最御崎寺

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最御崎寺
Hotsumisakiji 02.JPG
境内
所在地 高知県室戸市室戸岬町4058-1
位置 北緯33度14分56.43秒東経134度10分32.66秒座標: 北緯33度14分56.43秒 東経134度10分32.66秒
山号 室戸山
宗派 真言宗豊山派
本尊 虚空蔵菩薩秘仏
創建年 (伝)大同2年(807年
開基 (伝)嵯峨天皇勅願)、空海(弘法大師)
正式名 室戸山 明星院 最御崎寺
別称 東寺(ひがしでら)
札所等 四国八十八箇所24番
文化財 石造如意輪観音半跏像
木造薬師如来坐像
木造月光菩薩立像など(国の重要文化財)
公式HP 最御崎寺
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最御崎寺(ほつみさきじ)は、高知県室戸市室戸岬町に位置する寺院。室戸山(むろとざん)、明星院(みょうじょういん)と号す。宗派は真言宗豊山派四国八十八箇所霊場の第二十四番札所であり、土佐で最初の札所である。室戸岬では東西に対峙している第二十六番札所の金剛頂寺を西寺(にしでら)と呼ぶのに対し、東寺(ひがしでら)と呼ばれる。寺号は「火つ岬」(火の岬)の意。

本尊真言:のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんあり きゃまり ぼり そわか

ご詠歌:明星の 出ぬる方の 東寺 暗き迷は などかあらまじ

歴史[編集]

空海は都での学問に飽き足りず、19歳の延暦11年(792年)頃からの約5年間、山林修行を続けた。空海の『三教指帰』には「土州室戸崎に勤念す」(原文は漢文)とあり、室戸岬にほど近い洞窟(御厨人窟)で虚空蔵求聞持法に励んだとされる。寺伝によれば空海は大同2年(807年)に、嵯峨天皇勅願を受けて本尊の虚空蔵菩薩を刻み、本寺を開創したとされる。当初は奥の院四十寺のある四十寺山頂にあり、現在地に移ったのは寛徳年間(1044年 - 1055年)頃といわれている[1]

嵯峨天皇以降歴代天皇の信仰が篤かった。延久2年(1070年)の『金剛頂寺解案』(こんごうちょうじげ あん)によれば、現・室戸市域の大部分が金剛頂寺(西寺)の寺領となっており、最御崎寺(東寺)は金剛頂寺の支配下にあったことが窺われる。鎌倉時代末期から室町時代初期にかけては、金剛頂寺の住持が最御崎寺を兼帯していた。正安4年(1302年)には後宇多上皇から寺領を寄進されているが、これは京都槇尾西明寺住持で東寺・西寺の住持を兼帯していた我宝の尽力によるものであった。[2]

暦応4年(1341年)、足利尊氏によって土佐の安国寺とされる。その後火災により焼失したが、元和年間(1615年 - 1624年)には土佐藩山内忠義の援助を受け僧の最勝が再興する。堂塔を建立、七堂伽藍を有したという。明治に入って神仏分離令によって荒廃するが、大正3年(1914年)には再建された。阿南室戸歴史文化道の指定を受けている。

境内[編集]

空海の七不思議「くわずいも」の伝説にちなみ作られているクワズイモ畑

室戸岬に近い登山口から岬の高台に登っていき灯台への分岐点を過ぎると仁王門に至る。門を入ると右に鐘楼堂、虚空蔵菩薩石像、多宝塔などがあり、左に大師堂がある。この先左手に手水場、納経所があり正面に本堂が建っている。本堂裏には霊宝殿、聖天堂、護摩堂などが並び、最奥の宿坊である遍路センターの建物内には遍路休憩所がある。

また、本堂すぐ横には空海の七不思議のひとつ「くわずいも」の伝説にちなんだクワズイモ畑がある。昔、土地のものが芋を洗っているところに弘法大師が通りがかり、その芋を乞うたところ「これは食えない芋だ」といって与えなかった。それ以来ほんとうに食べられなくなったと伝えられる。現在は胃腸として利用される。

  • 宿坊「最御崎寺遍路センター」:定員120名
  • 駐車場:37台

文化財[編集]

重要文化財
  • 石造如意輪観音半跏像(平安時代後期) - 像高82.4cm。日本では石造の仏像は多数あるが、本像のような大理石造のものは珍しい。右脚を立膝にして座る像で、衣文や瓔珞(ようらく)なども緻密に彫りだされている。
  • 木造薬師如来坐像(平安時代後期)
  • 木造月光菩薩立像(平安時代後期)
  • 漆塗台盤 2基 康暦元年(1379年)の寄進銘がある

交通案内[編集]

鉄道
バス
道路

奥の院[編集]

一夜建立の岩屋
一夜建立の岩屋 観音窟(番外霊場)
国道55号室戸岬登山口の左奥にある洞窟に、空海(弘法大師)が唐から持ち帰ったと伝えられる如意輪観世音菩薩像が安置されていた。この菩薩像は現在最御崎寺に安置されており、洞窟内には七観音が祀られている。
四十寺(四十寺山 四十寺)(番外霊場)

周辺[編集]

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
23 薬王寺 --(75.4km)-- 24 最御崎寺 --(6.5km)-- 25 津照寺

脚注[編集]

  1. ^ 『日本歴史地名大系 高知県の地名』、p.103
  2. ^ 『角川日本地名大辞典 高知県』、p.893; 『日本歴史地名大系 高知県の地名』、pp.103 - 104

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)
  • 同 解説編 2007年(第8版)
  • 『角川日本地名大辞典 高知県』、角川書店
  • 『日本歴史地名大系 高知県の地名』、平凡社、1983

外部リンク[編集]