍しいケースでFC東京へ残留した。2008年も競争の激しいMF陣の中で途中交代でピッチに投入され健在振りを示したが、大竹洋平鈴木達也にスーパーサブの役割を譲る事が増え、12月に戦力外通告を受けた。真摯に練習に取り組む姿は若手の見本となっており、この年特別指定選手としてチームに加わり、後にFC東京に入団することになる高橋秀人は、「ノブさんがいなかったらFC東京に入っていなかったかもしれない。」と述懐している[1]

2009年からFC東京の普及部コーチに就任。2010年に日本サッカー協会公認B級コーチライセンスを取得[2]。同年開催のフットサル調布リーグ1部1stステージで21得点を挙げ、2位に入った[3]

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1996 順天大 - - - 1 1 1 1
1997 順天大 - - - 2 0 2 0
1998 磐田 13 J 20 3 5 3 3 0 28 6
1999 磐田 13 J1 18 1 4 0 1 0 23 1
2000 磐田 13 J1 20 3 3 0 3 2 26 5
2001 磐田 13 J1 23 0 8 1 0 0 31 1
2002 磐田 13 J1 23 3 7 1 3 1 33 5
2003 磐田 13 J1 19 1 6 0 3 2 28 3
2004 磐田 13 J1 8 0 5 0 4 1 17 1
2005 磐田 13 J1 8 1 0 0 1 0 9 1
2006 FC東京 20 J1 24 3 6 0 2 0 32 3
2007 FC東京 20 J1 14 0 4 0 3 0 21 0
2008 FC東京 20 J1 7 0 2 0 0 0 9 0
通算 日本 J1 184 15 50 5 20 6 236 36
日本 - - 3 1 3 1
総通算 184 15 50 5 23 7 239 37

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2004 磐田 13 3 0
2005 磐田 13 5 1
通算 AFC 8 1

その他の国際公式戦

[編集] 個人タイトル

[編集] 指導歴

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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