ヨシケン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

ヨシケンは、日本のロックシンガーで、自身が経営するインディーズレーベルVanilla Sky Recordsに所属。

数年にわたるメジャーレーベルでの活動後、自身でレーベルを設立し、インディーズに転身。路上ライブを精力的に行っており、チケットすべてをストリートの手売りで販売し、渋谷公会堂ワンマンライヴを成功させたことなどで知られている。

ハスキーで太く、ビブラートに特徴のある歌声の持ち主。
現在はDMM.com証券のCMにも出演中。

目次

[編集] プロフィール

本名 吉井賢太郎。4月6日生まれのおひつじ座香川県小豆島出身。生年、年齢は非公表。

[編集] History

高校でのバンド活動が終了し、本格的にプロベーシストの道を目指すようになる。
ある日「俺、東京に行くわ」と母親に告げ、翌日に上京。
ベーシストになるために上京してきたはずが、なぜかヴォーカリストに転身し、ある音楽大会に出場し優勝。

その功績を買われ、バップからスカウトされ、1994年に同レーベルから本名の吉井賢太郎としてメジャーデビュー。
数年間の活動をした後に休業。

その後、数年間ラジオなどの仕事をしたのち、「やっぱり音楽をやりたい!」という想いを抱いて1999年に突如「ヨシケン」として原宿駅神宮橋路上ライブを始める。

そうして始めたストリートでは、路上の手売りだけで渋谷公会堂ワンマンライブを成功させるなど、ストリートシーンの伝説とも言われる出来事を数多く起してきた。[1]

いくつかの音楽プロダクション、レコード会社を経て2003年自らインディーズレーベルVanilla Sky Recordsを設立。代表をつとめる。

また若手ミュージシャンのプロデュース、レーベルイベントのプロデュースも積極的に行っている。

[編集] ワンマンライヴ

  • 2001年05月06日日本青年館ワンマンライヴ
  • 2002年01月13日渋谷公会堂ワンマンライヴ
  • 2004年02月11日、2005年7月31日、2007年8月16、2009年8月19日のSHIBUYA-AXワンマンライヴ
  • 2009年11月04日 路上の弦楽セレナード2 ほか

[編集] 経歴

2002年7月発売のシングル「BOY'S LIFE」発売直後には渋谷タワーレコードにおいてインディーズチャート一位となったことがある[2]

[編集] 作品

吉井賢太郎として、メジャーデビューする以前には当時のアイドル歌手や俳優への楽曲提供を行っていた。[3]
2002年に発売し、タワーレコード渋谷インディーズチャート初登場一位を記録した「Boys'Life」では、元REBECCAの友森昭一をサウンドプロデューサーに迎えている。[4]

デビュー以来の作品は以下のとおり。

[編集] シングル

  1. 「ラヴ☆ジェッター」2000年
  2. 「ブリッジ」2001年
  3. 「旅立ち」2002年
  4. 「Boys'Life」2002年
  5. 「白夜/バタフライ」2004年
  6. 「I Love You,Holy Night・・・/遥かなるIsland」2008年

[編集] アルバム

  1. 「いつか空になる君へ・・・」2004年
  2. 「ここがその場所だと、君が言う・・・」2006年
  3. 「BIG SMILE! GO DIVE!」2008年
  4. 「ラストホライゾン」2010年
  5. 「ライドオングローリー」2011年

[編集] TV出演

[編集] 脚注・出典

[ヘルプ]
  1. ^ エンタメいちばん紹介文
  2. ^ インディーズシーンでの経歴、手売りでホールワンマンを行ったことに関する記事 ヤフーミュージック(紹介欄参照) CDジャーナル(紹介文参照) キョードー東京(紹介文参照) TOKYO MX TV、2009年7月5日放送「TokYo,Boy」でも紹介されました。 タワーレコードのインディーズチャートは 同社発行フリーペーパー「bounce」に記録されている。(2002年7月8日発売、翌週初登場一位 8月号)
  3. ^ 相楽晴子
  4. ^ Vanilla Sky Recordsから発売された、全てのアーティストの全てのCDクレジットに、プロデューサーもしくはエグゼクティブプロデューサーとして名前が明記されている。またこれらの作品はディストリビューション会社から全国のCDショップに出荷されている。現在の契約ディストリビューターはジャパンミューージックシステム


[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス