女木島

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女木島
高松港内から
座標 北緯34度23分43秒 東経134度3分0秒 / 北緯34.39528度 東経134.05000度 / 34.39528; 134.05000座標: 北緯34度23分43秒 東経134度3分0秒 / 北緯34.39528度 東経134.05000度 / 34.39528; 134.05000
面積 2.67 km²
海岸線長 8.9 km
最高標高 215.98 m
所在海域 瀬戸内海備讃瀬戸
所属国・地域 日本の旗 日本香川県高松市
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女木島の空中写真。
1980年撮影の4枚を合成作成。この画像は上方が北北東方角である。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
女木町
めぎちょう
日章旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 香川県
自治体 高松市
郵便番号 760-0092
面積
2.73km²
世帯数
112世帯
総人口
192
登録人口、2010年10月1日現在)
人口密度
70.33人/km²
高松市役所女木出張所
所在地 〒760-0092
香川県高松市女木町字宮ノ上203番地1
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高松港・せとシーパレットから望む女木島
手前・男木島と奥・女木島

女木島(めぎしま)は、瀬戸内海にある香川県高松市女木町に属し、男木島と合わせて雌雄島(しゆうじま)を成す。

江戸時代直島諸島男木島と合わせて「直島3島」と総称され、郡に相当する広域単位としての「小豆島」に属していたが、明治5年1872年)に分離されて香川郡へ編入された[1]

概要[編集]

高松港から北沖約4km、男木島から南に約1kmに位置し、雌雄島を構成する男木島と違って南北に細長い形をした島である。人口は2011年時点で192人(男 88人/女104人)、世帯数は112世帯であり[2]、年々人口が減少する過疎の状態である。総面積は2.67km²[3]、人口密度は1平方キロメートルあたり70.33人であるが、可住地面積が島のごく一部であり非常に狭いため、集落内の人口密度はこれ以上に高い。

含閃花崗岩が基盤で、その上を火成砕層岩が覆い、露頂部近くは古銅安山岩である。島の中央東部に小規模堆積平野が見られるほかは傾斜地である。海崖海食台の岩石海岸が広がる。

海岸線は8.9km、最高点は215.98mである。鬼ヶ島伝説や快水浴場百選に選定されている海水浴場などで観光客を集める。男木島とともに香川のみどり百選にも選定されている。

この島の正式な読みは「めぎま」であるが[4]、口語上などでは「めぎま」と発音することが多い。

歴史[編集]

鷲ヶ峰遺跡からは弥生土器、中戸古墳及び円山古墳からは箱式石棺が出土している。

当初は直島の旗本高原氏領であったが、寛文12年(1672年頃)から幕府領となり幕末を迎える。幕府領時代は、寛文12年(1672年頃)から備中松山藩預地延宝元年(1673年頃)から倉敷代官所支配、貞享2年(1685年頃)から大坂城代支配、宝永5年(1708年頃)から高松藩預地、正徳3年(1713年頃)から再び大坂城代支配、享保6年(1721年頃)から再び高松藩預地、元文5年(1740年頃)から三たび大坂城代支配、延享3年(1746年頃)から再び倉敷代官所支配(一時期笠岡代官所生野代官所支配)であった[5]

明治5年1872年)に女木島は、郡に相当する広域単位「小豆島」から分離されて香川郡へ編入された[1]

島名の由来[編集]

いくつかの説がある[5]

  1. 那須与一が射落としたの一部が流れ着いたことから「メギ」という名がついた(このあたりでは「壊れる」ことを「めげる」と言う)。
  2. 北隣にある男木島と合わせて、2つの島を男女に見立ててオギの「オ」に対応するものとしてメギの「メ」がついた。
    • 「ギ」は、木の多い「木島」、防御地を意味する「城島」と考えられる。
  3. 「紀」と呼ばれる出雲系種族が住みついた。
  4. 古事記』にまつわる「姪姫(玉依姫)」から名づけた。

年表[編集]

瀬戸内国際芸術祭[編集]

瀬戸内国際芸術祭2010年7月19日から同年10月31日までの105日間、高松港周辺として女木島や直島豊島男木島小豆島大島犬島を舞台に行われた現代美術の国際芸術祭である。

105日間の会期中、人口約200人の女木島には9万9759人が訪れ、過疎の島は観光客でごった返した[6]

教育[編集]

島内の小学校は市立女木小学校が存在するが、中学校は存在せず、本土の市立高松第一中学校へ海路で通うことになる。しかし2010年現在、女木小学校に在籍している児童はおらず休校状態である。

  • 高松市立女木小学校

主な施設[編集]

公共施設[7][8][9]
  • 高松市女木出張所
  • 女木コミュニティセンター(公民館
  • 女木島郵便局
  • 高松市女木診療所

交通[編集]

バス[編集]

島内では唯一のバス事業者として鬼ヶ島観光自動車が運行している。このバスは観光路線でもあり、フェリー到着時刻にあわせて鬼ヶ島伝説で知られる洞窟を経由する(冬季は運休)。なお、鬼ヶ島観光自動車は所有するバスの数が3台で、日本一少ない。

船舶[編集]

高松港から雌雄島海運フェリーが1日6往復(冬季は減便)。最終便が早い(高松発18:10・女木発17:20)ので注意。

名所・旧跡・観光・レジャー[編集]

高松市女木町モアイの広場のモアイ像

鬼ヶ島洞窟は1914年(大正3年)に高松市中間町出身の郷土史家・橋本仙太郎により発見され、桃太郎伝説を裏付ける女木島の愛称「鬼ヶ島」の根拠となっている。また、2010年には瀬戸内国際芸術祭の会場の一つにもなり、期間中は国内はもとより海外からも多数の観光客が島に押し寄せた。

  • 鬼ヶ島大洞窟
  • 鬼ヶ島おにの館 - 島の文化、全国の鬼に関する民具等を展示している博物館で、女木港フェリー待合所を兼ねている。
  • 鷲ヶ峰展望台 - 標高188mに位置し、瀬戸内海を360度見渡せる。また、一帯には桜が植えられており、春には桜の名所となる。
  • オオテ - 防風防潮用に各民家の周りに築かれた高い塀。
  • モアイの広場のモアイ像 - 本家イースター島の倒れたモアイ像を起こそうと、高松市のクレーン会社タダノがテストのために作ったレプリカ。女木港近くのモアイの広場にある。
  • 鬼ヶ島海水浴場 - 女木島海水浴場として環境省による快水浴場百選に選定

女木島が舞台・ロケ地となった作品[編集]

映画
小説

出身有名人[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ a b 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典37 香川県』 角川書店、1985年9月、795頁。ISBN 978-4-04-001370-1
  2. ^ 登録人口(平成23年10月1日現在)/第2表 町別・男女別人口 (EXCEL)”. 高松市 (2011年10月1日). 2012年4月10日閲覧。
  3. ^ 国土地理院・四国の島面積
  4. ^ 海上保安庁 しまっぷ
  5. ^ a b 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典37 香川県』 角川書店、1985年9月、794頁。ISBN 978-4-04-001370-1
  6. ^ “93万8246人が来場/瀬戸内国際芸術祭”. 四国新聞. (2010年11月2日). http://news.shikoku-np.co.jp/kagawa/culture/201011/20101102000108.htm 2010年12月15日閲覧。 
  7. ^ 高松市・コミュニティセンター
  8. ^ 日本郵政・香川県内
  9. ^ Yahoo!Japan ヘルスケア
  10. ^ みんなの県政THEかがわ かがわシネマ館9
  11. ^ 香川県公式観光サイト女木島

外部リンク[編集]