井戸寺

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井戸寺
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仁王門
所在地 徳島県徳島市国府町井戸北屋敷80-1
位置 北緯34度5分6.6秒東経134度29分7.6秒座標: 北緯34度5分6.6秒 東経134度29分7.6秒
山号 瑠璃山
宗派 真言宗善通寺派
本尊 薬師如来
創建年 (伝)白鳳2年(673年
開基 (伝)天武天皇勅願
正式名 瑠璃山 真福院 井戸寺
札所等 四国八十八箇所17番
文化財 木造十一面観音立像(国の重要文化財)
七仏薬師如来坐像、日光・月光菩薩立像(県文化財)
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本堂(2009年1月撮影)
大師堂
日限大師
面影の井戸
六角堂

井戸寺(いどじ)は、徳島県徳島市国府町井戸にある寺院。宗派は真言宗善通寺派四国八十八箇所霊場の第十七番札所。瑠璃山(るりざん)、真福院(しんぷくいん)と号す。本尊は薬師仏を中心に1体、左右に3体ずつ安置した七仏薬師如来で、聖徳太子作と伝えられている。

本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか

ご詠歌:おもかげを うつして見れば 井戸の水 むすべば胸の あかや落ちなん

歴史[編集]

寺伝によれば、天武天皇勅願により673年に創建した妙照寺が前身とされる。伝承では弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)が来錫、十一面観世音菩薩十二神将四天王日光菩薩月光菩薩を刻んで安置したという。また、その際に土地の人々が水不足で困っていることを知り、錫杖で一夜にして井戸を掘った。そこでこの地を井戸村と呼ぶようにし、寺号も井戸寺と改めたという。

貞治元年(1362年)、細川頼之の兵火(細川清氏の反乱)で堂宇を焼失し、後に頼之の弟・細川詮春によって再建されたが、天正10年(1582年)に十河存保長宗我部元親の戦い(第一次十河城の戦い)により再び堂宇を焼失、慶長年間(1596年 - 1615年)に徳島藩蜂須賀氏によって再興に着手され、万治4年(1661年藩主蜂須賀光隆)にようやく本堂が再建となる。その後、昭和43年(1968年)には失火によりまたも本堂が焼失するが、幸い本尊は救い出され、3年後に再建された。

文化財[編集]

重要文化財
  • 木造十一面観音立像 榧の一木造り彩色197.0cm、平安時代初期、明44.8.9指定
徳島県指定有形文化財
  • 日光・月光菩薩立像:上記の十一面観音の脇仏、昭和33.7.18指定

境内[編集]

  • 山門仁王門) 朱塗りで大型の武家造り。徳島藩主蜂須賀氏の大谷別邸より移築された。
  • 本堂:鉄筋コンクリート造り。ほとんどの時、堂内で本尊を拝顔して参拝できる。
  • 大師堂:大師像を拝顔できる。
  • 護摩堂
  • 鐘楼
  • 六角堂
  • 訶梨帝母天堂:鬼子母神を祀り、安産に利益(りやく)があるとされる。
  • 日限大師:日数を限定して日参すると願が叶うとされる。
  • 面影の井戸:水をのぞいて姿が映れば無病息災であるが、映らない場合は3年以内に不幸があるという。

仁王門を入ると左に手水場があり正面奥に本堂が建つ。手前右側に大師堂があり、左には日限大師堂とその中に面影の井戸がある。横に鐘楼があって、納経所は日限大師堂の左奥にある。

  • 宿坊:なし
  • 駐車場:30台、バス5台。無料。

交通案内[編集]

鉄道
バス
道路

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
16 観音寺 -- (2.8km) -- 17 井戸寺 -- (16.8km) -- 18 恩山寺

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

外部リンク[編集]