小豆島

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小豆島
Syodoshima landsat.jpg
小豆島の衛星写真
座標
面積 153.30 km²
海岸線長 126 km
最高標高 816.7 m
所在海域 瀬戸内海播磨灘
所属国・地域 日本の旗 日本香川県小豆郡
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北東方向より見た小豆島

小豆島(しょうどしま)は、瀬戸内海播磨灘にある。人口は約32,000人(2007年度推計)。

古代には「あずきしま」と呼ばれ、その後中世までは「しょうずしま」と呼ばれた[1]素麺醤油佃煮胡麻油オリーブなどの生産が盛んであり、いずれも日本有数の生産地となっている。特にオリーブは国内栽培の発祥地として広く知られる。壺井栄小説二十四の瞳』の舞台であり、島をロケ地として二度映画化されている。行政は香川県に属し、小豆島町土庄町の2町からなる(小豆郡)。

目次

[編集] 地理

横に向いたが西を見ているような特徴的な形をしたこの島は、香川県の県庁所在地高松市の沖合いに浮かび、同県内最大の島である。瀬戸内海では淡路島に次いで2番目の面積で、日本の島においては19番目の大きさである。温暖な瀬戸内海式気候を活かし、オリーブミカンスモモなどの栽培が行なわれている。

本州四国側から橋梁、トンネルなどでつながっていない非架橋有人島としては、瀬戸内海で最大の島である。一方で、離島振興法による離島指定を今まで一度も受けていない。面積100km²以上の非架橋有人島(北方4島を除く)としては、(沖縄の離島振興も含め)いずれの振興法も指定を受けていない唯一の例となっている。

島の中心部には、瀬戸内海の島々で一番高い山である星ヶ城(ほしがじょう、817m)があり、瀬戸大橋大鳴門橋明石海峡大橋が同時に見渡せる。

  • 面積153.30km²(国土地理院のデータによる)
  • 海岸線の長さ126km

寒霞渓を始めとする渓谷・自然が瀬戸内海国立公園に指定されている。ギネスブック認定の世界で最も幅の狭い土渕海峡がある。このため正確には2つの島であるが、古くから橋で陸続きであり、慣例的に1つの島として扱われている。特に区別する際には小さい方の島(海峡を挟んで西側の島)を前島(まえじま)と呼ぶこともある。

この島の生物相は、天然の博物館と呼ばれるほど、生物の種類に富んでいる。

島は全域が香川県であるため本来の電力会社は四国電力であるが、海底地形の理由から電力の開通以来、全域が中国電力の供給区域となっている。

小豆島で話される方言讃岐弁に属しており、東讃の言葉に近いとされるが、東讃では代表的な讃岐弁「〜やけん・やきん(=〜だから)」を用いないなど異なる面も多く、かつての地理的な影響から上方の方言・中国方言等の語彙等も多く見られる。小豆島の島内でも地域により言葉が若干異なり、アクセントに関しても旧池田町付近は高松式、旧内海町北部は観音寺式、南部は本島式、土庄町は土庄式と差異がある。なお「しょうどしま」は、香川県主部も含め「しょ」にアクセントを置いて発音される。

[編集] 歴史

小豆島は古代から吉備国児島郡に属し、吉備国が分割された後も備前国に属すなど、中世までは本州側の行政区画に組み込まれていた。平安時代初期からは皇室の御料地となるが、1347年貞和3年)にはそれまで南朝に呼応して島を支配していた飽浦信胤細川師氏の攻めによって倒され、以後島は細川氏領となり皇室領は解体された。またこの細川氏は讃岐国守護であり、この時から政治的な支配者という側面では本州側の手を離れ、四国側に移っている[2]

実質的にはこの時(1347年(貞和3年))から小豆島は讃岐国へと所属が変わっているが、書簡などに見られる名称に讃岐国あるいは讃州という呼称は定着せず、依然として備前国という呼称が用いられていた。このような状態は時代が下って1689年元禄2年)の文書まで見られたが、以降宝永年間からはようやく讃岐国あるいは讃州という呼称が定着し、備前国という表示は行われなくなった[3]

小豆島は大阪以西における海上交通の要衝地であるため、1585年天正13年)に豊臣秀吉蔵入地(直轄領、後の天領)になって以降、その重要性から時の中央政権が直接領有する時代が続いた。

江戸時代後期の領有状況
地区 1708年宝永5年)-
1712年正徳2年)
1721年享保6年)-
1739年元文4年)
1740年(元文5年)-
1829年文政12年)
1830年天保元年)-
1837年(天保8年)
1838年(天保9年)-
明治維新
池田村 幕府領
高松藩預地
幕府領
(高松藩預地)
幕府領
倉敷代官所など)
幕府領
(倉敷代官所など)
津山藩
土庄村
淵崎村
上庄村
肥土山村
小海村
草加部村 幕府領
伊予松山藩預地)
幕府領
(倉敷代官所など)
福田村
大部村

江戸時代初期までの間は小豆島が4庄に分かれたうち、池田地区は池田荘(池田郷)となる。そののち、小豆郡のうち東部三郷(草加部、福田、大部)は江戸幕府直轄領(倉敷代官所管轄)として、池田地区とも幕府の天領地となる。西部六郷は津山藩領として統治された。また天保年間、池田郷は津山藩の領地となる。明治初期には廃藩置県により小豆島は倉敷県に属したが、その後香川県に属する。一時香川県が統廃合を繰り返したため、名東県愛媛県と所属を香川県と一にするが、最終的には香川県となる。

現在も土庄町が津山市と歴史友好都市交流を行うのを始め、香川県はもとより岡山県側の玉野市倉敷市備前市、兵庫県赤穂市姫路市などとの結びつきも深い。

[編集] 年表

近世

近代・現代

  • 1908年 西村地区にてオリーブの栽培が開始される。
  • 1934年 寒霞渓(神懸山)が日本初の国立公園(瀬戸内海国立公園)に指定される。
  • 1957年 小豆郡大部村が土庄町に編入。これより小豆島は土庄町、池田町、内海町の3町体制となる。
  • 1989年 ギリシャミロス島と姉妹島提携を結ぶ。
  • 2006年 池田町、内海町が合併。小豆島町となり、小豆島は2町体制となる。

[編集] 行政

小豆島は全域が香川県小豆郡に属し、土庄町小豆島町の2町がそれぞれ存在する。人口・面積とも最大は小豆島町であるが、島の玄関口であり多くの商業施設や県出先機関が所在するのは土庄町である。また、土庄町は小豆島本体以外に豊島も町域に含んでいる。小豆島町は平成の大合併によって池田町内海町が合併して新設されたもので、それまでは半世紀にわたって長らく3町体制が続いていた。平成の大合併では土庄町も含めた3町で合併協議会が進行していたが、町役場の位置をめぐって土庄町と残り2町が対立し、最終的に土庄町が離脱した。

[編集] 経済

[編集] 商業

島嶼地域であるが、3万人を超える人口を擁しており、土庄町を中心にある程度チェーン店が立地している。コンビニエンスストアサンクスが島内に4店舗を展開している。島内ではこのほか、ファミリーレストラン1軒(1時まで)が深夜営業を行なっている。1979年1月にはモスバーガー小豆島店が同社の100店舗目として全国でも比較的早期に開店したが、2001年以降に閉店している。

主な商業施設

[編集] 金融機関

島内にある金融機関は香川県系の銀行と各郵便局にあるゆうちょ銀行のみで、ATMを含め香川県外系の銀行は存在しない。また、コンビニATMは島内全店舗で利用不可であるため、島内における時間外の引き出しは一切不可能である。

  • 百十四銀行土庄支店・内海支店(店舗外ATM:単独5ヶ所、共同1ヶ所)
  • 香川銀行小豆島支店・内海支店(店舗外ATM:単独1ヶ所)
  • 四国労働金庫内海出張所(店舗外ATM:単独1ヶ所)
  • 高松信用金庫土庄支店(店舗外ATM:単独1ヶ所)
  • 香川県信用組合土庄支店
  • JAバンク香川土庄支店・蒲生出張所・西出張所・大鐸支店・四海支店・福田支店・北浦支店・大部支店・西村支店・草壁支店・内海支店・苗羽支店・池田支店・二生出張所・三都出張所(店舗外ATM:単独10ヶ所)
  • 郵便局17ヶ所(うち簡易郵便局2ヶ所)

※郵便局における土日祝のATM取り扱いは土庄郵便局のみ。

[編集] 産業

[編集] 災害

1974年7月1976年9月に記録的な集中豪雨を記録し、島内にある山地が崩壊。1974年には死者29名・全半壊家屋128戸、1976年には死者39名・全半壊家屋406戸を記録した。その中で1976年の災害は島内のいくつかの山地が崩壊し、山麓の扇状地に位置していた島の西側に位置する石場・東側に位置する小豆島町(旧内海町)橘地区などの集落は土石流の直撃を受けた場所が多く、惨憺な状況であった。石場地区では土石流が流化し、家屋を押し潰していき、海岸沿いの道路は寸断され、田畑などの農作物がマサ(花崗岩砂)によって影響が出た。また、橘地区では背後の山地に崩壊地が多発し、土石流が川を伝っていき、勢いを増した水が鉄砲水となって流化し、扇状地上の集落を襲った。災害後は山腹崩壊を生じた部分に砂防工事が行われ、コンクリート堰堤が構築された。

[編集] 姉妹島

[編集] 名所・旧跡・観光スポット

[編集] 社寺

  • 小豆島八十八ヶ所霊場(島四国八十八ヶ所) - 年間、数万人もの巡礼者が島を訪れる。
  • 真言宗別格本山弘法の滝護国寺 - 日本でも屈指の霊泉(弘法の滝)が境内奥地より涌出している。小豆島町中山2599。
  • 恵門の滝・石門・清滝・笠滝 - 小豆島山岳霊場のうち不動明王を祀る。
  • 皇子神社の社叢 - 国指定の天然記念物
  • 渕崎八幡神社 - 戦没陸軍特別幹部候補生の碑がある。
  • 小豆島大観音
  • オリーブ神社

[編集] 交通

土庄港
島の西の玄関口、土庄港風景

[編集] 小豆島への交通

全社とも車両乗船可能なフェリーを運航している。便数は四国側の高松港へ発着するものが最も多く、また運航時間も長いなど小豆島から行き来する際に利便性が高い。そのほか、本州側からは岡山港日生港宇野港姫路港神戸港大阪南港からのフェリーが現在運航している。

太字の会社は旅客専用の高速船の運航もある。運賃は大人一人当たりの片道旅客運賃。

香川県本土(四国)
  1. 四国フェリー・小豆島急行フェリー:高松港-土庄港(フェリー15往復/日、60分、670円)(高速船16往復/日、30分、1140円)※高速船は夜間便を含む
  2. 国際フェリー:高松港-池田港(8往復/日、60分、670円)
  3. 内海フェリー:高松港-草壁港(フェリー5往復/日、60分、670円)(高速船5往復/日、45分、1140円)※フェリーは旅客乗船不可の危険物指定便を含む
岡山県
  1. 両備フェリー・四国フェリー:新岡山港-土庄港(13往復/日、70分、1000円)
  2. 瀬戸内観光汽船:日生港-大部港(5往復/日、60分、1000円)
  3. 小豆島フェリー:宇野港-土庄港(7往復/日、89分、1200円)※豊島経由
兵庫県
  1. 小豆島急行フェリー:姫路(飾磨)港-福田港(7往復/日、100分、1480円)
  2. ジャンボフェリー神戸港(三宮新港第3突堤)-坂手港(3往復/日、180分、1800円)
休廃止航路

[編集] 島内での交通

[編集] 道路

[編集] 出身有名人

[編集] 政財界

[編集] 学術

[編集] 文化・芸術

[編集] 芸能・報道機関

[編集] スポーツ

[編集] 小豆島を舞台にした作品

[編集]

  1. ^ 『日本歴史地名大系』、平凡社。
  2. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典37 香川県』 角川書店、1985年9月、419頁。ISBN 978-4-04-001370-1
  3. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典37 香川県』 角川書店、1985年9月、420頁。ISBN 978-4-04-001370-1
  4. ^ 世界大百科事典、平凡社。

[編集] 参考文献

  • 花崗岩地形の世界(著:池田碩、1998年6月15日刊行)

[編集] 外部リンク

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