答志島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
答志島
Tōshijima 01.jpg
答志島・和具港。観光旅館が立ち並ぶ。右上に見えるのは菅島
面積 6.98 km²
海岸線長 26.3 km
最高標高 167.2 m
所在海域 伊勢湾
所属国・地域 日本の旗 日本三重県鳥羽市答志町・桃取町)
テンプレートを表示

答志島 (とうしじま) は、三重県鳥羽市にある離島

東西約6キロメートル、南北約1.5キロメートル。面積約7平方キロメートルで、鳥羽湾および三重県内では最大。鳥羽市の無形民俗文化財に指定されている寝屋子制度が残る。

目次

[編集] 地理

  • 岬:築上岬・観音崎・テンマ崎・平手崎・島ヶ崎・ブト崎・大崎
  • 湾:刈谷湾

[編集] 歴史

古くは『万葉集』にて、持統天皇伊勢行幸にあたって都に残った柿本人麻呂により、

  • 釧着く答志(手節)の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ(巻一・41)

とよまれた地である。平城京跡から発見された和銅5年(712年)木簡にも『志摩国志摩郡手節里』、養老7年(723年)木簡に『志摩国答志郡和具』の文字がみえる。『和名抄』でも、答志郷・和具郷との名もみられる。

答志には志摩国の国衙があったとされ、その跡と思われる大畑遺跡が発見されている。

[編集] 沿革

[編集] 集落

  • 島の北東部に答志(とうし)、南東部に和具(わぐ)、北西部に桃取(ももとり)がある。
  • 住所表記上は答志と和具が答志町(郵便番号517-0002)、桃取が桃取町(郵便番号:〒517-0003)になる。

[編集] 交通

鳥羽港の佐田浜桟橋から、鳥羽市営定期船で北東部の答志集落まで約30分、和具まで25分。桃取まで約15分。

運賃は2006年10月現在、それぞれ答志・和具が530円と桃取まで430円。

島内交通

[編集] 主な産業

[編集] 九鬼水軍

答志島は、中世の九鬼水軍の根拠地であり、九鬼嘉隆終焉の地。

嘉隆は、信長、秀吉に仕えて志摩地方一円に名をはせる。しかし関ヶ原の合戦では情勢の見きわめに悩み、家名存続のため嘉隆が大阪の豊臣方に、子の守隆は家康の東軍について戦うことになる。敗れた嘉隆はこの地にのがれ、ついに自刃する。嘉隆の遺言により、自ら築城した鳥羽城を望む岬の頂きに首塚、その麓に胴塚が残されている。

[編集] 教育

島内には以下の学校がある。

小学校
鳥羽市立答志小学校
鳥羽市立桃取小学校
中学校
鳥羽市立答志中学校

[編集] 参考文献

  • 『日本の神々 第6巻 伊勢・志摩・伊賀・紀伊≪新装復刊≫』(2000年7月5日発行、編者:谷川健一、発行:白水社ISBN 4560025061
  • 国土地理院発行2万5千分の1地形図「二見」(平成19年更新、平成19年8月1日発行)
  • 国土地理院発行2万5千分の1地形図「答志」(平成16年更新、平成17年6月1日発行)

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語