出釈迦寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
出釈迦寺
Shusshakaji 08.JPG
全景
所在地 香川県善通寺市吉原町1091番地
位置 北緯34度13分9.8秒東経133度45分1秒座標: 北緯34度13分9.8秒 東経133度45分1秒
山号 我拝師山
宗派 真言宗御室派
本尊 釈迦如来
開基 (伝)空海(弘法大師)
正式名 我拝師山 求聞持院 出釈迦寺
札所等 四国八十八箇所73番
テンプレートを表示
本堂(左)と大師堂(右)

出釈迦寺 (しゅっしゃかじ)は、香川県善通寺市にある真言宗御室派寺院四国八十八箇所霊場の第七十三番札所。我拝師山 求聞持院 出釈迦寺と号する。本尊は釈迦如来

本尊真言:のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

ご詠歌:迷ひぬる 六道衆生 救はんと 尊き山に いづる釈迦寺

歴史[編集]

寺伝によれば、空海(弘法大師)が7歳の時に倭斬濃山(わしのやま)(現、我拝師山)に登り、「仏門に入って多く人と衆生を救いたいのです。私の願いが叶うなら釈迦如来様、お姿を現して下さい。もし、願いが叶わないのなら私の命を仏に供養します」と願い、山の断崖から谷へと飛び降りた。すると、落下する空海の前に釈迦如来と天女が現れて抱きとめ、「一生成仏」と宣し、彼の願いが成就された。感激した空海は、釈迦如来が現われた山を「我拝師山」名づけ、その山に出釈迦寺を建立し、釈迦如来の尊像を刻んで本尊としたという。

約300年前までは山頂が札所になっていたが、1920年大正9年)に麓に移された。

施設[編集]

伽藍

鐘楼門から見て左側が本堂、右側が大師堂と並置されている。安置されている大師像のまとう緋色の衣は定期的に新調される。

宿坊:なし

奥之院遥拝所(おくのいんようはいじょ)
奥の院である捨身ヶ嶽禅定の遥拝所。この場所で念仏を唱えると、捨身ヶ嶽禅定に登ったのと同じ利益(りやく)が得られると言われており、捨身ヶ嶽禅定の建物を望める。

交通アクセス[編集]

鉄道
道路

奥の院[編集]

捨身ヶ嶽禅定

出釈迦寺から登山道を上って約40分。空海が身を投げたといわれる我拝師山の中腹の100メートル下に奥の院が作られ、捨身ヶ嶽禅定と呼ばれている。奥の院にある石碑には、身を投げる空海とそれを救う釈迦如来と天女の図が描かれている。

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
72 曼荼羅寺 -- (0.5km) -- 73 出釈迦寺 -- (2.2km) -- 74 甲山寺

参考文献[編集]

  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]