切幡寺
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| 切幡寺 | |
|---|---|
本堂 |
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| 所在地 | 徳島県阿波市市場町切幡129 |
| 位置 | 北緯34度6分27.9秒東経134度18分15.4秒座標: 北緯34度6分27.9秒 東経134度18分15.4秒 |
| 山号 | 得度山 |
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 本尊 | 千手観世音菩薩 |
| 創建年 | (伝)弘仁年間(810年 - 824年) |
| 開基 | (伝)空海(弘法大師) |
| 正式名 | 得度山 灌頂院 切幡寺 |
| 札所等 | 四国八十八箇所10番 |
| 文化財 | 大塔(国の重要文化財) |
切幡寺(きりはたじ)は徳島県阿波市市場町切幡にある高野山真言宗の寺院。四国八十八箇所霊場の第十番札所。得度山(とくどざん)灌頂院(かんじょういん)と号する。本尊は千手観世音菩薩。
ご詠歌:欲心を ただ一筋に 切幡寺 後の世までの 障りとぞなる
目次 |
[編集] 歴史
寺伝によれば、修行中の空海(弘法大師)が、着物がほころびた僧衣を繕うため機織の娘に継ぎ布を求めたところ、娘は織りかけの布を惜しげもなく切りさいて差し出した。これに感激した空海が娘の願いを聞くと、父母の供養のため千手観音を彫ってほしいとのことであった。そこで、その場で千手観世音菩薩像を刻んで娘を得度させ、灌頂を授けたところ、娘はたちまち即身成仏して千手観音の姿になったという。
空海はこのことを嵯峨天皇に伝えたところ、勅願によって堂宇を建立、空海の彫った千手観音を南向きに、娘が即身成仏した千手観音を北向きに安置し本尊として開基したという。山号や寺号は機織娘の故事にちなんでいる。
[編集] 境内
- 山門(仁王門)
- 本堂
- 大師堂
- 不動堂
- 鐘楼
- 大塔:徳川家康の勧めにより豊臣秀頼が父・秀吉の菩提を弔うため慶長12年(1607年)大坂住吉大社の神宮寺に建立した。明治初年の廃仏毀釈により廃寺となったため明治6年(1874年)に移築された(重要文化財)。国内の二重塔では、初層も二層も方形という形式で現存しているものは当塔のみ[1]である。
- はたきり観音:機織の乙女が即身成仏した伝説の観音像。右手にはさみを左手に布を持つ姿である。
- 八大竜王
- 山門を抜けて参道を進むと経木場があって、その横から333段の石段が始まる。沿道には石仏が祀られており、上部の女厄坂、男厄坂を上りきると右手に手水場、その後ろに鐘楼がある。正面奥に本堂があり、その右にはたきり観音像が建てられている。本堂手前の右側には大師堂が、左側には不動堂がありその先の石段を上ると大塔がある。その高台からは吉野川が流れる平地や第十二番焼山寺のある山々を望むことができる。納経所は手水場の向かい側にある。
- 宿坊:なし
- 駐車場:20台
[編集] 文化財
- 重要文化財
[編集] 奥の院
八祖大師
本堂の左の石段を登ったところにある重要文化財の大塔から、さらに奥に進むと堂があり、真言宗八祖の肖像画が掲げられている。
[編集] 交通案内
- 鉄道
- バス
- 市場交通 学線 「市場」下車 (2.6km)
- 道路
- 一般道:徳島県道139号船戸切幡上板線 切幡古田 (0.6km)
- 自動車道:土成IC (7.9km)
[編集] 前後の札所
[編集] 注釈
- ^ 切幡寺大塔説明板より
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 10番札所 切幡寺(四国八十八ヶ所霊場会公式)
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