佛木寺

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佛木寺
Butsumokuji 04.JPG
本堂(右)と大師堂(左)
所在地 愛媛県宇和島市三間町則1683
位置 北緯33度18分38.1秒東経132度34分53.3秒座標: 北緯33度18分38.1秒 東経132度34分53.3秒
山号 一か山(「か」は王偏に「果」)
宗派 真言宗御室派
本尊 大日如来
創建年 (伝)大同2年(807年
開基 (伝)空海(弘法大師)
正式名 一か山 毘盧舎那院 仏木寺(「か」は王偏に「果」)
札所等 四国八十八箇所42番
南予七福神霊場 第4番(大黒天)
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茅葺きの釣鐘堂

佛木寺(ぶつもくじ)は、愛媛県宇和島市にある寺院。一{王果}山(いっかざん)、毘盧舎那院(びるしゃないん)と号す。宗派は真言宗御室派本尊大日如来四国八十八箇所霊場の第四十二番札所

本尊真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん

ご詠歌:草も木も 仏になれる 仏木寺 なを頼もしき 鬼畜人天

沿革[編集]

大同2年(807年空海(弘法大師)がこの地でを牽く老人に勧められて牛の背に乗って進むと、を離れる際に有縁の地を求めて東に向かって投げた宝珠が楠の大樹にかかっているのを見つけた。そこで、この地が霊地であると悟り楠木で大日如来を刻んで、その眉間に宝珠を埋め、堂宇を建立して開創したという。牛の背に乗ってこの地に至ったというところから家畜守護の寺とされている。

鎌倉時代は宇和島領主西園寺氏の菩提寺として栄えた。弘法大師像は正和4年(1315年)10月5日開眼」の胎内銘が入り、銘入りの大師像として日本最古のものといわれている。本堂は享保13年(1728年)に、吉田藩伊達村賢が建てたものである。

境内[編集]

大師堂は前堂と後堂がある。
  • 山門:楼門式仁王門、以前は1919年に建立されたが、老朽化したため2010年5月から建て替え、2011年5月28日に落慶した[1]
  • 本堂:正月三が日、本尊がライトアップされる。
  • 大師堂:前堂には白塗り着色の大師像が、後堂には県有形文化財の木肌の大師像が鎮座する。
  • 鐘楼堂:元禄年間に建てられた茅葺のもの。2014年に茅葺を新しくした。
  • 七福神像
  • 不動堂
  • 聖徳太子堂
  • 家畜堂:牛馬や家畜の守り仏として信仰を集めている。
  • 鎮守堂
  • 観世音菩薩像
  • 修行大師像
  • 明神宮

県道より石段を上って山門をくぐると参道は左に入るが、直進すると茅葺の鐘楼堂、庫裏・納経所がある。参道右手に手水場があり、その先に不動堂、聖徳太子堂、家畜堂が並ぶ。左手には観音菩薩像が建つ。参道正面に本堂が左に大師堂が建ち、本堂右奥に鎮守堂がある。

  • 宿坊:なし
  • 駐車場:30台、大型5台。

文化財[編集]

愛媛県指定有形文化財
  • 木造大日如来坐像 - 建治元年(1275年)作

宝冠を頂き智拳印を結ぶ金剛界大日如来で像高120.2cm膝張り92cmカヤ材、背面に大ぶりの円形光背がある。地方作風の顕著なものである。昭和40.4.2指定

  • 木造弘法大師坐像 - 像内の墨書から正和4年(1315年)の作と判明する。

像高87.5cmヒノキ材の寄木造り、内刳りを施し胎内仏が3躰ある。像容は面奥も深く鎌倉彫刻らしく意欲的ではあるが地方色の顕著なものである。昭和54.9.14指定

宇和島市指定有形文化財
  • 佛木寺文書(1962年11月3日指定)[2]

交通アクセス[編集]

鉄道
バス
道路

奥の院[編集]

送迎庵見送大師
送迎庵見送大師

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
41 龍光寺 -- (2.6km) -- 42 佛木寺 -- (10.6km) -- 43 明石寺

脚注[編集]

  1. ^ 愛媛新聞・2011年5月29日付 9面
  2. ^ 宇和島市ホームページ(佛木寺文書)

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)
  • 愛媛県文化財保護課サイト、2008年8月12日閲覧

外部リンク[編集]