山田卓也

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山田 卓也
名前
愛称 タク、ヤマタク
カタカナ ヤマダ タクヤ
ラテン文字 YAMADA Takuya
基本情報
国籍 日本
生年月日 1974年8月24日(33歳)
出身地 東京都
身長 180cm
体重 75kg
血液型 A型
選手情報
在籍チーム 横浜FC
ポジション MF/DF
背番号 32
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
1997-2000
2001-2005
2006
2007-現在
ヴェルディ川崎
東京ヴェルディ1969
セレッソ大阪
横浜FC
88(8)
147(14)
20(0)
19(1)
代表歴2
2003-2004 日本 4 (0)


1国内リーグ戦に限る。2007年12月15日現在 22007年12月15日現在
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

山田 卓也(やまだ たくや、1974年8月24日 - )は、横浜FCに所属するサッカー選手。ポジションはMFボランチ、右ウイングバック)、DF(右サイドバック)。

目次

[編集] プレースタイル

ベテランといえる年齢だが、一対一の対人能力、前線へのフィードの正確さ、そしてスケールの大きなゲーム・メイクセンスはリーグにおいて貴重な存在。様々なポジションをこなせるユーティリティプレイヤー

[編集] 略歴

ヴェルディ在籍時はチームキャプテンとしてチームを牽引した。 2005年にヴェルディのJ2降格が決定後も、山田はヴェルディに残ることを前提に、他クラブからのオファーがあれば評価は聞いてみたいというスタンスであった事を本人ブログにて表明していたが、ヴェルディフロントが林健太郎米山篤志に戦力外通告をした事が発端となりクラブに対し不信感が生じ、結果的に2006年セレッソ大阪に移籍。

セレッソでは、塚田雄二監督(当時)の信頼を獲得し、リーグ前半では主にボランチで視野の広さを生かしたゲーム・メイクを披露。だがチームは低迷し、山田自身の長期離脱もあり、結局J2に降格。前年のヴェルディに続き2年連続でJ2落ちを経験してしまい、シーズン終了後に戦力外通告を受けた。その後、オーストラリアアデレード・ユナイテッドFCアメリカ合衆国ニューイングランド・レボリューションの練習に参加。

2007年6月横浜FCへの入団が正式に決まった。トレードマークの長髪を刈り切っての、決意の再スタートであった。主に右サイドバックでスタメン起用されている。だがチームは不振を極めJ2に降格。山田にとってはヴェルディ、セレッソに続き3年連続J2降格となった。そのせいか、かつて柏レイソルアビスパ福岡ベガルタ仙台所属時にJ2降格を経験した山下芳輝同様、「降格請負人」というありがたくない異名を取った。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1994 駒大 2 - - - 1 0 1 0
1995 駒大 - - - 1 0 1 0
1996 駒大 - - - 2 0 2 0
1997 V川崎 25 J 22 1 3 0 0 0 25 1
1998 V川崎 22 J 7 0 4 0 3 0 14 0
1999 V川崎 2 J1 29 3 4 0 4 0 37 3
2000 V川崎 2 J1 30 4 5 0 2 0 37 4
2001 東京V 2 J1 29 2 2 0 3 0 34 0
2002 東京V 2 J1 28 1 6 1 1 0 35 2
2003 東京V 2 J1 30 10 6 0 3 0 39 10
2004 東京V 2 J1 27 1 4 2 5 2 36 5
2005 東京V 2 J1 33 0 5 1 1 0 39 1
2006 C大阪 7 J1 20 0 6 0 0 0 28 0
2007 横浜FC 32 J1 19 1 - 2 0 21 1
2008 横浜FC 32 J2 -
通算 日本 J1 274 23 45 4 24 2 343 29
日本 J2 -
日本 - - 4 0 4 0
総通算 274 23 45 4 28 2 347 29

[編集] 代表歴

[編集] 出場大会など

[編集] 試合数

  • 国際Aマッチ 4試合 0得点(2003-2004)


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2003 1 0
2004 3 0
通算 4 0

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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