コロムビア・ローズ
コロムビア・ローズ(アルファベット表記:Columbia Rose)は日本コロムビアの女性歌手で、2009年現在で3人存在する。
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[編集] 初代コロムビア・ローズ
本名は松本光世(旧名:斉藤まつ枝)、1933年1月9日生まれ。
そもそもは戦前にデビューした松原操という歌手が音楽大学に在学中だったことから、素顔を出さない「覆面歌手」の「ミス・コロムビア」として活躍し成功した例を参考に、戦後、その妹分的歌手をデビューさせようと計画された。
1952年に「初代のコロムビア・ローズ」として「娘十九はまだ純情よ」で歌手デビュー。「どうせ拾った恋だもの」や「東京のバスガール」など数々のヒット曲を生み出すが、1961年に結婚を理由に引退する。ただし、後年、本人は「ノイローゼに罹って辞めざるを得なくなったの」と語っている[要出典]。後に昭和40年代の懐メロブームで歌手活動を再開し、以後マイペースで活動している。一般にコロムビア・ローズと言えばこの人である。
NHK紅白歌合戦に5回連続出場している。
2011年11月10日、東京・五反田のゆうぽうとで開催された『第38回日本歌手協会歌謡祭』に出演。
[編集] ディスコグラフィー
太字は主な曲
- 「娘十九はまだ純情よ」(1952年4月)
- 「リンゴの花は咲いたけど」(1952年10月)
- 「あなたの手紙」(1952年10月)
- 「乙女の青空」(1952年12月)
- 「雨の港の連絡船」(1953年1月)
- 「君を愛すと」(1953年3月)
- 「紅いベレー」(1953年4月)
- 「恋の渡り鳥」(1953年6月)
- 「君偲ぶ月影」(1953年7月)
- 「キャバレーの薔薇」(1953年8月)
- 「花と乙女」(1954年1月)
- 「恋の花かんざし」(1954年1月)
- 「からたちの花は咲いたけど」(1954年1月)
- 「君ゆえに」(1954年4月) with 霧島昇
- 「こんな気持ちが恋かしら」(1954年6月)
- 「伊香保小唄」(1954年7月)
- 「哀愁日記」(1954年9月)
- 「鳩笛乙女」(1954年9月)
- 「赤い夕日の丘越えて」(1954年11月)
- 「雨の足音」(1954年12月)
- 「渡り鳥いつ帰る」(1955年2月)
- 「夜霧のガス灯」(1955年2月)
- 「青い鳥のエレジー」(1955年7月)
- 「かりそめの唇」(1955年8月)
- 「愛しきはあの人」(1955年8月)
- 「お春恋しや」(1956年1月)
- 「花ふたたび」(1956年2月)
- 「あの夜の夢が消えたなら」(1956年2月)
- 「御無事でね」(1956年6月)
- 「娘艶歌師」(1956年8月)
- 「しあわせはどこに」(1956年8月)
- 「好きで別れて」(1956年10月)
- 「どうせ拾った恋だもの」(1956年11月)
- 「こころの小雨(心の小雨)」(1956年11月)
- 「哀愁のビギン」(1956年12月)
- 「愛しているのに」(1957年2月)
- 「花の都に憧れて」(1957年3月)
- 「花は嘆かず」(1957年4月)
- 「逢びきの街」(1957年4月)
- 「おもかげは遥かなり」(1957年7月)
- 「湖畔の夜」(1957年7月)
- 「東京のバスガール」(1957年10月)
- 「プリンセス・ワルツ」(1957年11月)
- 「花くれないに」(1957年12月)
- 「恋のブルース」(1957年12月)
- 「恋は炎か」(1957年12月)
- 「こぼれ陽の町」(1957年12月)
- 「花のうず潮」(1958年4月)
- 「花の慕情」(1958年5月)
- 「恋は火のようなものなのね」(1958年7月)
- 「悲しみよグッドバイ」(1958年8月)
- 「東京の女王蜂」(1959年2月)
- 「こころの太陽」(1959年3月)
- 「銀座地階の女」(1959年4月)
- 「いとし我子」(1959年4月)
- 「雨が降る街角」(1959年6月)
- 「恋の彼岸花」(1959年6月)
- 「ロマンス・ガイド」(1959年10月)
- 「熱海ワルツ」(1959年11月)
- 「希望の鐘」(1959年12月)
- 「河口湖ワルツ」(1960年6月)
- 「君を呼ぶ日本平」(1961年3月)
- 「南国にすてた恋」(1961年5月)
[編集] NHK紅白歌合戦出場歴
- 第7回(1956年12月31日、東京宝塚劇場) 『娘艶歌師』
- 第8回(1957年12月31日、東京宝塚劇場) 『どうせ拾った恋だもの』
- 第9回(1958年12月31日、新宿コマ劇場) 『プリンセス・ワルツ』
- 第10回(1959年12月31日、東京宝塚劇場) 『ロマンス・ガイド』
- 第11回(1960年12月31日、日本劇場(日劇)) 『新調深川節』
第7回~第10回については彼女の歌のラジオ中継の音声が現存する。第10回は2009年(平成21年)4月29日放送のNHK-FM『今日は一日“戦後歌謡”三昧』の中で、彼女の歌を含め全編が再放送された。第8回と第10回は彼女の歌唱中の写真も現存する[1][2]。
[編集] 主なテレビ出演
- 一枚の写真(1991年3月7日、フジテレビ)
- 第36回思い出のメロディー(2004年8月7日、NHK総合)
- NHK歌謡コンサート(2009年12月8日、NHK総合)
- 第42回思い出のメロディー(2010年8月21日、収録は同8月7日、NHK総合)
- 「東京のバスガール」を歌唱した。
- 懐かしの昭和メロディー(2011年1月14日、収録は2010年12月28日、テレビ東京)
[編集] 二代目コロムビア・ローズ
初代の引退後、二代目募集オーディションにより応募総数3500人の中から選ばれる[3]。1962年、二代目コロムビア・ローズとして「白ばら紅ばら」で歌手デビュー。1964年12月31日、「智恵子抄」で第15回NHK紅白歌合戦に初出場するなど、初代に負けない勢いを誇った。1975年に渡米し、現在はロサンゼルスで歌手活動をしており、日本での活動も請われれば行っている。初代ローズとは長年親交がある。
2011年12月1日放映の『木曜8時のコンサート〜名曲!にっぽんの歌〜』(テレビ東京)に出演。
[編集] 代表曲
[編集] 三代目コロムビア・ローズ
本名は、野村 美菜(のむらみな)、1982年12月26日生まれ。2004年に「出航五分前」で歌手デビューし、現在三代目コロムビア・ローズとして活動中である。森山愛子・小村美貴とともに、ユニット「次世代演歌3人娘グー・チョキ・パー」を結成した。
[編集] 代表曲
- 「出航五分前」2004年6月23日発売
- 「蒼いバラの伝説」2005年3月23日発売
- 「異国の華~お春物語~」2005年9月21日発売
- 「夢のバスガール」(はとバス バスガイド応援ソング)2006年6月21日発売
- 「最終便」2007年9月19日発売
- 「迷子」 2008年11月19日発売
- 「城下町ブルース」2009年11月4日発売
[編集] 脚注
- ^ 『紅白歌合戦アルバム NHK20回放送のあゆみ』(デイリースポーツ社、1970年) ※第8回と第10回
- ^ NHKウイークリーステラ臨時増刊『紅白50回〜栄光と感動の全記録〜』(NHKサービスセンター刊、2000年1月16日発行) ※第10回のみ
- ^ 2003年8月15日号スターまるかじりインタビュー(キタガワレコード)
[編集] 外部リンク
- 初代コロムビア・ローズ オフィシャルホームページ
- 二代目コロムビア・ローズ オフィシャルホームページ
- 三代目コロムビア・ローズ オフィシャルホームページ
- 三代目コロムビア・ローズ オフィシャルブログ Rose Room
- 次世代演歌3人娘 グー・チョキ・パー(森山愛子、三代目コロムビア・ローズ、小村美貴) オフィシャルホームページ