讃岐国分寺

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国分寺
Sanuki Kokubunji 05.JPG
本堂(国の重要文化財)
所在地 香川県高松市国分寺町国分字上所2065番地
位置 北緯34度18分11秒
東経133度56分39秒
座標: 北緯34度18分11秒 東経133度56分39秒
山号 白牛山
宗派 真言宗御室派
本尊 千手観世音菩薩
創建年 天平勝宝8年(756年)以前
開基 (伝)行基
正式名 白牛山千手院国分寺
札所等 四国八十八箇所80番
文化財 本堂、銅鐘、木造千手観音立像(国の重要文化財)
讃岐国分寺跡(特別史跡)
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讃岐国分寺(さぬきこくぶんじ)は、香川県高松市国分寺町国分にある真言宗御室派寺院四国八十八箇所霊場の第八十番札所。札所寺院としては単に「国分寺」と称するのが通例である。

本尊真言:おん ばさら たらま きりく

ご詠歌:国を分け 野山をしのぎ 寺々に 詣れる人を 助けましませ

目次

[編集] 歴史

聖武天皇天平13年(741年)に発した国分寺建立の詔により、日本各地に建立された国分寺の1つである。寺伝では行基千手観世音菩薩本尊として開基したとされるが、現存する本尊像は当時のものではない。

史実としては、具体的な創建年は定かでないが、『続日本紀』には天平勝宝8年(756年)、讃岐国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したとの記載があり、この頃には完成していたものと思われる。

現・国分寺境内を含む讃岐国分寺跡は国の特別史跡に指定されている。

[編集] 伽藍

[編集] 現伽藍

[編集] 旧伽藍

発掘調査の結果、奈良時代の讃岐国分寺は、現在の国分寺や東隣にある宝林寺を含む、南北240m、東西220mの境内地を有していたことが判明した[1]。中門と金堂を回廊で結び、回廊で囲まれた内側、金堂の向かって右手前に七重塔が建つ、大官大寺式伽藍配置であった。遺構の保存状況はよく、金堂、七重塔などの礎石が原位置に残っている。現国分寺の本堂は奈良時代の講堂跡に建ち、現本堂はこの礎石を再利用している。他に、回廊、僧房、鐘楼、掘立柱建物、築地塀の遺構が発掘で確認されており、この他に中門、南大門があったと推定される。

旧伽藍跡は遺跡公園として整備され、奈良時代の伽藍が縮尺十分の一の石造模型で再現されているほか、築地塀の一部が実物大で復元されている。また、僧房跡は残存状況が良好であったため遺構を覆屋で多い、建物の一部が復元されている。

[編集] 文化財

重要文化財(国指定)
  • 本堂 - 鎌倉時代後期の建立。
  • 木造千手観音立像 - 寺伝に行基の作、空海の修造というが、実際は平安時代後期の作である。像高524センチメートルの巨像。
  • 銅鐘
特別史跡
  • 讃岐国分寺跡

[編集] 交通アクセス

鉄道
道路

[編集] 前後の札所

四国八十八箇所
79 天皇寺 --(6.9km)-- 80 国分寺 --(6.5km)-- 81 白峯寺

[編集] 参考文献

  • 讃岐国分寺跡資料館、2008年8月12日閲覧
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編、へんろみち保存協力会、2007年(第8版)

[編集] 脚注

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  1. ^ 讃岐国分寺跡資料館

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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