佐久島

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佐久島
座標
面積 1.81 km²
海岸線長 11.5 km
最高標高 38 m
所在海域 三河湾
所属国・地域 日本の旗 日本
愛知県西尾市一色町佐久島
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佐久島(さくしま)は、三河湾のほぼ中央に浮かぶ

行政上は愛知県西尾市一色町佐久島の大部分にあたる。かつては幡豆郡佐久島村(さくしまむら)が置かれ、その後幡豆郡一色町大字佐久島を経て、現在の西尾市一色町佐久島となった。

目次

[編集] 概要

三河湾の黒真珠と呼ばれる佐久島の町並み
  • 周囲:11.5km
  • 世帯:139世帯(2005年国勢調査速報値)
  • 人口:315人(2005年国勢調査速報値)
  • 面積:1.81km2

愛知県下で最大ので、漁業観光レジャーがおもな産業であるが、島の人口は1947年の1,634人をピークに減少が続き現在では人口はおよそ5分の1となり、その一方で高齢者比率が5割を越える。

[編集] 文化事業

1996年より国土庁や愛知県の後押しを受けて、「生活と芸術」をテーマに「弁天海港佐久島プロジェクト」が発足、現代美術(弁天海港佐久島アートフェスティバル/2000年までに3回開催)などによる島おこし活動が開始された。2001年からは、島の自然や伝統とアートとの出会いによって島の活性化を目指すという「佐久島アートプラン21」が始まった。これらの一連の動きの中で弁天サロンや大葉邸等の整備が少しずつ進んでいる。ACジャパンの2011年度地域キャンペーン(名古屋地区限定)で佐久島のアートが取り上げられた。

[編集] 歴史

佐久島村
廃止日 1954年8月1日
廃止理由 編入合併
佐久島村一色町
現在の自治体 西尾市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
幡豆郡
総人口 1,551
1950年国勢調査)
隣接自治体 一色町(航路を介して)
佐久島村役場
所在地 愛知県幡豆郡佐久島村
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[編集] 先史・上古

佐久島には紀元前3000年頃から人が住み始め、縄文・弥生式の土器片などが多く出土しているほか、古墳時代後期の山の神塚古墳もある。

[編集] 「佐久島」命名後

「佐久島旧記」には第10代の崇神天皇紀元前97年 - 紀元前30年)の頃に、斎宮(いつきのみや・さいぐう)の郷に作彦の民という人がいて、この島に来住して農業を始めたことから、「作島」が「佐久島」になったと伝える。藤原京時代(694年 - 710年)の藤原宮跡から出土した木簡(貢進物付札)に「佐久嶋」と、また奈良時代平城京跡から出土した木簡には「析嶋」の文字が見られるなど、島周辺の海産物を都に届けた記録も残る。

江戸時代には各地を結ぶ海運で繁栄を築いた。

[編集] 市町村制下

1889年明治22年)10月1日町村制の施行により、佐久島村が設置された。

1954年昭和29年)8月1日一色町に編入され、島全体が大字佐久島の一部となる。1957年に三河湾国定公園に指定された。かつては吉田(現在の豊橋市)と伊勢神宮等を結ぶ海上交通の要所として栄えた豊かな島であった。戦後も海苔養殖等で繁栄したが、逆に豊かさが仇となり本土側の一色町へ住居を構えて離島する住民が相次ぎ、人口の減少に繋がった。今でも周辺海域は豊かな水産資源に恵まれている。

2011年平成23年)4月1日、一色町が西尾市と合併したため大字佐久島は一色町佐久島となった。詳しくは幡豆町#西尾市との合併を参照。

[編集] 施設

佐久島小学校

[編集] 役場・金融機関

西尾市役所出張所、郵便局(無集配・特定局)、JA西三河支店

※ 以前は岡崎信用金庫佐久島出張所が存在したが、2013年平成25年)3月29日閉店した。

[編集] 学校・保育園

小学校、中学校、保育園(いずれも市立)

高校および高校の分校はない。同じ三河湾内に浮かぶ有人の離島である日間賀島篠島と違い、高校の分校が設置された歴史はない。そのため、学区制によらず、県下全域の普通科高校に進学可能な特例が設けられている。

[編集] 医療機関・警察

西尾市佐久島診療所、西尾警察署佐久島駐在所

[編集] 水道事業

知多郡南知多町より水道供給されており、愛知用水からの海底送水管が知多半島の師崎から日間賀島経由で届いている。水道の使用開始・中止の届け出、料金支払いは南知多町水道課に行う。

[編集] 交通

西尾市営渡船「はまかぜ」

[編集] 船舶

  • 西尾市営の高速船が佐久島東港、西港と一色渡船場を結ぶ。(大人800円・所要約25分)
通常ダイヤは1日6往復、夏期ダイヤ(7月20日 - 8月20日)が8〜10往復。

[編集] 廃止された航路

1952年に佐久島村営の渡船が吉田町(現・西尾市)と結ぶ航路を開設し、1954年の一色町への編入合併後も運航を続けられていたが、1983年9月30日をもって休止し、翌1984年に廃止された。

[編集] 物語への登場

[編集] 命名

1989年に竣工した海上自衛隊はつしま型掃海艇MSC-671に「さくしま」の名前が付けられた。同艦は2004年11月29日に佐久島に寄港した。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク