清瀧寺 (土佐市)
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| 清瀧寺 | |
|---|---|
境内 |
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| 所在地 | 高知県土佐市高岡町丁568-1 |
| 位置 | 北緯33度30分45秒東経133度24分34.2秒座標: 北緯33度30分45秒 東経133度24分34.2秒 |
| 山号 | 醫王山 |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 本尊 | 薬師如来 |
| 創建年 | (伝)養老7年(723年) |
| 開基 | (伝)行基 |
| 正式名 | 醫王山 鏡池院 清瀧寺 |
| 札所等 | 四国八十八箇所35番 |
| 文化財 | 薬師如来立像(国の重要文化財) 楼門天井画(市文化財) |
清瀧寺(きよたきじ)は、高知県土佐市にある真言宗豊山派の寺院。醫王山(いおうざん)、鏡池院(きょうちいん)と号す。本尊は薬師如来。四国八十八箇所霊場の第三十五番札所である。
ご詠歌:澄む水を 汲むは心の清滝寺 波の花散る 岩の羽衣
目次 |
[編集] 沿革
寺伝によれば養老7年(723年)行基が本尊薬師如来を刻み、寺を開創し、景山密院繹木寺と称したという。その後空海(弘法大師)が巡錫、五穀豊穣を祈願して山中で一七日(7日間)の修法を行い、満願の日に金剛杖で前の壇を突くと清水が湧き出て鏡のような池になったことから醫王山鏡池院清瀧寺と改めたという。
平城天皇の第3皇子である高岳親王は薬子の乱に連座したことから仏門に入り空海の弟子となり、貞観3年(861年)に本寺に来錫し逆修塔(生前墓)を建てた。
[編集] 境内
- 山門(仁王門):明治33年(1900年)の久保南窓の筆による八方にらみの龍が描かれている。
- 本堂
- 大師堂
- 鐘楼
- 観音堂
- 琴平神社
- 厄除け薬師如来像:高さ15m 戒壇巡りをすると厄除けのご利益があるという。
- 観音像
- 修行大師像
- 子安地蔵
- 水子地蔵
- 高岳親王逆修塔(入らずの山)
山門の先にも石段が続く。参道の右に鐘楼が、その奥に客殿・納経所がある。さらに参道の先右手に手水場、左には厄よけ薬師如来像が立ち。さらに石段を上ると本堂が建っている。本堂右手には子安地蔵尊、琴平社祠、裏手には瀧と池があって水子地蔵尊が祀られている。本堂左に大師堂があり、その左に地蔵尊、観音堂が、前の石段を下ると観音像、修行大師像があり、この南西に入らずの山がある。
- 宿坊:なし
- 駐車場:なし
[編集] 文化財
[編集] 交通案内
- 鉄道
- バス
- 高知県交通 高岡営業所行「高岡高校通り」下車 (2.8km)
- 道路
[編集] 奥の院
- 閼伽井の泉
- 位置:北緯33度30分51.3秒東経133度24分36.2秒
- 本寺の前より農道を500mほど上ると祠があり虚空蔵菩薩を祀っている。空海が杖を突くと湧き出た泉がここであると伝わる。
[編集] 前後の札所
[編集] 参考文献
- 四国八十八箇所霊場会編『先達教典』 2006年
- 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 35番札所 清瀧寺(四国八十八ヶ所霊場会公式)
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