清水崇

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しみず たかし
清水 崇
清水 崇
生年月日 1972年7月27日(42歳)
出生地 日本の旗 日本群馬県前橋市
国籍 日本
民族 日本人
職業 映画監督
ジャンル 映画テレビドラマオリジナルビデオ
主な作品
富江 re-birth
呪怨
THE JUON/呪怨

清水 崇(しみず たかし、1972年7月27日 - )は、日本の映画監督群馬県前橋市出身。

略歴・人物[編集]

  • 群馬県立中央高等学校卒業後、近畿大学文芸学部に入学するも中退。大学在学中に脚本家の石堂淑朗に師事する[1]
  • 同郷の小栗康平監督の『眠る男』、テレビドラマVシネマなどにスタッフとして参加しながら、映画美学校にて学ぶ[1]。この学生時代に映像課題として撮影した『家庭訪問』という3分ほどの短編が、のちの『呪怨』の原型となる。
  • 卒業後、映画監督の黒沢清の薦めで、関西テレビのオムニバスホラー『学校の怪談G』での短編を演出する機会を与えられた。本人の弁によれば、短編2本とも助監督すら付けられず、スケジュール作成からキャスティング、監督料も全部込みでわずか5万円だったとのこと。
  • さらに映画美学校時代の講師だった脚本家の高橋洋の紹介で、一瀬隆重と出会い、ビデオ版『呪怨』『呪怨2』を製作。原題は『呪怨霊』だったが、清水の強い希望で『呪怨』に収まった。
  • 2001年、『富江 re-birth』で映画監督デビューを果たす。公開館の新宿ジョイシネマでは、富江役の酒井美紀、共演の遠藤久美子やブレイク前の妻夫木聡らと共に、初めて映画館の舞台挨拶に立った。
  • 2002年にはビデオ版『呪怨』を映画化してヒットする。翌年には『呪怨2』も映画化してヒット。2004年には自らの手で『呪怨』のハリウッドリメイク版『The Grudge』(邦題『THE JUON/呪怨』)を製作して、日本人監督の実写作品としては初めて全米興行成績No.1を獲得する。日本人監督としては初のハリウッドデビューを果たす。
  • 2006年には続編『The Grudge2』(邦題『呪怨 パンデミック』)も全米興行収入初登場1位を記録した。しかし日本では、全国ロードショー公開にも関わらずトップ10にも入らないという散々な結果となった。
  • 2008年6月には『東京少女 桜庭ななみ』(BS-i)の第4話「小さな恋」において、初めて恋愛ドラマの監督を務めた。
  • 2009年には、オープニング・エンディングを手がけたオムニバス映画『非女子図鑑』が2009年5月に公開。同年10月、立体映画『戦慄迷宮3D』が公開。
  • 角野栄子の児童書『魔女の宅急便』の実写映画の監督を務め、2014年3月1日に全国ロードショー公開。興行成績初週3位となった。

人物[編集]

  • 幼少期は児童文学を好んでおり、自ら物語を作るなどしていた[1]。小学4年生の時に映画『E.T.』を観て本格的に映画にのめり込むようになった[1]。怪談ものも子供の頃から好んでおり、中高生の頃に起きたホラー映画ブームによりホラー映画にはまった[1]
  • 子供の頃はいたずら好きで、「人をいかに驚かせるか」という趣向が後にホラー映画を監督する際にも活かされている[1]
  • ホラー漫画家の押切蓮介と親交がある。映画美学校の学生時代に撮った習作『家庭訪問』に出演してもらった藤貴子、2004年の劇場作品『稀人』で起用した宮下ともみなどは、以降の作品でも積極的にキャスティングしている。

フィルモグラフィ[編集]

自主製作[編集]

  • はるのそら(1998年)

テレビドラマ[編集]

オリジナルビデオ[編集]

  • 呪怨(1999年)
  • 呪怨2(1999年)
  • 伊藤潤二 恐怖collection 悪魔の理論(2000年)
    • 真霊ビデオV ほんとにあった怖い話〜恐怖心霊写真館
    • 真霊ビデオVI ほんとにあった怖い話〜恐怖タレント体験談
  • 怪談 こっちを見ないで…(2002年) - 『幽霊vs宇宙人』としてソフト化
  • 怪猫 轢き出し地獄(2003年) - 『幽霊vs宇宙人 VOL.2』としてソフト化

映画[編集]

テレビアニメ[編集]

  • 闇芝居(2014年、テレビ東京) - ゲスト監督

著書[編集]

  • 『寿恩〜俺、霊とか見えないんだけど…〜』(2004年、ぴあ

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 「インタビュー!!監督・清水崇が語る…」『宇宙船YEAR BOOK 2001』 朝日ソノラマ宇宙船別冊〉、2001年4月30日、pp.81。雑誌コード:01844-04。

外部リンク[編集]